第23話 ちょっと遅めのイントロダクション
私の精神力がすでに限界を迎えそうになっていたので、私と神様とクレンの三人は木陰に移動した。
クレンに剣を返す。彼は剣身の血を拭き取りながら、こう言った。
「で、もう編入から1週間だが……どうだ、学校には慣れたか?」
「まあ、はい……ただ、まだ喋ったことのある子が2人しか居ないんですよね……」
ユーリとステラ。セレーナは大人しいし、ユーリも……私にとっては、怖い。
「意外だな。ハルカって適応能力高めなイメージだったんだが」
「え?」
「いや、前の世界に魔法が無かったっていう割には、物覚えが良すぎると思ってな」
「あー……日本と似てるところが全くないわけじゃないですしね」
魔物討伐は、完全に初めてだが。
「そうだ。この授業の説明をちゃんとしてなかったな。ついでに、生徒の紹介もここでしておこう。戦う様子と関連づける方が覚えやすいだろう」
「ありがとうございます! お願いします」
かくして、少し遅めのイントロダクションが始まった。
魔物討伐実習は、週に一度、近くのダンジョンで魔物を討伐する授業だ。ダンジョンというのは、魔物の発生しやすい場所。階層というものがあって、深く進むほど強い魔物に出会う。
何人かで、パーティと呼ばれるグループを組む。実習の前にはパーティ内で計画を立て、武器を揃えておく。2クラス合同で行われるが、それはクラスをまたがったパーティが組まれることもあるからだという。
魔物学で学んだ知識を元に倒すべき魔物を決め、魔物の種類に合わせて、戦術基礎の知識を用いて作戦を立てる。魔法工学の知識で作った即席の武器を用いることもあれば、メンテナンスして長く使い続けるような武器を用いることもある。呪文学や魔法陣数学、またみんなは第1学年までで履修したという魔法理論の知識で、魔法を放つ……
そう、あらゆる知識をフル活用する。日本でいう、総合的な学習の時間、だろうか。
この国では、中等学校を出た人はだいたい高等学校に行く。しかし義務教育ではないから、中等学校を出てすぐ冒険者になる人もいる。日本と同じだ。
しかし、他の高等学校では、このような実習はない。つまり、そこに通う3年間は、冒険者としての活動が出来ないのだ。その間に、学費はかかるし、お金を稼ぐことも出来ない。冒険者としての鍛錬を積む時間もない。
そんな訳で、暮らしむきの良くない家では、子供の「もっと学びたい」という願望が叶えられないことも多いのだという。
それを解決出来るようにと、リヒトスタインで始まったのがこの実習だ。週に一度しか無いが、実際に依頼を受けて魔物を駆除することも、素材を得て売ることも出来る。だから多少なりともお金が得られるのだ。しかも、授業で得た知識を実際に手を動かして復習できる。
ある意味では、リヒトスタインの「看板授業」とも言えるらしい。
楽しそうだし。
「じゃあ、ハルカも復習だ。血を見なきゃ大丈夫だろ?」
「は、はいっ!」
「それじゃあ、あれは何ていう?」
「……えっと……」
クレンが指差したのは、一匹の魔物。ゲームでよく見るスライムのような見た目で、透き通って……いない。透き通っていればスライムなのだが、違うみたいだ。それで……かすかに水色をしていて、呑気に草を食べている。……いや、あれが通った部分の草は、溶けている。
「……アクア……プレ……デター……?」
「正解だ」
アクアプレデター。確か、水属性の弱い害獣。……獣には見えないが。
魔物も魔法を使う。人間に魔法の適性があるのと同様、魔物にも扱いやすい魔法の属性がある。これを「魔物の属性」などと呼ぶ。ステラによると、精霊にもそういう属性はあるらしい。
同じプレデターにも、違う属性を操る種類がある。彼らは、接頭語で区別する。アクア、ファイア、ウィンド……などだ。
「じゃあ、次。あの薬草を何という?」
「ベラドンナですね。その人の適性に合った魔法石と合わせて、魔力回復のポーションに使われます」
「正解! よく覚えてるな」
だいぶ、この世界のことを覚えてきた。敬語はつい使ってしまうが、今はその方が良いだろう。
「じゃあ、次に生徒の紹介をしよう」
そう言って、今度は彼の指がクラスメートを指す。
ユーリはすぐにわかった。整った目鼻立ち、サラサラとして水色がかった銀髪。透き通った水色の瞳。顔は、初日にすぐ覚えていた。クールな感じのする少年だが、戦いでもまたクールだった。動きは洗練されて最小限。適性はどうやら氷魔法のようだ。彼が呪文を唱えるや否や、指先から何本もの矢が生まれる。無色透明で汚れひとつない、鋭い矢が、見かけからは想像もつかぬ力強さで魔物を穿つ。
一方、彼とともに戦っているのが、盾を持った少年――オットー。確か、編入初日、プリントを燃やしていた人。彼の役目はタンクだ。囮として魔物を引きつけ、攻撃を確実に防ぐ。攻撃担当のユーリが効率よく攻撃出来るように、ユーリに反撃が向かないように、また魔物が動かないように、上手く引きつける。
オットーは、タンクが誰よりも上手いのだという。魔法も、それに特化したものを扱う。……だから火魔法が上手く扱えなかったのか。
しかし、魔物の攻撃を一身に受けていては、ダメージが重なり、保たなくなってしまう。そこで活躍するのが治癒師だ。回復魔法を使い、オットーの外傷や魔力不足を治すのだ。これを担当するのがアイリス。オットーの幼馴染の少女。
ユーリが率いるパーティは、この3人からなる。
「じゃあ次は、向こうのパーティだ。……あぁ、ちょっと待っててくれ。なんか呼ばれた」
クレンが木陰を離れ、あるパーティの元へ駆けつける。
よりにもよって、その時だった。
背後に、不穏な気配を感じたのは。





