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閑話 2人の太陽の子

 ヘレナ――ヘレナ・ド・ソレイユ。


 火魔法の名門、伯爵家の第一子。


 その家に生まれた。ただそれだけで、期待されて来た。


 だから鍛錬に鍛錬を重ねた。期待に応えられるように。


 だから寝食をも惜しんで勉強した。お父様に、お母様に、認めて頂けるように。


 輝かしい両親の背中を追い越せるように。


 ――なのに。



 わたくしは十年にひとりの逸材などという言葉で持て囃されております。きっと、わたくしの実力はその言葉には遠く及ばない事でしょう。お父様やお母様が今のわたくしの年だった頃なんて十年以上も前ですから、わたくしなどで十年に一人と言われるなら、きっと両親もそのような評判を受けていたのだと思います。


 とにかく、わたくしはまだまだ未熟で、実力不足なのです。だから、認めてくださらないのでしょう。


 ですが、かといって、家の恥にだけはならないほどの実力はつけているのではないか――とも思うのです。思い上がった考えだとしても、貴族の家の秩序を破ってまで、わたくしを疎むこともないではありませんか! ――いいえ、お父様に対して不遜な不満を持って許される訳もありませんわ。止しておきましょう。



 妹の話をさせて下さい。


 フレア・ド・ソレイユ。この家の次女で、わたくしの一歳下になります。


 姉のわたくしがそのようなことを申し上げれば手前味噌になるかもしれませんが、一言で言えば天才なのです。世間でも、百年にひとりと騒がれており、それだけでも、この歳にして両親を超えた証拠になるでしょう。何度かわたくしと模擬試合をしたものですが、幼い頃からいつだって勝ちはあの子のものでした。


 わたくしも彼女も、太陽から名付けられたといいますのに……あの子が太陽だとしたら、わたくしは月のようなものでしょう。


 いつだって、あの子は無邪気に自分の強くなったのを喜び、いつだって、わたくしは大人げなく羨み、時に妬むのです。……だからわたくしは強くなれないのでしょうね。


 わたくしが中等学校を出てリヒトスタインに入学したばかりの頃、お父様がこうおっしゃいました。



「フレア。お前に縁談が来ている。セオドア様――侯爵様のご子息だ。お前と同い年だ。私は何度か会っているが、彼は大変気立てがいい。お前も好きになるだろう」


「……ありがとうございます、お父様。それで、いつ会わせて頂けるのです?」


「来週、でどうだろうか」


「でしたら、それに向け、あたくしも用意いたしますわ」


「ああ。楽しみだな。それと、お前は来年、ワンスター高等学校に入学することに決まった。このヴァイリア王国一の能力の持ち主が集まるところだ」


「えっ! それは嬉しいですわ! お父様、本当にありがとうございます!」



 妹が超エリート校に通うのはいい。彼女にいい縁談が来ることそれ自体はいい。あの子にはそれ相応の実力があります。


 ですが、縁談に限らず、貴族の家で、姉や兄より弟や妹が優先されることなど、かつてあったでしょうか?


 いいえ。仮にあったとしても、それは秩序を乱すものと教わって参りました。


 だから、無礼を承知で、思い切って尋ねてみたのです。



「お父様……わたくしには、そのような、ご相談は……?」


「ん? あぁ……ヘレナか」



 突然冷たくなる声。今になってわたくしを思い出したような。



「……今のところ、ないな。……そうだ。お前は、冒険者になってのびのびと才能を伸ばすのがいいんじゃないのか? 縁談があるとすれば、その後だ」


「……そう、ですね。承知いたしました」


 ☆


 それから、一月ばかり経ってからの事です。


 セオドア様のところから帰ってきた妹が、こう言いました。



「お姉様の事、羨ましいですわ」


「……え?」



 初めは、聞き間違いかと思いました。



「だって、家のことなど考えず、自由に振る舞えるではありませんか。……あたくし、早速窮屈に感じてしまって」


「……な、にを……」



 いいご身分なのに。皮肉にしか聞こえないのだけれど。そうは言えなくて、口をつぐむと、彼女はまた続けるのです。



「あの方は、確かに良い人ですわ。あたくしだって愛してない訳じゃありませんし、あの方だって、あたくしの事、可愛がって下さるわ。ですが、時々、あたくしを縛るようなことをおっしゃるの。どうせ、従わないとソレイユ家の恥になるでしょう? ……それに、結婚してしまったら、もうあたくしが魔法を使える機会もかなり減るでしょう。あたくし、本当はもっと強くなりたいし、もっと魔法使いとして活躍したい。もっとのびのびと暮らしたいのに」


「……」


「……社交界って、窮屈で嫌ですわ。このままじゃ、お人形さんになってしまいそうで、怖くて」



 そう、切ない声で話す妹を見て、何も言えなくなりました。もう、ひがむ気持ちはどこかへ消え失せていました。


 それと同時に、この世の理不尽さを感じたのです。


 社交界に憧れるわたくしはその弱さゆえにその世界から遠ざけられ、魔法使いとして鍛錬を積みながら自由に生きたい妹はその強さゆえに社交界に押し込められる。



「……ヘレナお姉様。お姉様が、冒険者として名を上げなさるの、楽しみにしていますわ」


「……ええ」



 この時、わたくしは決意したのです。


 もっと強くなる。わたくしのため、そしてわたくしの大切な妹のために。


 冒険者の世界にひとつ、貴族の世界にひとつ、太陽の光を灯すのだ、と。


 そうして、お父様に本当の意味で認めて頂いて、この理不尽を覆してみせる、と。

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