第37話 もっと知りたい!
昼休み。いつものように、ステラやセレーナに会う。
「ハルカー! 成績表返された?」
「う、うん!」
「どうだった?!」
「そう、聞いて! 魔術の実技で6割取れたの!」
「わあ! 凄いじゃん!」
「全部ステラ達のお陰だよ……!」
ふたり――主にステラ――の特訓が無ければ、精霊使役をここまで上達させることは出来なかっただろう。私のギルドカードには【精霊使役=6】が書き込まれていた。
「で、ステラはどうだったの?」
「んー、まあいつもよりは出来たかな」
ちなみに席次は1桁だったらしい。やっぱり凄い。たまたまだよ、いつもこんなじゃないもん、と彼女は言っていたが。
「そだそだ。ソフィアの話聞いた?」
「……ユーリが、自分が2位だったからソフィアさんが1位だろうって、言ってた」
「そう、実際そうだったの。魔術実技、今までずっと0点だったんだけど、今回は7割取れたって」
「……流石だなぁ……」
「でしょっ! で、他の科目はいつも通り全部満点だって!」
「……」
もはや言葉が出ない。
「……満点超えたやつもあったんでしょ?」
「うん。槍術実技と、地歴以外の筆記ね」
「……」
言葉どころか息も出ない。
というか、この学校の採点システムは一体どうなっているのか。
「でね、ソフィアの何が凄いって、そんなに良い点とってんのにずっと冷静なの! 自慢とか全然しないんだよ!」
「おぉ……流石、向上心があるんだろうね……」
「まー、今までずっと2位だったし魔術実技も0点だったのに、今回1位でしかも魔法も使えるようになって、流石にちょっとは嬉しそうな顔してたけどね。いやー、新鮮だったなー」
「そ、そうだよね……」
ここまで喋って……ふと、初対面で叱られた時のソフィアさんの顔が浮かぶ。
ついで……神様の予言。そして、クレンの言ってた言葉。
「……ね、ソフィアさんって、どんな人なの?」
ソフィアさんのこと、もっと知りたい。
「んー、良い意味でも悪い意味でも近寄りがたい人、かもね。なんかもう超然って感じ。真面目だし、あんまり笑わないし、すっごく賢いし槍術もピカイチだし。でもね、成績返却の時若干だけど本当に今まで見たことのない表情したの。1年半一緒にいたけど、パーティも違うし、何だろ、初めて『同じ学生』って感じがしたんだ。……」
☆
放課後。
言われたように、ユーリのもとへ。
行き着いたところは、学校の中庭だった。初めて来た。広い。しかもどこまでも石畳。ここにユーリとふたりきり。他の生徒も居ないので、余計に広く感じる。そして私たちがとても小さく感じる。
「まず、俺の魔法を見てもらいたいんだ」
「え? う、うん」
彼が呪文の詠唱を始める。
「氷よ――」
ここで、いったん言葉を切った。
彼の手の周りには、氷の粒がたくさん浮かんでいる。
「――我が前に、壁をなせ」
言われるがまま、氷の粒は即座に膨らみ、彼の目の前に分厚く大きい壁を作った。無色透明の、汚れなき壁だ。
「凄い……」
「ここから……だ」
そう言って、ユーリはまっすぐ私を見た。
「テスト前最後にあった実習で、ハルカ、何か踊ってただろう」
「えっ……」
彼は戦いに集中しているものと思っていた。私の舞を見ていたのはクレンだけだと思っていた。
「それ、ここで、出来るか?」
「う、うん。出来る……けど」
「やってみてくれるか?」
「……わかった」
私は、扇を取り出す。開くと、体が勝手に動く。すっかり慣れた、伸びやかな舞へと誘導される。
私はただ、無心で踊っていた。周りの景色など見えない。ただひたすらに踊る――。
《ハルカ! ハルカっ!!》
神様の声が聞こえる。
次の瞬間――燐光が見えた。
そこでようやく、私は動きを止めた。
目の前に、燐光の壁が出来ていた。
「あ、あれ……? お札使ってないのに……」
《我が力使わで、舞を踊りたる最中に迫りたる危機、いかに防ぐべき。ハルカは我が愛しき巫女なれば……》
言われて初めて気づく。
壁の向こうに広がる景色は、恐ろしかった。
見渡す限り、氷の山脈が続いている。いや、山脈なんてものより、もっと鋭い。空を刺す針山のようだ。それが、どこまでも、どこまでも。
一方、ユーリはこの壁を、驚いたような顔で凝視している。
ややあって、口を開く。
「……すまない。予想以上の魔法出力になってしまった」
「……」
彼は、続いて火魔法で少しずつ氷を溶かしていく。
すっかり、元の通りの石畳の中庭になった。
「ハルカ。その踊りと、その壁が……巫女のスキルか?」
「うん。【神楽舞】と、【神の光】ね」
「……どっちも、初めて聞くな……」
私は、現時点で分かっていることを一通り話した。このふたつのスキルのこと。
ユーリも、いくつかのことを教えてくれた。彼によると、市販の魔道具には人に魔力を与えるものもあるが、そうやって与えられた魔力は、私が【神楽舞】でみんなに渡す魔力と、質が全然違うのだという。
「多分……確信はないが、ハルカのスキルは、普通の魔道具よりも、『人間に合った』魔力を供給するんだと思う。普通の道具は、魔法石を使っていて、獣なんかが使う天然の魔力を出すんだ」
「……へ、へえ……」
全然分からないが。
「でも、ハルカの出す魔力は、受け取った俺たちの体を素直に流れる。――それで、しかも、無理やりにでも体に流れる魔力を多くしたら、体内の魔力回路が鍛えられるらしい」
「……」
「だから……さっき、ハルカから魔力を受け取って、普段より沢山の魔力が体を流れた。その分だけ……」
そう言って、彼は再び、氷の壁を作る。
確かに、さっきのより分厚く、そして高い。いや、もはやあの宮殿のような校舎よりも高い。
「……こうやって、魔法のレベルが上がるんだ。ありがとう。今のでやっと、確信が持てた」
「……私は、よく分かってないけど……」
「こないだの魔術実技で満点を超えたのも、これが理由だったんだと思う。あんなこと、初めてだった。不思議だ。……ハルカのこと、もっと知りたい」
「……」
「そこで、だ」
また、ユーリが私に改まった顔を真っ直ぐ向ける。
「……え、何?」
「ひとつ、お願いがある。その前に……ハルカは、自分の所属するパーティ、決めたか?」
「……決めてない、けど……」
そこで、ユーリは少し、口角を上げた。彼が笑うところ、久しぶりに見た。
次に、彼は自分の手を合わせて言う。頭を下げながら。
「だったら、俺のパーティに入ってくれないか?」