第11話 私の天職は巫女だそうです!
私は自分のギルドカードについ見入ってしまった。
これが、現在の私――そう思うだけで心強く思える。
「出来たか?」
「はぃ……うん!」
「見せてみ」
興奮している私に、クレンが冷静に、それでも口元に微笑を浮かべながら手を差し伸べる。
私は嬉しさにほてる顔を綻ばせ、言われるままにカードを差し出す。
彼はカードに書かれている文字を見……眉を少し寄せた。
「巫女……って、何だ?」
「……あー、なんか、日本にはあったんですけど……詳しくは知らない……です。神に仕えて予言とかする若い女性……だったように思います」
「そうか……マイナーな職業……というかほとんど知られていない職業だから、結構大変かもしれんが……スキルを見た感じ、磨けば俺よりずっと強くなるだろう……間違いない」
「そうなん……そうなの?」
「ああ。この【神の光=2】って、あのレイドボスを倒したやつだろ、きっと。熟練度2しかなくてあれだけ強いのはおかしいにも程があるしな。それに未取得スキル数もおかしい、多すぎる」
「へえ……」
「ところで、何でハルカがこの職業になったんだろうな?」
「あ……でも、心当たりはあります」
神様のいた、あの神社。
私の先祖は、そこで代々巫女をしていた……そんな話を、今ふと思い出す。
その系譜はどこかの時代で途切れた。それで私は巫女にならなくていいと言われた。だから巫女のことを何も調べたりしなかった。何にも知識がなかった。それでも私に「巫女」という職業が発現した。
クレンの話からすればこれは遺伝である。血盟を交わしたギルドカードが、私に巫女になれと言っている。
これは……
天職、というやつかもしれない。
「まあ、俺は何にもわからないが……。あぁそうだ。この後、装備屋にも行こう。服や武器といった装備は実習とかの授業の成績も左右するし、冒険者になったら生存を決めるからな」
「えっ、新しい服を?」
「そうだ。その服じゃ動きにくいだろう。カバンと今着ている服はちゃんとハルカに返すが、この世界で戦う時に上手く動けて攻撃から身を守れるような服が要る。近くに店があるから一緒に行こうか」
「はい! ……あれ、この学校って制服はないんですか?」
「無いな。それぞれの職業にあった装備を身につけた方が都合がいい。この学校で生徒の服装を統一するメリットが無いんだ。他の、座学中心の学校にはあるけどな」
「へえ……私にあった服って、何だろ……」
巫女の装備。
巫女――あまり知られていない職業。
それに合う服なんて、この世界に存在するのだろうか。
さっき天職だなんて喜んだところだが、徐々に不安になってくる。
「全ての人に合う装備を扱わねばならないから、装備屋の店員は俺より職業に詳しいはずだ。それに学校近くの装備屋は、そういう点で他と比べてもかなり良い店だ」
――らしいので、期待する事にしよう。
☆
「いらっしゃい! おや、見かけへん顔やねえ」
ここは装備屋さんの店員……さん。
学校から徒歩5分。
ここに来るまでの道で、初めて校外の世界を見た。
石造りの厳しい城に、石畳の道。ツタの緑に彩られた煉瓦造りの建物。籠を下げた行商人。私たちをすれ違っていく馬車。ボタンが金色に輝く……軍服? のような服を着た男性に、ロココ調のドレスを着た女性。
中世ヨーロッパみたい。
学校の装飾だけではなかった。
ただ雰囲気が中世ヨーロッパみたいなだけなら、地球の中でタイムスリップしたって言う事も出来る。だがそうではない。石畳の道は、私が踏めば柔らかな光を放つ。馬車を引っ張る馬には、真っ白な羽。飛べるのだろうか?
こういうのを見ると、私は異世界に来たんだと改めて実感する。
そしてこの装備屋さん。
「ここは品揃えには自信があるんや。何言うてくれてもええわ!」
店員さんは、何というか、コテコテの関西人? THE・商人という感じだ、と思った。
「えっと……巫女、なんですけど……」
つい気圧されて、声が小さくなってしまった。
対する相手は、目を大きくしている。
「巫女……巫女なあ……」
しばらく考え込む素振りを見せた時、私の心に絶望が見え隠れし始める。
……しかし。
「あー……あるかもしれへん。極東の装備マニアから譲り受けたのが3着ほど……確か巫女とか書いとりました」
「え! ほんとですか?」
「記憶が合うてたら奥の方やわ」
「流石だな。早く見せてくれ」
クレンとともに、店員についていく。ワクワクしながら。
そして、案内された先には、確かに和風の服が3つあった。
2つは華やかな振袖だ。ちりめんのような素材で、縁起物の鶴や富士の絵、花の刺繍……かなり派手な、それでも日本っぽい装飾が、これでもかというほど施されている。一方は橙色で、他方は藍色だ。キラキラと輝いて美しい。
しかし、私は、もう1つのものに目を奪われていた。
真っ白に光る装束と、真っ赤な袴のセット。
折り目正しい純白の単は、何の穢れをも知らぬ色。
それと対照的に鮮やかに光る紅の袴は、見る人の目に焼き付けられるような力強い色。
その、鮮やかな色彩を――私は、今まで忘れかけていた。
でも頭から消え去ることなどない。
私と神様が出会ったあの日。
それより前に見た、不思議な夢。
私の……全ての始まり。
あの時、目の前にいた女性は。
全く同じ色を、その腕に抱えていた。