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第28話 氷は溶けるもの

 実習が終わり、また先週と同じ日々が過ぎる。


 いや、同じではない。


 ユーリの態度が変わったように思う。


 彼の声音に、冷たさが残らない訳ではない。彼の口角が上がるのも稀だ。いや、自己紹介の時以来無いぐらいかもしれない。しかし、編入してすぐの時に「何を見ている?」と言われた時のような、あの鋭い感じがなくなったのは確かだ。


 だから、私が彼に対し怖がることもなくなった。


 無表情で冷静なのに変わりはない。しかし、話す頻度は大幅に増えた。もちろん他愛もない会話などをする訳ではない。ただ、私が困っている時に助けてくれるのだ。


 初めて「どうした?」と声を掛けられた時はびっくりした。だってあのユーリなのだから。しかし、何度かそうやって助けてもらってからは、慣れてきて、私の方から質問などをするようになった。彼は一瞬迷惑そうな顔をするが、とても分かりやすく教えてくれる。


 もっとも、根本的なことをわかっていないから、なんとなくしか分からない状態でも、ある程度聞いたところで申し訳無くなって辞めてしまうのだが。


 それでも、クレンの放課後補習にユーリの助け舟も加わり、さらに昼休憩などにステラに精霊使役のやり方も教わって、この世界で生きていけそうという自信がついてきた。



 ある日のこと。魔法陣数学の授業中に起こった出来事。



「はい、じゃあ教科書の演習問題15番解いてくださいねー。出来た人は作った魔法陣を清書して魔力流してみて下さいー。題意を満たすか確かめてねー。それが早く終わった人は次の問題もねー」


「「「うっしゃあーーー!」」」



 魔法陣数学の計算はだいぶ分かってきた。特にこの問題は割と早く解ける。私が一通り計算を終え、辺りを見渡した時、まだ清書に入っていない子も何人か居た。もちろんほんの少数派だが。


 清書しても、魔力を流せないから合ってるか確認できない。魔墨は前に購買で買ったけれど、書いたところで私にはただのインクでしかないのだ。


 ただ、まだ時間はある。だから、作った魔法陣を清書用紙に魔墨で描くことにした。ちなみに清書用紙は授業中に配られる真っ白な紙で、本物の魔導師が魔法陣の魔法を使うときに用いる紙と同じなのだという。私には、普通の紙にしか見えないけれど。


 描き終わったのち、辺りを見回すと、ほとんどの子がもう自分の魔法陣に魔力を流し始めていた。……いや、よく見ると、いつの間にかほとんどの子が次の問題に進んでいたようだ。やばい。



「っしゃーい」


「わー、オットー珍しいー。上手いー」


「ちょ、今なんつーた」


「上手いってばー」


「いや、その前」



 隣のユーリは、魔法陣を発動させたまま放置していた。用紙の上に、手のひらサイズの雪山が出来ている。机の上10センチほどの空中に出来た小さな雲が、粉雪を降らせているのだ。


 幻想的な見た目だが、彼は興味がないという風に、次の問題……いや違う、授業でやっているより先のページを開き、章末の発展問題に取り掛かっている。


 その問題も手早く済ませ、清書と確認もすぐ終わっていた。そのタイミングを見計らって……



「ね、ねえ……この術式、合ってるかな……?」


「ん? ……魔力流せばわかるんじゃないのか?」


「え、えっと……」



 クレンに言われたこともあって、魔力の無いのをどうにかしてごまかしたかったが、語彙力がない。ダメ元で、指を魔法陣にくっつけて、念じてみる――変化はない。



「何故だ? ……ちょっと見せろ」



 ユーリはそう言って紙を掴み、何かをチェックする素振りをした後、机に置き、自分の魔力を流した。


 すると……机の上に、突然、超ミニチュアの吹雪が起こる。



「俺のより丁寧だ。術式も正しい。だからちゃんと魔力を流せば威力が出るんだ。なのに何故発動しない?」


「えっと、それは……」


「……あ、そうか! ちょっと良いか?」



 彼は、私の言葉を待たずして、何かに気づいた顔をする。


 そして――



「えっ……ええぇ?! ちょ、ちょっと!!」



 私の手を握ったのだ。



「やっぱり……というか想像以上だな」


「えっ、なっ、何なにナニ?!」


「……お前は……本当に人間?」


「は?! にっ……にんげんじゃなかったらいったいなんなんですか!!!」



 凄く冷静な声で突拍子も無いことを言ってのけるユーリ、我を忘れて叫んでいる私。ナチュラルに手を握られただけでなく予想の斜め上の返事に驚き、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。



「……あっ。すまない」



 ユーリがまた、何かに気づいた顔をして手を離す。


 声は依然として冷静だ。



「いや、体質的に魔力が無いとかかと思って調べて見たんだが、魔力回路のかけらも見当たらない。それで、ロボットか何かかと思ってな。だが、こんな反応するのは人間ぐらいか」


「……!!」



 恥ずかしいやら何やらで、私は何も言えない。


 ようやく我に返って、辺りを見渡す。


 クラス全員が、こちらを見てニヤニヤしている。



「大人しそうに見えて、ヤルじゃねえか!」



 誰かが放ったこの言葉は、私たちのどちらに向けたものだっただろうか。



「はい、静かにー! ハルカさんたち困ってるでしょ」



 一番冷静なのは、先生だった。


 ☆


 その後、日課の精霊使役練習。


 ステラ時々セレーナによる一流講座。楽しいお喋りと共に。


【精霊使役=8】を持つ彼女に毎日特訓してもらったお陰で、私のレベルも4まで上がっていた。呪文を唱えて生まれる水の矢は、もうあの時ほどか細いものではない。


 というか、風の精霊だって、あの日、私の体を吹き飛ばしたり押しとどめたり出来たではないか。彼らの力は、本来、とても強いのだ。それを出し切らせられるか否かなのだ。



「ねえ、呪文だけじゃなくて、魔法陣にも精霊の魔力は使えるの?」


「んー、出来るよ。……実際呪文より魔力の効率が良いから、威力は出るね。ただ、描くの時間がかかるし面倒だから、私はほとんどやらないかな」


「じゃあさ、今日授業でこれ描いたんだけど、精霊使って発動出来るかな?」


「おー、もう描いてるのね! やってみて。一回やったことあるけどね、びっくりするよ!」


「うん! ……えーと、どうやるの?」


「うーん……『精霊よ、我が作りし道を流れよ』とかそんな感じだっけな?」


「分かった! ……氷の精霊らよ、我が作りし道を流れよ!」



 私の声に応じて、淡い水色やそれに似た色をした光の粒が、魔墨の上を走り始める。


 先頭を切っていた精霊が終点に着いた。


 その瞬間。


 空中に白い球が生まれる。それは一気に膨らみ、やがて破裂する。弾け出てきたのは、雪のカーテンとつむじ風……私の身体と同じくらいの大きさの吹雪だった。



「えっ! きゃあ!!」



 自分で作っておいて怯えるほどの威力だったのだ。



「火の精霊よ! かの吹雪を止めよ!」



 精霊は基本的に不死身だとステラから聞いていた。彼らの起こした魔法だけ消せば、多分この雪も処理できるはず……だからこんな命令を出すことも出来る。



「せっかく作ってくれたのに、ごめんね……」



 氷は溶け、雪解け水だけがそこにあった。



「だいぶ慣れてきたねー!」


「ありがとう! ステラのお陰だよ!」


「いやいや……あぁ、お礼ついでに、面白いお話、聞かせてもらおうじゃないの!」


「……え?」



 しばし沈黙。



「ハルカ、今日ユーリと何かあったんでしょ?! もうすっかり噂になってるわよ、詳しく教えてよ!」


「えっ!! や、やめてよー!!」

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