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第40話 ソフィアさんと共に

 そんな、不思議な勧告をされたのち、解散が告げられた。


 とうとう、夏休みだ。


 と、言ってみたところで、私にはこれと言った楽しみがない。娯楽施設も何も知らないから。ユーリたちのパーティで冒険者活動をする予定を結構頻繁に入れてはいるが、彼らにも帰省がある。帰省期間中は、そのような活動はしないのだ。


 夏休みの最初の方は、学校のほとんど全員が帰省するという。その後、寮に戻ってくる時期は人それぞれだけれど。


 だが、この世界では、寮こそが私の家なのだ。実家は、どこにもない。つまり、帰省する場所がない。だから帰省しない。かといって、他に行く場所もない。


 帰省しない生徒は、本当に少数派だという。例年、寮に人が誰も居なくなるということも多いらしい。今年の夏休みは、私と――



「……あれ、ソフィアさん?」


「……何」



 やることもないし寮の前の広場で実技の復習でもしようかな、と思って外に出ると、そこでバッタリ出会った。



「……」


「……」



 ただふたり、無言で剣を振るう。


 基本型、5つ。それらをひと通り。


 チラとソフィアさんを盗み見る。流石、剣筋が洗練されてて綺麗だ。



「……ねえ。よそ見しないで」


「あっ、はい、すいません」



 練習を始めて最初に交わした言葉がこれ。一応同級生のはずなのに、何故か怯えてしまう。……尤も、初めて出会ったあの日、叱られた時のような鋭さは感じなかったけど。



「……」


「……」



 気まずい。



「……はぁ」



 全く休みもせず、ひたすらに剣を振っていたソフィアさんが、一息ついたタイミングを見計らって。



「……ね、少し休憩しない?」


「……ひとりで、すれば」


「……」



 ……やっぱり気まずい。



「……ソフィアさんって、凄いよね。こんなにやっても疲れないなんて」


「……いいえ。この位は当然」


「……」


「……あなたも、もう少し鍛えたら」



 再び、ふたり一緒に剣を振るうことになってしまった。彼女の体力は恐ろしい。私はもう、バテてしまいそうだ。


 仕方がないので、私は剣を置き、魔法の練習を始める。


 講評に、こう書いてあった。



『魔法陣で戦う場合は、迅速に術式を組むことが不可欠である。例えばこの試験では、試験開始直後に清書用紙を複数枚手に持っておく、空中で描けるように風属性の魔法で壁を作って机代わりにする、描き終わった魔法陣に魔力をある程度流したら新しい魔法陣を描いたり攻撃を回避したりする準備に移るようにする、といった工夫が考えられる。――』



 と、いうわけで。一番謎だったものを試してみる。



「風の精霊らよっ! 大気をして、我が前に壁ならしめよ!」



 そう言うと、翠緑色の光が大勢集まってきた。


 目の前に、確かに透明の壁が出来ているようだ。軽く叩いてみると、意外にも硬い音が鳴った。


 私は、真っ白な紙をそこに置き、氷属性の魔法陣を描く。


 ふと気づく。この壁は、私に連動して動いてくれる。つまり、逃げながら描くことも出来るのだ。地面に紙を置いて描くよりずっと良い。これは便利。



「氷の精霊らよ! 我が作りし道を流れよ!」



 そして、私はすぐにそこから離れる。風の壁を解除しつつ。


 見事、吹雪が出来た。そうか、魔法の発動をじっと待っている必要はないんだ。


 私は、ついガッツポーズをする。そして、ふと顔を上げる。


 ソフィアさんが、こちらを見ていた。



「……ねえ」


「……えっ……と、何?」


「……あなたは、帰省しないの?」



 突然聞かれて、ついたじろいでしまう。



「う、うん。出来ない……から。……あっ、こんなところで大声出して、邪魔だった? その、嫌なら帰るよ……あ、えと、寮に、ね……」


「……いや、全然。むしろそうやって遠慮して妥協される方が嫌」


「そ、そっか……よかった……」



 相手は相変わらずの無表情だが、初めてこんなに長く喋った気がする。



「……何で、帰省出来ないの?」


「そ、それは……」



 意外とぐいぐい聞いてくる。実際の話をしようと思ったら、かなり奇想天外になってしまう。



「……えっと、物凄く遠い国の出身だから。あそこ、まともな交通機関も無いし、帰り方が分からないっていうか……」


「……そう」



 まあ、あながち間違いでは無い。上手くごまかせたみたいだ。



「その、えっと、聞いて良いのか分かんないけど、ソフィアさんは? 帰省しないの?」


「……私も、出来ない。……出来なくなった」


「そ、そう……なんだ」



 その時だ。



 《ハルカ! 今こそ、梓弓を用いる時ぞ!》


「えっ?! ど、どういう事?」



 神様からの突然の指示。私はいよいようろたえる。


 ソフィアは、訝しげな顔をする。そうか、彼女には神様の声は聞こえないのだ。私が急に、青い光に話しかけたように見えているのだ。ひとまず説明しなければ。



「……この子は、私の精霊のリーダーみたいな感じ。私には、この子の声が聞こえるの」


「……?」



 不思議そうな顔をしながらも、彼女は黙って聞いてくれている。



「この子は、未来視とかも出来る。それで、その子が言うには、今、私はこのスキルを使うべきだ……って」


「……」



 私は、こう言いながら、梓弓を取り出した。



「これは……私は使った事なくてよく分からないんだけど、死霊を呼び出すんだって」


「……!」



 そこで、ソフィアさんの顔が驚愕の色に染まった。



「その……上手くいくかは分からないけど、使ってみても、いい?」


「……何で」


「……私はソフィアさんの事情を知らなくて、このスキルとソフィアさんの関係も知らなくて、ただこの子に従っただけ。でも、この子の判断っていつも正しいから」


「……偽善や憐憫ではないのよね?」


「どっちも私には出来ないよ。ソフィアさんの悲しみも何も知らないから。ただ……ただ、新しいスキルを使いたいだけ。力を貸して欲しいだけなの。だから、ソフィアさんに任せるよ」


「……それだったら……いい」


「……!」



 意外とあっさり言ってくれた。



「ありがとう! ……では、始めるよ」



 私は、震える指で弦を弾く。一度弾けば、あとは指が勝手に動いた。


 美しい音色が奏でられた。初めて聞くはずなのに、どこか懐かしい。


 そして……私の視界は暗転した――……

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