表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/119

第22話 魔物を倒すということ

「よーし、午後は魔物討伐実習だ。ハルカにも見学してもらうからな、いいとこ見せろよ!」


「「「っしゃーやったらぁ!」」」



 もはや掛け声か何かみたいだ。



「それじゃ今から出発する。場所はいつもの森だ。それから……」


「クレンー。前みたいなドラークは出ないのー?」



 ドラーク。その言葉に、どきりとする。



「……ミハイル! それをそんな楽しそうな声で言うんじゃない!」


「えー、駄目ー?」


「……いや……前は、誰も傷つかずに済んだが……」



 そう言いながら、クレンはチラリと私を見やる。だが、すぐにまた正面を向いた。



「だが、あれが天災級の魔物であることに変わりはない。そして、最近は各地で竜族が異常発生している。その理由について、悪い噂があってな……内容は言えないんだが……俺らも少し敏感になってたんだ。だから、くれぐれも深くには行くな。しばらくは第10階層が限度だな」



 話し終わってから、クレンは瞑目する。


 いつの間にやら、光が私たちを囲んでいる。


 クレンがカッと目を見開けば……囲んでいた光は、無意識に目を覆ってしまうほどに鋭くなる。



 次に目を開けた時、私は……私たちは皆、森の中にいた。


 あの時の森。全ての始まりの森。


 私はこの瞬間移動に、ただただ目を丸くする。全身が固まっている。しかし、他のクラスメートは流石に慣れていて、思い思いに魔物を狩り始めた。



 《ハルカ……かれらを見て、怖からずや?》


「わっ、神様! ……うん、そうね……」



 魔物が、どんな存在かは知らない。だが、多分生き物……それが、目の前でバッサバッサと殺されていく。


 血が流れる。動いていたものが動かなくなる。死体は……慣れた手つきで、角や皮を剥ぎ取られる。さっきまで生きていたとは思えない。綺麗な「素材」が、次々と少年たちの手に収まっていく。



「ひっ……」


 《……我は、恐ろしく思わるる》


「……改めて見ると、怖いな……」



 少年ばかりでない。この実習は、B組も合同。つまりは女子も一緒だ。


 ということは、ステラも?



「大気の精霊、ニンフよ……波となりて、獣らを打て!」



 先週聞いた、あの凛とした声が響く。


 刹那。


 この空間に、風が起こる。


 いや、遠くにいる私には風に感じられたが、そんな優しいものではないらしい。その証拠に、彼女の体を中心として、同心円状に魔物が倒れる。


 あとで聞けば、空気中に衝撃波を作って魔物を気絶させたのだという。血を見なくて済むし一気に何匹も狩れるから得なのよね、と言っていた。どのみち、「素材」を取るときに皮などをナイフで剥ぎ取るので血は見るのだが、すでに気絶しているから抵抗は少ないのだと言う。



 だが、精霊術師はマイナーな職業だ。ほとんどの人は、男女問わず、剣、ナイフ、そんな刃物で魔物を斬っていく。


 そんなに連続して血を見てしまうと……



「うっ……気持ち悪っ……」


 《ハルカ……かの木陰で休むべし。我も、見ざらまほしき(見たくない)


「うん……あれ? 神様も、殺生には慣れてないの?」


 《……日本に戦の多き時も、我は社で静かに暮らしたりしゆえ……》


「あ……そうよね」



 そんな話をしながら、戦いから遠ざかろうとしていた時、クレンに話しかけられる。



「……やっぱり、ハルカはこういうのに慣れてないか」


「はい……生き物を殺す機会なんて、今までありませんでしたから……」


「そうだよな……だが、これから冒険者になるんなら、魔物を倒して身を立てていくしかない。……少しずつ、この辺の魔物で慣らしてみないか?」



 そう言って、彼は足元の小さい「何か」を指差した。


 それは、ネズミのような魔物だった。


 だが、少しずつ本物のネズミとは異なっていて、何より、禍々しい雰囲気をまとっている。



「一番ありふれていて、弱くて、しかも小さすぎるから素材にならない。そのくせ疫病を運ぶこともあるから、冒険者の間ではかなりの迷惑者と言われている。だが、慣らすのにはちょうどいい。一回、俺の剣で斬ってみろ」



 小さいネズミを、大きい剣で……なんか、不釣り合いだ。そういう漢文を読んだことがある気がする。あれはネズミじゃなくて鶏だったと思うが。



「……他でもなく、その剣で?」


「あぁ。すまん、今はこれしかないからな」



 おずおずと、その赤っぽくて重厚な剣を手に取る。


 そして、ゆっくりと、包丁で肉か何かを切るように――



「……あ、無理ですこれ」



 刃が皮をわずかに切るだけで、このネズミは暴れるのだ。尻尾をクレンにつままれたままでも、必死に足掻こうとするのだ。



「……まじか……」



 クレンはそう言って、本当に困ったような顔をする。



「……もしかして。逆に、ああいう奴だったら出来るんじゃないのか?」



 彼の視線の先には、二足歩行の変なものがあった。


 あれは……RPGではお馴染みの、ゴブリンという奴である。



「そう……かもしれないです」


「あれはゴブリンの中でも特にバカな種類だから、裏をかけば一瞬で倒せる」



 ゲームでは、それこそ何匹も倒した。最近はゲームする時間もないほど忙しかったけれど、中2ぐらいまでは、これでもかというほど倒し、レベル上げに重宝していた。


 まさか、それが実際に目の前で存在するような世界に、今自分がいるとは。


 魔物学の授業でもやったが、まさか、机上だけじゃなくて、そこにいるなんて。


 とんでもない世界に来てしまった。そう改めて思う。



「……やってみます!」



 クレンの剣を握りしめ、戦術基礎の知識も使いつつ、容易くあの化け物の背後をとった。


 ゲームでも、剣士としてゴブリンを倒していた。だから、ここでも……!


 希望を持って、間近で剣を振り下ろす。


 だが。



「ギャアアアアアア!」


「ひっ……ひぇっ……」



 攻撃は当たった。


 クレンの剣は切れ味がいい。すぐに致命傷となり、倒せた。


 だからこそ。



「やっ……やっぱり無理ですっ……!!」



 斬る時の不気味な感触。鮮紅の影。断末魔。ゲームとは違った。


 きっと、私の顔は蒼白になっていることだろう。全身が寒い。



「そうだよな……まあでも、初討伐おめでとう。みんな初めはそうだ。俺もそうだった。すぐ慣れる」


「……慣れたく、ないです……!」


「……それはそれで良い」


「……?」



 その返答は意外だった。彼は続ける。



「俺は、たくさん魔物を倒す中で慣れたし、ここにいる奴らもみんなそうだろう。だがな、それだと何か大事なことを失ってる気がするんだ。今のその感覚も、忘れない方がいい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ