第39話 マモノとケモノ
「よーし、明日から夏休みだな」
「「「っしゃあーーーーい!!!」」」
「やっ……とテストの恐怖から逃れた!!」
「分かってるだろうが、学年末にもあるからな」
「「「うわあーー!」」」
「知るかー! 夏休みはしゃぐぞ!」
「お前らぁっ!!」
笑い声。
今日もやっぱり大騒ぎ。流石は元気なA組だ。
「ああ、そうだ。学校から重要な勧告が来ている。守らないと大目玉を喰らうことになるから、ちゃんと聞いてくれ」
「「「おぅっ!」」」
クレンの真面目な口調を感じ取ったのか、男子たちは突然威勢よい返事と共に前を向く。
メリハリは……ちゃんとしてるんだな。まあ、冒険者を育成する学校だから、指示に従えなきゃまずいんだろう。
「この学校では夏休み中、冒険者活動に勤しむ奴が大半だろう。そうでなくとも、お前らの場合は魔物を討伐する機会が少なくないはずだ。魔物はジャンジャン倒してくれ。今まで以上に積極的にな。だが、ここで今年初めて強調せねばならんくなったのは、『獣は倒すな』ということだ」
「クレンー、獣って魔物と違うのー?」
ミハイルが疑問符を投げる。それは私も思った。
「第二学年後期の魔物学の内容だからな。お前らでも知らないで当然と言えば当然だ」
その言葉とともに、クレンの解説が始まった。
ざっくり言えば、獣は「普通の生き物」だ。尤も、こちらの世界に住む人間にとっては、魔物の方がありふれているようだが。
獣は、私が生まれた現実世界――つまり、あの懐かしい地球に住む動物とよく似ている。自然発生はしない。細胞によって構成され、形質は遺伝し、親から子が生まれることで繁殖していく。地球の生物学の法則に従うのだ。
地球と違う点は、この世界に生きる人間もそうだが、魔力回路を持っていることぐらいだ。そこで産生される魔力も、微弱ながら人間のそれと似ている。したがって、この世界の生き物を大きく二分すれば、人間と獣は同じ仲間になる。ちなみに、この世界の細菌のうち病原性のないものは、獣や人間と同じ仲間に分類される。
一方、魔物はそれらと大きく異なる。彼らは、厳密に言えば生物ではないのだ。
魔力は、魔力操作によって水などの物質、土の壁などの物体に変化する。それと同じ原理で、獣相当の物体が生じた時、それは魔物になる。だから、魔物は魔力から生まれるもの、といえよう。
この世界には、あらゆる空間に魔力が充満している。正確には「魔素」らしいけれど、今はその違いをはっきり認識しなくて良いという。そして、それらは、ふとした拍子にバランスが崩れる。特にダンジョンでは不安定で、すぐに凝結してしまうらしい。その時に、その歪みから、魔物は自然発生する。
魔物を倒すと、獣のように熱い血が流れる。皮膚を切る感覚がある。彼らから角などの部位を採取すれば、ひとつの物品として取引が出来る。つまりひとつの物体として扱える。しかし、ダンジョンに放置した死骸は、獣の死骸のように微生物によって分解されるのでなく、自然に崩れ、魔素として再び空中を漂う。
なお、この世界において病原性のある細菌やウイルスは、全て魔物と同様の法則に従うらしい。
「それってさー、見分けつくのー?」
「魔物学の図録を見ろ。どの魔物の写真も、モヤモヤが見えるだろ?」
確かに、見える。
「魔物の持つ魔力は、獣や人間のそれと大きく違う。それが大気に滲み出る時、この禍々しい紋様とか、紫色や灰色の靄ができるってわけだ」
ちなみに、人間の魔力は透明なだけで同様に外に滲んでいるという。それも、各人によって微妙に違うものが。魔力の扱いに慣れた人は、それを使って人探しすることもあるらしい。
「そこで、だ。さらに話をする前に……お前ら、もう地理で『魔国』の事は習ったか?」
「「習ってなーい」」
「うっそだろ……あの先生何やってんだ、もうじきクビだな……おっと、何でもない。今の内緒な」
また笑い声。
しかし、クレンはまた真剣な顔に戻る。教室も静かになった。
獣の中で、自分たちのような形に進化した生き物を人間と言うように、魔物の中にも、高身長二足歩行で高い知性を持ったものたちもいる。
「それを、魔族という」
そう、クレンは、真顔で、凛とした声で告げた。静まった教室に、彼の声がよく響いた。
「魔族は、人間の敵だった」
また、彼の声がよく響いた。
「魔物も病原菌も、獣や人間に悪さをしてきただろ。それとおんなじだ。魔族は人間と似た姿をしている。人間同様、いや、場合によっては人間以上の知性と体力がある。靄も隠している。だが、皮膚に特徴的な紋様がある。それで見分けがつく」
「……」
「まあ、基本的に、人間のいる国のダンジョンで魔族が生まれる事はない。安心しろ。あいつらにとっても、人間は敵だからな。――そして」
そこで、クレンはひと呼吸おいた。
「魔族が治める国、それを魔国……またの名をイヴリス王国という。この国王を、魔王という」
また、教室がシーンと静まり返る。
彼は、さらに続ける。
「その魔王が最近、怪しい動きをしているらしい。あいつらは自然の魔素を自由に操れるからな。龍族の大量発生も、これが原因のようだ」
その言葉に、教室が少しざわついた。
「今までは、思い違いによるデマで人を騒がせてはならないという理由で、口止めされてきた。だが、だんだんはっきりしつつあるから、家族とかにこっそり話す程度なら認めよう。くれぐれも、喋り好きな人物に話さないように」
「「「――はいっ!」」」
みんな、真剣な返事をする。私はと言えば……体全体を硬直させていた。
「……いつか、対魔族の戦争が起こるかも知れん。そんな時、獣は戦力となりうる。だから数を減らすな、という事だ」
「そこに繋がるのねー」