第13話 我はハルカとともに行かん!
「神様……」
私はそう呟き、ため息を漏らす。
私の他に、神様と心通わす存在が現れていたらいい。あの性格は、誰にも好かれるはずだ。あの美しい声に、顔立ちに、魅せられない人などいないはずだ。
だが。その言葉はおろか、声も、顔も、私にしかわからないのだ。
……いや、そんな事はないだろう。巫女と呼ばれる人なんて日本中に居るし。きっとそういう人たちは、私と同じ力を持っている。きっと。
……でもあの神社の知名度は……。
考えればらちが明かない。ただ一つ、変わらぬ気持ち。
――神様に、もう一度会えたら。
本当は、神様が心配なのだというより……私がひとりぼっちで寂しいだけなのかもしれない。
もしこれで一生会えないのなら……せめて挨拶くらいしたかった。
夢の中の女性が着ていた、千早と緋袴。彼女に導かれて神様に出会った。
それらは今、私の手の中。ここにある。この服を着れば、いつか神様に会える。そんな気がした。
一体何の直感だか分からないが。
着物の着付けは家庭科の授業で習った。忘れたと思ったが、実際に袖を通すうちに思い出していく。普通の着物とは違うだろうが、何だかそれっぽくなった。
部屋の鏡が、私を映す。自分の体が、あの紅と白とを纏っている。目の前にいるのが私じゃないように見えた。あの、夢の中で美しい舞を踊っていた、若い女性……あの長く真っ直ぐな黒髪には似ても似つかぬボブの髪が肩のあたりで揺れているけれど、あの人になりきったような、不思議な感覚。
明日からこれが、私の制服……クレンがそう言った。
自分に合った服を着ろ、と。
今まで着ていた制服より、袴の裾が広がって動きにくいんじゃないかとも思うが。
そして、その服の、色と形でしかなかった私の記憶に、最後に名前を与えてくれた……現実世界製の機械。
私の最後の望みだったのに、もう自分で生きて自分で学ぶしかないんだ……そんな諦めに似た気持ちも不思議なほど湧いた。
だが服の名は、私のぼやけた記憶に輪郭を与えてくれた、ように感じた。
千早……ちはや……
ちはや?
そういえば。
古典の時間に習った、和歌の知識を思い出す。
掛詞――ある特定の語を導く五音の言葉。
ちはやぶる、という言葉の後には「神」が続く。
これってもしかして、今着ている服と関係があるのかな。
千早を身につけているのは、神に仕える人だから。
ちはやぶる……神……何か出来ないかな。
10分ほど考え込んで、そして……
――ちはやぶる 神にさぶらふ ものなれば いずこにゆけど ともにあらまし――
どこに行こうと神様と居られたら良かったのに……その思いを和歌に詠んだつもりだ。口ずさんでみて、大昔の日本にタイムスリップしたような気分になる。誰も周りに居ないのをいいことに、ちょっと得意げに、胸をそらしてみる。
だが。
「……古文単語、使い方合ってる気がしないや……」
所詮は文系の高校生。現実世界の現代人。古典が同級生よりちょっと得意なだけ。
……得意なのは、神様といつも言葉を交わしていたから。
フィーリングで古語を使ったところで、何になろうか。
部屋に反響した私の声が聞こえなくなった瞬間、寂しくなった。
そんな時だった。
――花咲きて 草芽生えたる 春か立つ 彼方の旅に 我も具すべし――
脳内に、そんな言葉が響いたのは。
鈴のような声。厳かだが、どこか楽しげで、優しい声。
これって…………
《我も共にあらん! ハルカよ、我を一人にするべからず!》
「えっ! ……神様?!」
聞き馴染んだ声と共に、目の前に燐光を放つ珠がどこからともなく現れた。
光はやがて強まり……次に目を開ければ、輝く人間の姿……見慣れた神様がそこに居たのである。
青い、それでいて優しい、暖かい光。見慣れた光を、変わらず全身に纏っている。
《言わざらんや、人離るるときこそ我の死なれと! 我も共にあらん。ハルカがいずこにあれど!》
神様のまくし立てる言葉に、私の目から思わず涙が零れた。
不安がどこかに消え、安堵は涙となって私の頰を伝う。
「神様……! 心強いっ、ですっ……!」
《……否。……我とて、この世界のことはつゆほども知らず。共に迷い、戦わん。されば、我をパートナーと思うべし。敬語は要らず》
「えっ、パートナーとかいう言葉使うんですね!」
まずそこに驚いてしまった。
《……いや、現代語も、少しは分かる……ノヨ。ハルカよ、……びーえふえふ……ならん》
普段からは想像できないたどたどしい口調を聞き、思わず吹き出してしまう。
BFFなんて、クラスでもかなり流行モノに敏感な界隈の人々しか使わないのに。
「……無理しなくって良いんですよ?」
《は、ハルカこそ、この世界では敬語を辞めよっ!》
「……!」
クレンにも言われた。敬語を辞めろと。
相手はほぼ初対面で、教師で、しかも命の恩人だ。
だが今の相手は神である。もはや人間より上の次元の人である。
彼女にタメが使えたら、おそらく誰にでも抵抗なく使えるだろう。
いや、逆か。
クレンは初対面だ。いやこの世界の住人全員が、おそらく初対面だ。
だが今の相手は中学生時代からの親友である。もはや人間より親しい間柄である。
彼女にタメが使えなくて、誰に使えようか。
この世界の文化に早く馴染みたいようにも思う。
その為にも――
「……えと、わかった、これで、いい?」
《良き良き!》
目の前の少女は、満面の笑みで答えてくれた。
私は神に仕える巫女。私は神様に仕え……いや、彼女のパートナーとして、一緒に戦うことになった。
戦友として、親友として。
神様がいれば、何も怖くない。
神様にとって私もそんな存在なら、どんなに嬉しいだろう。
明日から、私はクレンのクラスの一生徒。
どんな生活が待っているのだろう……胸が高鳴らんばかりの希望が、ようやく不安を越えていった。
ハルカや「神様」の詠んだ歌は、私が作りました!
ハルカはともかく、「神様」は古代の人だから上手い……という設定なのですが、私は現代人なのはもちろんですが、理系の高校生でして……(汗)
古語を使ってみて、修辞も盛り込み、自分の中では自信作ですが、とても、和歌と言えるものかどうか……
どなたか評価をお願いしたいです……!





