第32話 まだまだ学ばねば!
ギルドカードに【神楽舞=2】が書き込まれた。これだけで、一人前の巫女になれたという感じがする。実際は半人前でさえないのはわかっているけれど。
しかし……この世界のことは、まだまだ分からないことだらけだ。
そんな中で、テスト期間が始まった。この学校にも定期テストがあるとは。
「昨日は魔物討伐実習お疲れ様な。ドラークが出るとか色々あったが、みんなが無事で何よりだ」
「俺ら無敵っすよ!」
「いやお前戦ってねーだろ」
「ユーリさー、凄かったよねー。あんな奴氷漬けにしてさー。兄ちゃんと違うー」
「……いや」
ユーリは、少し顔を強張らせながら小さく否定する。チラッと私の方を見た……気がした。気のせいか。
「さて、来週から定期考査だな。考査範囲は今日からいつもの掲示板に貼り出しておく。よく確認してちゃんと勉強しろよ!」
「「「うぇーい!!」」」
「わかってると思うが、この期間は放課後の冒険者活動と部活動は禁止するからな」
「前誰か破ったんだっけー? それ」
「あー、そうだ。どっかの誰かがな」
そう言って、クレンはフランツを見る。フランツは目を明後日の方向へ向ける。なるほど、この人か。
「じゃあ今日も一日頑張ろう。……あぁ、ユーリ。この後ちょっと来い」
「……ああ」
「あと、ハルカも昼に来てくれ」
「え? は、はい」
「「お? お? カップル成立か??」」
「……うるさいな」
「……」
そういえば……今日のユーリはいつもよりどこか沈んでいるように見える。どうしたんだろう?
無心で舞っていた私には分からないが、彼は昨日のドラーク討伐で大きな活躍を見せたという。……やっぱり、元気のないのは気のせいだろう。いや、そしたら、何故クレンに呼ばれたんだろう?
まあいっか。そう思って、一時限目の用意をして教室を出ると、廊下の角の向こうでクレンの声がした。
ふと、足を止める。
「……昨日、自分のしたことの重大さくらい分かっている。規則を破ったんだからな」
そう、重々しい声で話すユーリの声もした。
「いや、俺はそこまで責め立てるつもりはない。規則を抜きにすれば、昨日のお前の無詠唱魔法は素晴らしかった。だが……お前は勿論、何故この学校が無詠唱魔法を禁止しているか、分かるな?」
「……魔力が暴走したら危険だから、だろ」
「そうだ。それが分かってて使うということは、相当の自信や理由があったんだろう。それに正直、ここだけの話、俺もこの校則には納得していない。第三学年でいきなり許可する方が危ないだろうに……」
「……」
「だが規則は規則だし、お前には前科があるからな。軽率に使ったんじゃ、かなりまずい。だからここでひとつ念を押させてもらった。お前は魔法の扱いが誰よりも上手いから、自分のペースでやるのがいい。ただ、軽々しい気持ちでは使うな、それと、校長に見えるところではやるな」
「……あっ、後ろに校長先生が」
「えっ?!」
「……冗談だ」
「お前な……」
思わず吹き出しそうになってしまった。私がここにいるのがバレては困るので、急いで堪える。だが……
「まあ、無詠唱魔法について先取りで聞きたいことがあれば、いつでも質問は大歓迎だ。全力で教えようじゃないか。いくら優秀なお前でも、学ばねばならんことはまだまだある」
「……! いや、その……ありがとう。クレン……先生」
そう、モゴモゴとユーリが言うのが聞こえる。
クレンはすごいなあと改めて思った。
自分のペースで。それが一番いい。聞きたいことがあれば大歓迎だ。全力で教える。ユーリのような優等生から、私のような落ちこぼれまで、みんなを教えているクレンの言葉だ。見た目は若いがベテランの、彼の言葉だ。
二人の足音が聞こえ出したので、急いでその場を離れる。
と……人だかりが見えた。『考査範囲発表』と書かれた掲示板を、みんなが囲んでいるのだ。
私も見ないと。
「あ! ハルカー! こっちだよー」
「おー、ステラ! もう掲示板見たの?」
「うん! 今人多すぎてよく見えないよね。あたしのメモ見る?」
「え、いいの?」
「もっちろんよ!」
「ありがとう!」
優しい。やはり持つべきものは友達だ。
メモを見せてもらい、教科書のページを書き写す。
「え、多くない……?」
「んー、そんなもんよ」
「まじか……」
未知のことで溢れるあの教科書。密度もそんなに薄い訳ではない。それで、ページ数が日本の高校に居た時の倍以上ある。日本にいた時も、テスト期間はヒイヒイ言ってたのに。特に数学は。
「あ、ハルカって編入生だよね? 一応、実技テストもあるよ。形式が変わらないから、掲示はされてないけど」
「ひぇっ……」
「魔法と武術だね。ハルカなら、精霊使役も剣術も凄く上達してるし、問題ないんじゃない?」
「そうかな……だといいけど」
「大丈夫よ! ……あっ、もう次の授業始まっちゃう!」
じゃね、と言ってステラは走っていく。私も自分の授業の教室に向かう。
向かいながら、手に持っている教科書『魔物学Ⅱ』を開く。そんなことができる程度には、もうこの学校の配置をすっかり覚えたのだ。
テスト範囲のページを見ると……
「げっ」
思わず一人で声が出る。
基本的な種名、属性や成熟度による接頭語、見分け方――基礎が全部詰まったページが数十。魔物討伐実習で出会ったものは、しっかり覚えている。しかし、全然知らないものも沢山ある。
まだまだ学ばねばならないことが沢山ある。
次の試験の時は2週間前から勉強しよう、と心に誓った。