第20話 始まりの終わり
そうこうしているうちに、予鈴が鳴る。
まだ残っていた食べ物を急いで口に入れ、一緒に食堂を出た。
「次ってAもBも剣術実習……よね?」
「多分! あ、授業の場所わかる?」
「えっ……そっか、流石にホームルームじゃないよね……」
ホームルーム教室だとしても、多分絶対迷っていただろうが。
「じゃあこのまま一緒に行こ!」
「ありがとう……すごく助かる! 教室に何か取りに行かなくて良いの?」
「大丈夫だよー! 筆記用具とかは多分いらないし、剣も備品のを使うしね」
セレーナも途中までは道が一緒らしく、3人で歩いていた。
そんな時。
前の方から、ユーリが歩いてくるのが見える。
気づいて何か言おうとしたが、ステラが先に口を開いた。
「あら、ユーリじゃん。やっほー」
「……」
「ちょっと、無視しないでよ。あたしたち友達でしょ?」
「……そんなものになった覚えはない」
「ひっどー! あ、第1体育館であってる? 今日の剣術」
「あぁ」
そっけないユーリと、構わず話すステラ。そして……姉の後ろに隠れるセレーナ。
「……ぁ、こんにちは」
セレーナはユーリと目が合い、少し顔を赤らめながら、そよ風よりも小さな声で呟く。
しかしそれにユーリは気づいていないようだった。
そのまま彼は立ち去り、セレーナは少し悔しそうな顔をする。
「……いっつもこの子は、年上の男を見たらすぐあたしに隠れるんだから。そんなじゃいつまでたっても彼氏出来ないわよ」
「……いい……よ。それでも……別に……」
初めてセレーナの肉声を聞いた。可憐で可愛らしい声だった。
「ほら、もう授業始まっちゃうよ! セレーナあんた次の授業どこよ?」
「え……と、大会議室……」
「道わかる?」
「……多分。あっちに行ったらいい……?」
「逆よ! そっち走って突き当たりを右!!」
「……! はいっ!」
そっか、セレーナはひとつ年下。新入生なのだ。
ステラは、身内相手じゃなんだか雰囲気が違う。けれど妹に世話を焼いている様子は、やっぱり私と話す時にまとう雰囲気とそれほど変わらないようにも思う。
「じゃ、あたしたちも行こっか」
「う、うん!」
剣術基礎の実習は、二クラス合同だ。
担当の先生は数人いて、そのうち1人がクレン……あれ?
「クレンって、戦術の先生じゃ……?」
「あー、あの人オールマイティだからね。てか、剣術専門なのに戦術も教えてんのがおかしいのよ」
聞くところによれば、教科の掛け持ちをする先生は結構居て、その中でもクレンの担当教科はかなり多いらしい。
そうこうしていると、授業が始まる。
一通り説明があって、めいめいに練習を始めたあたりで、私はクレンに呼ばれた。
「ハルカ。その……地球に、剣術みたいなものってあったか?」
「あー……よく似たものはありました」
配られた備品の剣をよく見る。刃は潰されてある……当たり前か。
諸刃の剣だ。なんだかこれも、いかにも中世ヨーロッパという感じがする。
「……地球の中でも、こういう剣を使う国や時代はありました。……でも、私が育った日本では、こういうのじゃなくて……現代じゃ、そもそも刃物が禁じられているけど……何百年も昔の時代には、片刃の刀がよく使われていたらしいです」
「……そうか。じゃあ、ハルカは使ったことがないのか」
「はい。ただ、そこから発展して、竹でできた刀を使う、剣道っていうスポーツが生まれました。それだったら、中学の授業でちょっとだけやりました」
そう言って私は、剣を持って素振りをしてみた。
剣道歴……は、体育の授業だけだ。しかし、あの時も全くの初心者であったにも関わらず、先生に褒められたりした。経験者から一本取った事もあった。きっとビギナーズラックというやつだろう。それでも嬉しくて、家で適当な棒で練習したりしたのだ。
素振りの型は全部覚えている。振りかぶって、全身を使って振る。剣が風を切って音を立てる。この感覚が気持ちいい。体育で唯一まともに出来た競技だ。
そして、この世界の剣術の先生の反応は……
「……凄いな。実戦向きではないんだが……剣筋が、とても美しい」
「……そう、ですか?」
「それに、体幹が全然ぶれてない。……この学校で剣術を学んでも、すぐ習得して、ここにいる奴らなんかすぐ追い越すのかもしれんな」
体がぶれないのは、小4までバレエをやっていたからか。バランス感覚が知らず知らずのあいだに養われていたのかもしれない。そういえば、剣道の授業でも「体幹が重要!」みたいなこと言われたような。
「……ありがとうございます」
どうやら、剣術は習得する望みが見えたようだ。
魔法の補習とか、戦術のプリントでは不安になったけれど……初めて光が見えた。
……と、思いきや……
「じゃあ基礎から始めよう。俺が光の玉を出すから、それに剣を当ててくれ」
「は、はいっ!」
……意気揚々と始めたものの、半分しか当たらない。コントロールがここまで難しいのは、数年のブランクのためか、竹刀でなく金属の剣だからか。
授業が終わる頃には、へとへとになっていた。
クレンは「初めから半分も当てられる奴は稀だ」と言ってくれたが……体力の衰えは、否定のしようもなく私の身にのしかかる。それに、彼の言う「初め」って、小中学校……じゃない、初等中等学校ではないのか。
こうして、私のリヒトスタインでの最初の1日が終わった。
これから……どうなるんだろう。