第14話 初日からのドタバタ劇
《ハルカ、ハルカ! いぎたなし!!》
「ふぇ……?」
枕元で鈴のような声が聞こえる。
夢の世界から引き戻され、まだ開かない目を無理に開け、髪を手で梳きながら体を起こす。
備えつけの時計を見て……
「……まだ、学校まで2時間あるじゃん〜」
《さにあらず! りひと……すたいん……が始業は1時間後なり!》
「えっ……あ、そういえば」
初日から遅刻、というのだけは避けたいのに。日本にいた時通っていた高校の感覚で居てしまった。
それにしても、こちらの学校の朝は早いらしい。
「……ん、朝ごはん、は……?」
《食堂は既に閉まりぬ。道中なる店で求むるべし》
「うそ、でしょ……」
《我の見し店は多くの食料を持ちたりき。心もとなく思わずとも良し。されど早くすべし!》
「いや、何で神様そんなに詳しいの?」
その疑問には答えてくれなかった。
私は急いで服を着た。ちはや、ひばかま。しかし昨日のようにその感動に浸る余裕は無い。
朝食抜きはキツイ。
腹が減っては戦はできぬ!!
千早を着て、緋袴を履いて、帯を締めて。
時計を一瞥。
箱からアーティファクトを出して、教わったように身につける。
時計を一瞥……そして二度見。
急いで歯を磨き急いで顔を洗い、足袋を履いて紅い鼻緒の下駄をひっかけ、ドアを開ける。
もうほとんど誰もいない女子寮に、思いっきり足音を響かせて走ってしまった。
……時は遡り、昨日、神様と合流した後のこと。
神様から特別講義を受けたのだ。
神様は、現実世界で巫女を何世紀にもわたって見てきた。
服を見れば全く同じだと感嘆し、箱から取り出したアーティファクトを見れば懐かしいと呟く。
少なくとも外見は、現実世界における巫女の道具――御幣――と同じだそうだ。
《かのごとき道具の操らる程の力を持ちたりし巫女は、とくの昔に絶えぬ。こなたの世界にて如何に使わるるべきかも分からず。されど……いかに持つべきかは知るなり》
そう言って、何をどこに携帯すべきか教えてくれた。服のここに引っ掛ける、とか、ここに入れる、とか。
後で聞けば、神様が曖昧な記憶の中適当に言ったものもあったらしいが、結局一番持ち運びしやすいやり方だったのだ。
また、この世界に来た時私の手に握っていたはずの、例のお札……あれを何故か神様が持っていて、懐に入れて携帯するようにと念を押された。
学校でテンパらないよう、千早と緋袴の着付けから道具の取り付けまでの流れを練習した。
気づけば日付をまたいでいる。
魔法により至高の湯加減に調整されたらしいお風呂に入り、制服の下に着ていたセーターや体操服のズボンをパジャマ代わりにして、フカフカのベッドで眠りについた。
……時は戻り、学校の購買にて。
もう約束の時間が15分後だ。歩きながら食べることになるか。
パン……のようなものを買おうとして、ようやく気づく。
今の私は、一文無しだ。
どうしようか。そう考え込む時間も惜しい。
だがメイド服を着た職員の方は、とても気の利く人だった。
「お金がないんでしたら、ここで手続きしていただければ、後払いが出来ますよ」
「えっ、そうなんですか?!」
「あら、敬語を使う生徒なんて珍しい。手続きは、ここにギルドカードをかざして貰えますと……」
続きを聞かず、カードをかざす。
虹色の石のようなものが、一瞬光った。
「ハルカさん、ですね。では一週間以内にお支払いください」
「ありがとうございまーーーーーす!!」
大急ぎでパンを持って走り出す。
時間はあと10分。
お腹が空いていたからって、大きめのを買ってしまった。
食べながら走る……と、うまく食べれない。
結局立ち止まってしまう。
校舎の陰で、普段の3倍速でパンを咀嚼した。
味付けは結構濃い。クリームのおかげで、あまり喉に詰まらなかったのが救いだ。
食べ終わる頃には残り5分。
校内図を見て、すぐ横にある校舎と待ち合わせ場所が違う棟だとわかった。
違うどころではない。学校の敷地の対角同士だ。
しかも3階。
流石にヤバい。
初日から遅刻したくない。
そう思った時。
《風の精霊よ!》
後ろで声。
次の瞬間。
追い風が吹く。
……精霊たちもこの世界に来ていたのか。あのおびただしい数の生き物(?)まで巻き込んでしまったとは。
思いのほか追い風が強く、背中を押されてというより流されてという感じで走る。
風景が、今までにない速さで私の横を流れていく。
やたらと広い学校の敷地の辺を伝って回り道したことで、迷わずに済んだ。
母校の外周の2倍はあるであろう距離を苦もなく走れたのは、精霊たちの協力のおかげだ。
校舎に入っても、追い風は私を押してくれた。
階段を上っている間、もはや足に重力を感じないほどに。
所要時間わずか3分。
目の前には、職員室。
息を整え、まだ私にくっついている精霊たちに「ありがとうね、本当に助かったよ」と言って。
2回ノック。
「失礼します。クレンせんせ……じゃなくてクレン」
「おお、おはよう! よくここまでたどり着けたな!」
「おはようございます。校内の地図と、精霊たちのお陰です」
「ん? 精霊? ハルカって精霊術師だったか?」
「あー、あー……いや、何でもないっ……です」
「……そうか。まあいい。あ、ちょっと待ってくれ」
クレンが再びデスクに戻った時、入れ違いに校長先生が通りかかった。
「ハルカ、だったね。初めは疑いをかけてしまったが……クレンから、類い稀なる能力の原石だと聞いている。これから、一緒にこの由緒あるリヒトスタインで頑張ってもらいたい」
「……! はい! この学校の伝統に恥じぬよう、頑張ります」
思いがけぬ激励の言葉に少し戸惑ったが、嬉しさに弾んだ声で返事した。
「お待たせ! すまん」
校長先生が満足げな顔をして去って行った時、クレンが、手に何やら書類を持って戻ってきた。
「ちゃんとその服着てきたんだな。似合ってるぞ」
「ぁ、ありがとうございますっ……」
突然そんな事を言われた。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
「じゃあ、もうそろそろホームルームが始まるから、教室に案内しよう」
「は、はい!」
新しい学校生活が、始まる。





