第21話 走り去る日々
それからの一週間は、光の速さで過ぎていった。
新しい世界。学ぶことが多過ぎたのだ。
朝は日本の学校より早く、授業一コマの長さは長く、帰る時間も遅い。寮に帰ると、まずあのフカフカのベッドに体を預けてしばらく仮眠を取らざるを得ない。
ある程度寝たら復習。気づけば夕食の時間になっているので食堂に向かう。もちろんステラと共に。
その上毎日新たなことを学ぶとなれば、この恵まれた環境でさえ、頭と体がパンクしそうになる。いつもプスプスと音を立てて煙を出していそうだ。
移動教室で迷わずに済んだのは、主にステラのおかげ。授業がちょっとずつ日本語に聞こえ始めているのは、クレンの放課後補習のおかげ。
ステラやクレンが居なければ、私の頭と体と心はとうの昔に爆発していたことだろう。この二人には感謝である。
毎日新しいことを学ぶ。
しかし、毎日学ぶことの全てが新しい、というわけでもない。
例えば算術。「基礎幾何」と「基礎算術」の2科目に分かれているのだが、前者は日本の数A・B、後者は数Ⅰ・Ⅱのことだ。前の学校ではあまり得意ではなかったけれど、それでも、塾でやっていたから予備知識があった。しかも、ここの先生は本当にわかりやすいから助かる。だから、かなりすんなりと受け入れられた。
この世界で算術がどう生きてくるのか。それは、初めて学ぶ教科、「魔法陣数学」で明らかになった。この教科の担当はリーナ先生だ。B組の担任だとステラから聞いていたが、よく見れば私の知っている先生だった。纏う雰囲気こそ全く違うものの、あの日、魔法のパフォーマンスをしていた女性だ。
魔法陣は、魔力のレールとなる。この世界で暮らす大抵の人は、中学までに何となく、ある程度のものは描けるようになる。だが、魔法陣数学を高校で学ぶことにより、描くべき術式を計算で割り出せるようになるのだ。
魔法陣の扱いは、私にとって初めてのこと。だが、日本と同じ仕組みで動く数学が、この世界にしかない魔法を作り出す。そんな繋がりが面白かった。
目新しさも手伝って、これも受け入れられた。なお、途中から入った私がそれほどの余裕を持って学べたのはクレンのおかげだ。リーナ先生じゃないのは、彼女が人気すぎて(特にA組は男子が多いから)忙しいのと、私の事情をクレンほどは知らないから。でも、見るからに可愛らしくていい先生だから、仲良くなりたいな、と思う。
呪文学。これは、私にとってサービスのようなものだった。初めての授業が始まって、数分で気づいた。
「光よ――矢となりて、かの的を穿て!」
呪文を唱える時の文法を学ぶのだが……日本の、古文の文法とそっくりなのだ。
古文は、日本のクラスメートの誰よりも得意だった。この世界でも上手くやっていけるかもしれない――そんな希望の光が、初めて見えた教科だった。
……まあ、魔力を持たないので、どんなに唱えても魔法が使えず、悲しくなったが。
数学は日本と似ていて、文法はほとんど一緒。しかし、理科は同じであるはずがない。魔法が存在する時点で、地球の科学法則を思い切り無視しているからだ。
それでも、「魔法工学」は物理や化学に、「魔物学」は生物に似ているだろうか。
前者は、アーティファクトの仕組みや、魔法石の合成などを扱う。
後者は魔物の特徴と種名の暗記だ。
竜族の話も出てきた。ドラゴンは強いが大人しい、亜種であるドラークは気が荒く喧嘩っ早いがドラゴンほども強くない、鱗の色で区別が可能、どちらも成長度合いにより「インファント」などの接頭語が……うーん、分からない。
あとは、地理、魔法史、ヴァイリア王国史。もちろん、この世界の地理や歴史なので知らないことしかない。だが、地歴は日本でも得意だったのでなんとかなるといいな、と思う。
まあ、これからだ。地歴は第二学年から習うから、みんな初めてなのだ。私だけではない。
なお、ヴァイリアというのは、このリヒトスタインがある国の名前らしい。……それさえ知らないのは私ぐらいか。
全く新しい教科が、「戦術基礎」。これは、クレンの放課後補習の恩恵を一番受けた教科だ。対魔物戦、対人戦、また、個人戦、集団戦のそれぞれで、取るべき陣形とか、構えとか、そういったものを学ぶのだ。今までの、戦いなどとは無縁だった生活とは違うんだ……そう感じた。
――今はまだ座学だけだからこそ、そう呑気に考えられたのだが。
また、この学校は実習系の授業が多いのが特徴だ。「生産魔法実習」は、魔法工学の知識を用いて実際に簡単なアーティファクトや武器を作ってみたり、魔法石を合成、調合したりする。3年生になれば、選択したコースによっては、薬草を栽培したり、実際に育てた薬草と魔法を用いてポーション……つまり薬を作ったり、といったこともするらしい。
剣術基礎は、編入初日を含めて4回あった。やる内容はあの時とあまり変わりばえが無かったが、はじめに比べ、少し余裕を持った心で周りを見られるようになった。みんな、私の練習などとは次元が3つぐらい違う、凄いことをしている。苦手だと言っていたステラも、美しい動きで他のクラスメートと模擬試合をしている。
うーん、私はこの中でやっていけるのだろうか……ますますそう思ってしまう。
そうして、週に一回の「魔物討伐実習」がやってきた。
私が編入するきっかけとなった、本校一番人気の授業である。





