第22話 魔物を倒すということ
「よーし、午後は魔物討伐実習だ。ハルカにも見学してもらうからな、いいとこ見せろよ!」
「「「っしゃーやったらぁ!」」」
もはや掛け声か何かみたいだ。
「それじゃ今から出発する。場所はいつもの森だ。それから……」
「クレンー。前みたいなドラークは出ないのー?」
ドラーク。その言葉に、どきりとする。
「……ミハイル! それをそんな楽しそうな声で言うんじゃない!」
「えー、駄目ー?」
「……いや……前は、誰も傷つかずに済んだが……」
そう言いながら、クレンはチラリと私を見やる。だが、すぐにまた正面を向いた。
「だが、あれが天災級の魔物であることに変わりはない。そして、最近は各地で竜族が異常発生している。その理由について、悪い噂があってな……内容は言えないんだが……俺らも少し敏感になってたんだ。だから、くれぐれも深くには行くな。しばらくは第10階層が限度だな」
話し終わってから、クレンは瞑目する。
いつの間にやら、光が私たちを囲んでいる。
クレンがカッと目を見開けば……囲んでいた光は、無意識に目を覆ってしまうほどに鋭くなる。
次に目を開けた時、私は……私たちは皆、森の中にいた。
あの時の森。全ての始まりの森。
私はこの瞬間移動に、ただただ目を丸くする。全身が固まっている。しかし、他のクラスメートは流石に慣れていて、思い思いに魔物を狩り始めた。
《ハルカ……かれらを見て、怖からずや?》
「わっ、神様! ……うん、そうね……」
魔物が、どんな存在かは知らない。だが、多分生き物……それが、目の前でバッサバッサと殺されていく。
血が流れる。動いていたものが動かなくなる。死体は……慣れた手つきで、角や皮を剥ぎ取られる。さっきまで生きていたとは思えない。綺麗な「素材」が、次々と少年たちの手に収まっていく。
「ひっ……」
《……我は、恐ろしく思わるる》
「……改めて見ると、怖いな……」
少年ばかりでない。この実習は、B組も合同。つまりは女子も一緒だ。
ということは、ステラも?
「大気の精霊、ニンフよ……波となりて、獣らを打て!」
先週聞いた、あの凛とした声が響く。
刹那。
この空間に、風が起こる。
いや、遠くにいる私には風に感じられたが、そんな優しいものではないらしい。その証拠に、彼女の体を中心として、同心円状に魔物が倒れる。
あとで聞けば、空気中に衝撃波を作って魔物を気絶させたのだという。血を見なくて済むし一気に何匹も狩れるから得なのよね、と言っていた。どのみち、「素材」を取るときに皮などをナイフで剥ぎ取るので血は見るのだが、すでに気絶しているから抵抗は少ないのだと言う。
だが、精霊術師はマイナーな職業だ。ほとんどの人は、男女問わず、剣、ナイフ、そんな刃物で魔物を斬っていく。
そんなに連続して血を見てしまうと……
「うっ……気持ち悪っ……」
《ハルカ……かの木陰で休むべし。我も、見ざらまほしき》
「うん……あれ? 神様も、殺生には慣れてないの?」
《……日本に戦の多き時も、我は社で静かに暮らしたりしゆえ……》
「あ……そうよね」
そんな話をしながら、戦いから遠ざかろうとしていた時、クレンに話しかけられる。
「……やっぱり、ハルカはこういうのに慣れてないか」
「はい……生き物を殺す機会なんて、今までありませんでしたから……」
「そうだよな……だが、これから冒険者になるんなら、魔物を倒して身を立てていくしかない。……少しずつ、この辺の魔物で慣らしてみないか?」
そう言って、彼は足元の小さい「何か」を指差した。
それは、ネズミのような魔物だった。
だが、少しずつ本物のネズミとは異なっていて、何より、禍々しい雰囲気をまとっている。
「一番ありふれていて、弱くて、しかも小さすぎるから素材にならない。そのくせ疫病を運ぶこともあるから、冒険者の間ではかなりの迷惑者と言われている。だが、慣らすのにはちょうどいい。一回、俺の剣で斬ってみろ」
小さいネズミを、大きい剣で……なんか、不釣り合いだ。そういう漢文を読んだことがある気がする。あれはネズミじゃなくて鶏だったと思うが。
「……他でもなく、その剣で?」
「あぁ。すまん、今はこれしかないからな」
おずおずと、その赤っぽくて重厚な剣を手に取る。
そして、ゆっくりと、包丁で肉か何かを切るように――
「……あ、無理ですこれ」
刃が皮をわずかに切るだけで、このネズミは暴れるのだ。尻尾をクレンにつままれたままでも、必死に足掻こうとするのだ。
「……まじか……」
クレンはそう言って、本当に困ったような顔をする。
「……もしかして。逆に、ああいう奴だったら出来るんじゃないのか?」
彼の視線の先には、二足歩行の変なものがあった。
あれは……RPGではお馴染みの、ゴブリンという奴である。
「そう……かもしれないです」
「あれはゴブリンの中でも特にバカな種類だから、裏をかけば一瞬で倒せる」
ゲームでは、それこそ何匹も倒した。最近はゲームする時間もないほど忙しかったけれど、中2ぐらいまでは、これでもかというほど倒し、レベル上げに重宝していた。
まさか、それが実際に目の前で存在するような世界に、今自分がいるとは。
魔物学の授業でもやったが、まさか、机上だけじゃなくて、そこにいるなんて。
とんでもない世界に来てしまった。そう改めて思う。
「……やってみます!」
クレンの剣を握りしめ、戦術基礎の知識も使いつつ、容易くあの化け物の背後をとった。
ゲームでも、剣士としてゴブリンを倒していた。だから、ここでも……!
希望を持って、間近で剣を振り下ろす。
だが。
「ギャアアアアアア!」
「ひっ……ひぇっ……」
攻撃は当たった。
クレンの剣は切れ味がいい。すぐに致命傷となり、倒せた。
だからこそ。
「やっ……やっぱり無理ですっ……!!」
斬る時の不気味な感触。鮮紅の影。断末魔。ゲームとは違った。
きっと、私の顔は蒼白になっていることだろう。全身が寒い。
「そうだよな……まあでも、初討伐おめでとう。みんな初めはそうだ。俺もそうだった。すぐ慣れる」
「……慣れたく、ないです……!」
「……それはそれで良い」
「……?」
その返答は意外だった。彼は続ける。
「俺は、たくさん魔物を倒す中で慣れたし、ここにいる奴らもみんなそうだろう。だがな、それだと何か大事なことを失ってる気がするんだ。今のその感覚も、忘れない方がいい」





