第31話 戦巫女の神楽舞
巫女――そう呼ばれた、神の従者。彼女らは、かつて悠久の昔、貴人にマナを与えていた。
時は現代。舞台は異世界。正確には巫女ではないかもしれない。だが、巫女という名の職を得たひとりの少女が、一心に、軽やかな舞を舞う。戦う者に、魔力を与えるため。
彼女の扇が、腕が、体が、空間を切り裂く。そこから魔力が溢れんばかりに湧き出す。
ちょうど、清水の源のように。
何もない場所では、それはただ大気に染み込むばかりだった。だが、今は違う。大気を伝い、定まった方角へ流れていく。
ちょうど、水が高きから低きへと流れるように。
魔力をたくさん消費する者――そして、魔力を持たざる者。今、この瞬間に奮闘している仲間たちに、魔力は自然と流れていくのだ。
☆
ある仲間は、この変化にすぐに気付いた。
第一戦線でドラークに安定したダメージを与えている碧眼の魔道士の少年――ユーリだ。
彼は初め、前回のインファント・ドラゴン討伐の時のように、次々と氷魔法を放っていた。だが、ある瞬間、何かを感じて「んっ?」と短い声を上げる。
魔法を使った時の、体内の魔力の減る感覚が突然消えたのだ。
魔力は体力のようなもの。どんなに鍛えた大賢者だろうと、無尽蔵ではない。ましてまだ子供の身ならば。
なのに、突然何が起こったのか?
だが、魔法の扱いに長けた彼にとって、外部からの魔力の流れを感じることは風を感じるのと同じこと。すぐ、これが自分の体から生まれるものでないとわかった。外からやって来た魔力。それでもなお、あたかも自分の身から生まれたものであるかのように、命令に従ってくれる。
市販の魔道具で魔力を補いながら戦ったことはある。だが、こうして得る魔力は自分の魔力回路から生まれるそれと違い、なかなか思い通りに動いてはくれないものだった。何故かは知らないが。
つまり……何か別のものが、自分に魔力を与えてくれている。
なんなのだろう。戦いの最中だけれど、魔力の流れてくる方向を辿ってみる。すると――
――そこには、ハルカが居た。
それが、さらにもうひとつの、全く予想外のことだった。
一心不乱に舞う姿。そして、そこから生まれ出る魔力の、神秘的な流れ。つい、目を奪われそうになる。
だが、ドラークの咆哮が、彼を現実に引き戻した。
それと同時に、心を定める。
失われた魔力が補われ続けるなら――できるかもしれない。
「氷よ……我が体を、高みに運べ」
彼は高鳴る胸を抑えながら、高位の氷魔法を使ってみる。いつもは魔力消費が激しくてすぐにやめてしまうのに、今回は魔力の動きがスムーズだ。
手を前に伸ばし、恐る恐る掌を開く。指先が青白く光を放つ。
次の瞬間――彼の手の周りの空間に、氷が生まれ出てくる。草のツルのようにするすると伸びるそれは、地面に達すると根を張り、みるみるうちに太い幹となる。彼がそれに足をかける。さらに手を伸ばすと氷の木はさらに成長する。彼が駆け上がる。こずえは逃げるようにするすると伸びる。
氷の木は、階段のようにユーリの体を空高く運んだ。いつしか、彼の目の前にはドラークの胴体が間近に見えていた。
そのまま、オットーを信じ、ドラークによじ登る。
狙うは心臓。
そこに手をあて、瞑目し……頭の中で、ある魔法陣の術式をイメージする。
刹那。
体の中から、そして体の周りの空間から。あらゆる方角……しかし、特にハルカのいる方から。
溢れるほどの魔力が、彼の手のひらに集まる。
そして。
ドラークの心臓部が、一瞬にして氷の塊と化したのである。
「ぐ……ゴガァ……」
糸の切れた操り人形のように、足元の巨体が崩れ落ちる。
「えっ……! 出来た、のか……?」
普段寡黙なユーリでも、思わずそう呟いてしまう。
――それは、ユーリにとって初めての無詠唱魔法だった。
☆
《ハルカッ! 舞をやめよ!》
「はいぃっ! ……あ、神様?」
私は、神様の声で我に返った。
そこで、扇を仕舞う。
初めて、目の前の光景を見た。いつの間にか龍が倒れていた。あの時のような血は流れていなかったが、動きを止めていた。……魔物を倒し始めてから、命を持たぬものに漂う雰囲気がわかるようになっていた。龍は、息の根を止められたのだ。
……えっ、いつの間に?
戦いは終わった。そうか、だから神様は舞を止めさせたのか。全く気付かなかった。それほど、無心で舞っていたのだろう。
《いと良き舞なりき。そなたが先祖も、ハルカに勝るまじ》
「えっ、ほんとに?! 嬉しいな!」
――ハルカはついぞ気付かなかった。ユーリが、彼女を遠くから見つめていたことに。