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第12話 はるばる来ぬる旅をしぞ思う

「これ下さい!」



 私はいつのまにか、白い着物と赤い袴を抱きしめ、そう叫んでいた。


 幼な子のように。他に客も居るだろうに。一応高校生なのに。


 店員さんは、ちょっと顔をしかめる。


 まあ、こんなに年齢不相応な振る舞いをしては……ね。



「それはやめた方がええで。防御力も、その他項目で何べんテストしても、こいつは最低レベルでね。安くしちゃるけど、おすすめはしまへん」



 どうやら私の選んだ服に対する顔だったらしい。


 でも。



「いえっ、私、これが良いです!」


「ハルカ。服とかの装備は防御力が命だ。それが低いんならやめた方がいい」


「それでも……!」



 夢に導かれて連れられた先には、必ず新しい道があるから。


 神様と初めて会った時だって、そうだったから。


 ひょっとすると、私の先祖が同じものを着ていたかもしれないから。


 だから、私は。



「この服が、良いです!」


「……そうか。じゃあこれを」


「そんなら止めまへん。1000ルーンです」


「あっ……私、お金が……」


「そのぐらい分かってる。俺が払う」



 クレンは、自分のギルドカードを店先の「何か」にかざしていた。


 このカード、支払いも出来るのか。



「まいど! あぁせや、これも」



 店員さんはそう言って、私に箱を手渡した。


 アーティファクト……とか言うものが、いくつか入っているらしい。この服の付属品だという。



「本当に、これで良かったのか?」



 帰り道、クレンに聞かれた。



「この服に出会えて、本当に良かったです」



 まだ夢見心地のまま答え……大事なことを思い出す。



「あ、クレン……先生。その、払ってくれて……ありがとうございます」


「あぁ、別に気にすんな。どうせ今は払えないだろ。まあ、出世払いってとこかな」


「出世……するんでしょうかね?」


「あー、その敬語が全部タメになる時には、俺より数段上になってるんじゃないか?」


「えぇっ! ……あっ」



 やっぱりまだ、意識しないと敬語になる。


 この世界の文化に、いつ慣れるのかな。



「もう学校に着いた。今から寮に案内する。今日はもうゆっくり休んでくれ。明日クラスに紹介しても良いか?」


「はい、お願い……スル」


「カタコトだな……。じゃあまぁ、その時にはその服を着てくれよ。明日から、それがハルカの()()になるからな」


 ☆


 寮の部屋に入った。


 ここが寮とはとても思えない。


 フカフカのベッド。柔らかな、しかし部屋のいかなる隅をも照らす照明。空調はバッチリで、暑くも寒くもない。


 照明をよく見ると、光がうごめいている。眩しさを堪えながらなお間近で見れば、模様が見えた。


 それは、あの時、校長室で……パフォーマンスをしてくれた女性の目の前に現れた光る文字列と、よく似ていた。


 そっか、この光も魔法なのだろう。



 ――大変なところに来てしまったな……。



 しみじみと思う。


 昨日まで私が居た「日常」は、どこかへ消え去った。


 いつ戻ってくるかも分からないし、そもそも戻れるかどうかも分からない。


 昨日まで自分が、あの和やかでありふれた「日常」で暮らしていた証拠は……さっきクレンに返してもらった、カバンと母校の制服、それだけだ。


 カバン……と言っても、あの日は一日中模試だったから、毎日持っている筆記用具と電子辞書ぐらいしか入っていない。あとは『圏外』を訴え、写真を見たり撮ったりくらいしかさせてくれないスマホ。


 それでも、魔法が無くて電池がある。電池は有限。光は多分LED。現実世界のもの。私があの世界に生きていた証。そう思った。



 ネットは使えないが電子辞書があるので、現実世界における「巫女」の事を調べようと思い立った。


 私は、このギルドカードの発行をもって、一人の巫女となったのだから。


 現実世界の知識も、ひょっとすると何かの助けになるかもしれないから。



『広くは神に仕える女性の意。神社に属し、補助的な神職として神楽、祈祷などをするものと、神がかり状態で神霊、死霊、生霊の託宣を伝える口寄せとがある……』



 これは百科事典の言葉だ。


 しかし他にも色んな辞典を参照するうち、頭が混乱して来た。


 そんな中、私の目を引いたのは、ある和英辞典のある言葉だ。



『……「千早」と「緋袴」を着て、神社で参詣者を祝福……』



 ……千早……緋袴……。


 もしかして、これこそ、この服の名前……?


 さらに検索してみる。


 千早、ちはや……広辞苑にあった。



『……衽のない白布の単衣で、打掛の形をし、袖を縫わずに、こよりでくくったもの。山藍で水草・蝶・鳥などの模様を摺る。……』



 ん、模様?


 急いで、さっき買った服の袋を開け、服を取り出す。


 純白の……白布の……単衣。打掛……は、よくわからないけど……袖にも、真っ赤なこよりが通されていて……うん。きっとこれだ。


 だが模様ってどこだろう。


 服を広げてみて……ようやく気づいた。


 裾の方に、確かにうっすらとした花模様が見えたのだ。


 言われないと気づかない。しかし大人しく気弱でひっそりとしていても、健気に、可憐に咲く花だ。



 緋袴という言葉は調べても出てこない。


 しかし「緋」は赤系の色。日本の伝統色だと、昔美術で習った気がする。



 他の振袖ではなく私が選んだ紅と白。


 まさしく、巫女が本来着てしかるべき服だったのだ。



 それを教えてくれた辞書は、現実世界から私とともにやって来た、頼れる案内人のように見えた。


 だが、それさえも――



『電池交換してください』



 一気にまた、心細くなる。


 心細くなった事で、さらに別の疑念が誘発される。



 ――仕える神の居ない巫女に、存在価値はあるのかな。

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