第25話 才能の宝石と原石
なんとか適当にその場をやり過ごして、戦っているクラスメートを再び眺める。
しかし、どうしても、さっきの少女に目がいってしまう。
栗色の長い髪の毛を一つに束ねている。手入れされているとは言いがたく、毛先もザクザクと切られた感じで、ワイルドな印象を受ける。つり目、つり眉のキリッとした顔。肌は、健康的な小麦色だ。
「あの子が気になるのか?」
「……はい」
さっき叱られたので、とは言わないでおこう。
「あの子は、ソフィアだ。……あ、編入したばかりの頃、お前に話さなかったか?」
「……ソ……フィア?」
「名前は出さなかったか。ほら、生まれつき魔力を持たないにも関わらず、その類稀なる才能を評価されて我が校に入学した子だ」
「……あぁ!」
その子か。なんか思い出した。
「どんな子なんですか?」
さっきの一件で、気が強くて怖いという第一印象を持ってしまった。真実やいかに。
「まあ、俺もあんま喋らないし、担任も持ったことないから詳しくは分からないんだがな。ただ、超人的なやつだとは知ってる。というか、この学校の教師は全員知ってる」
「超人……的……」
「この国の高等学校では、入試は筆記と実技だ。筆記は、魔法理論とかの知識を問うもので、実技は武術や魔術を実際にやるわけだな。ソフィアは魔力を持たないから、魔法の実技じゃ当然0点だ」
「……そう、ですね」
魔法を使えない。その上職業が精霊術師じゃないなら、さっきの私のように精霊の魔力を利用することも出来ない。
「だから、多くの名門校で不合格だったらしい。だがな……筆記で100点満点の105点、武術の実技で100点満点の120点を取るような逸材を、なぜそう簡単に捨てる?」
「いや満点の定義って」
これは……ソフィアさんが凄いというより、この学校の採点システムがバグっている。
「一種の伝説のようなものだから、真偽は分からんがな。まあそういうことだ。お前がフランマ・ドラークを単独討伐したのも、同じくらいの伝説として既に職員の間で広まっているけどな」
「へえ……」
「あいつなら、この学校で座って学ぶことなんてもはやないだろう。……ただ、冒険者として成長してくれるなら教師として嬉しいし、ここはそのための場所だからな」
「……」
ここは、冒険者を育成する場所……
私が居ていいのだろうかと、ふと思う。
魔物を怖いと思ってしまう。生き物を殺す感覚に耐えられない。ソフィアは、今思えば優しかったのだ。私はこの場違いな場所でただ突っ立っていて、彼女の言葉通り「目障り」だっただろう。自分の戦っていた場所から離れたとしたら、確かに迷惑だっただろう。それでも彼女は助けてくれたのだ。助けてくれなければ、私は今ここに居ない。けれど、私はここに居ていいのだろうか。また迷惑をかけるだろうし、また助けてもらうだろうし。
要するに、冒険者として自分で生きていける自信がないのだ。
マイナス思考が頭を巡る。
だが、クレンはそれをも見透かしていたのだろうか。
「あの子に槍があるのと一緒で、お前にも……あの、おかしいほどの強いスキルがある。【神の光】だったか?」
「……」
「あの子は既にその才能を開花させているが、それを磨いた後の宝石としよう。お前は原石……磨けば光ると、俺の直感が言ってる。まだこの学校に、いや、この世界に来て間もないから、何も出来なくて当然だ。これから磨けばいい」
クレンの言葉は、私の中で回っていた思考を良い意味で止めてくれた。
何か霧のようなものが晴れる感覚があった。雲間から見える光を、私はただ目を見開いて見ていた。
「お前だけじゃなくて、ここにいる全員が成長途上だからな、もちろん。ソフィアだってそうだ。ギルドカードの感じからすれば、まだ磨ける。スタートラインは全く違うかもしれんが、それをサポートするのが俺ら教師だ」
「……はい!」
クレンが、いや、ここにいる人みんな、助けてくれるのだ。
私に出来ることは少なくても、一つ一つ増やしていこう。学べるものは、何でも学ぼう。
現実世界に帰れるかは分からない。今、冒険者に向かうこの道をそれたら、それこそこの世界で生きていく術がない。
ドラークを倒して、クレンに助けられて、その時に運命は決まっていた。
ここで、学べば良いのだ。
そうして私は、きっと、冒険者となるのだろう。
ここに居る、神様と一緒に。
「神様。それでも、良いかな?」
《我はハルカとともに行く。我はこの世界の客人なり。郷に入っては郷に従え。――生きたる物を殺すは恐ろしかれど、致し方なし。ともに『冒険者』ならんや》
「……!」
《されば……ハルカよ。その札を忘るべからず》
「えっ……あ、ほんとだ」
さっきのトロールの時と違って落ち着いているから、懐を探せばすぐにお札が見つかった。
これから、神様と一緒に戦っていくのだ。もう二度と、忘れるものか。
――そう誓った直後だった。
神様が再び、その力を発揮したのは。





