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第114話 終焉の刻

 あまりに鋭い光に、思わず目を閉じていた。


 次に目を開けたとき、そこに暗黒竜の姿も、白龍の姿もなかった。


 視点はいつもの等身大。さっきまでの俯瞰の目ではない。自分の身体を見れば、いつもの巫女装束に人肌である。尤も、みぞおちはズキズキと痛むし、服は所々破れているし、手のひらは焼け爛れているけれど。


 あたりを見渡す。


 絨毯が焼けて灰になり、石の床があらわになっている。


 だが、何よりも大事なのは。



「みんなっ……! 無事だったんだね!!」



 全身に傷を負いボロボロになりながらも、しゃんと立っている仲間達の姿。これさえ確認できれば、私の痛みなんてどうでもよかった。



「ハルカっ……よかった……よかった、無事で……」



 ユーリが抱きしめてくれる。同時に回復魔法をかけてくれた。私も涙を流しながら抱きつき返す。愛するひとの体温が心地よい。



「……ふたりとも……水を差すようで申し訳ないけど、まだ、終わってないみたいよ?」


「え?」



 ソフィアの冷静な言葉が、私たちを現実に返す。その声の裏には、さまざまな感情がありありと滲んでいたけれど。私はそもそもその言葉の意味を理解できなかった。


 彼女の指差す先を見る。


 ……そこには。



「……ぁ……ぁぅ……」


「……」



 ……ルナとルイが居た。


 ルナは、竜の姿どころか、初めに出会った時と比べてさえ萎縮して見える。もうほとんどの力を失っているのだろう。言葉を話すことさえままならないように、ガクガクと身体を震わせながら、怯えるようにしてルイを見上げている。


 対するルイは、虹色の閃光を放つ聖剣をその手に握りしめながら、彼女を見下ろしていた。冷酷無慈悲な、憎しみにあふれた目で。


 その剣をひと振りすれば、今度こそルナを倒せるはずだ。しかし、彼の手もまた、震えている。


 きっと、あの悲劇の始まりを思い起こし、恐怖しているのだろう。



「……ルイ。もし、ユリアさんをウィリアムから取り返して、あのひとを守りたいって思うんだったら……あなたがトドメを刺すべきだよ。今度は私が浄化するから、あんな悲劇は起こらないわ――大丈夫。だから安心して」



 私がそう言うと、彼はこちらを振り返らないまま、小さく頷く。


 そして。一筋の閃光が、ルナの胸部を貫いた。


 傷口から、黒曜石のような宝玉がふわりと舞い上がる。紫色の靄を纏いながら、重力に逆らうように。



「……らぁっ!」



 彼が聖剣をさらに振り抜けば、その宝玉は、快い音を立ててふたつに割れた。


 もうそこに、ルナの姿はない。


 彼女の元いた場所を中心として、藍色の煙が広がる。


 それを合図にして、私は祓い串を取り出した。


 いつものように舞を舞うと、辺りに燐光の粒が降り注ぐ。


 王宮の地下室でルナと初めて対面したときのことを思い出す。部屋いっぱいに揺蕩う靄が消えるときまで、ただひたすらに舞い続けた、あの日。


 静まった部屋の中、私は、串を振るい続けた。


 あらゆる邪を祓うように。


 巫女の任を全うするように。


 ――限りのないように思われたそれも、やがて終わりを迎える。


 目にうつる景色に、もはや一点の曇りもない。


 靄が全て消え、穢れなき視界が広がったのだ。


 その時だった。



「えっ……きゃあっ!」



 地響きとともに、私たちの立っている足場が大きく揺らぎ始めたのは。


 あれほどまでに荘厳で確固たる見た目をしていた、魔王城の壁や柱。だが今見れば、その全てに亀裂が入り、歪み、軋み、崩れ始めている。



「魔王城の……崩壊……?」



 信じられない。こんなことが起こるなんて。


 しかし、頭が真っ白になる私たちを待ってなどくれない。



「みんな、このままでは俺たちまで押しつぶされてしまう。人間界に引き上げる――全員、手を握るんだ!」



 ユーリがそう言うと、みんな手と手を取り合い、ひとつの輪となった。



「――【テレポート】!」



 ユーリがそう唱える。


 視界がぐにゃりと歪み始める。


 しかし、その瞬間、違和感を覚えた。左手はユーリ、右手はステラと、しっかりと繋いでいたはずなのに、その手がするりと滑る感覚があったのだ。


 だが、その奇妙な感じの正体を確かめる暇もなく、意識は暗転する――


 ☆


 魔王はついに消滅した。


 封印ではなく消滅――この世界に魔力と魔素が生まれ、魔族と呼ばれる存在が人間を脅かし始めて以来初のことである。


 ルイたちは人間界に戻り、ヴィレム王の御前で全ての真実を明らかにした。――ハルカが最大の貢献をしておきながら最後に姿を消した、ともあわせて報告すれば、そこにいた全員がうなだれた。ユリウスと、彼女に給仕していた侍女は特に。


 パーティメンバーには、ヴィレム王による勲章と二つ名が与えられ、それぞれが王宮の重要職に推薦された。ミーシャとソフィアは女性初の部隊長に、ステラとセレーナは王宮筆頭精霊術師に。もちろん、ユーリには真っ先に筆頭魔術師の声がかかったが、彼はそれを辞退してしまった。ヴィレム王は悲しげな表情をし、もし気が変わったらいつでもこれを持ってくるが良い、と書状だけを手渡した。


 その権力、そして世渡りの巧さゆえに有利に立ち回っていたウィリアム王子だったが、この頃にはだんだんと、その無能さがあらわになりつつあった。ちょうどそこへ入ったのが、新規編成された勇者パーティによる証言と、動かしがたい偉業である。この第二王子は一気に信頼を失い、遂に失脚。さらに、これを皮切りに続々と、隠蔽されていた粗相が明るみに出て、とうとうヴィレム王が手ずから処刑するところとなった。


 そうして、ルイは晴れてユリアと結ばれたのだった。聡明な第二王女と辺境男爵の結婚は世間を驚かせたが、セクリアの国民は皆、心から祝福した。もう二度と離さない、とばかり、彼らはぎゅっと手を取り合う。屈託の陰も、憂いも、そこにつゆほどもなかった。


 魔王城は跡形もなく崩れ去り、魔国が丸ごと姿を消した。すなわち、魔王だけでなく、魔族も魔物も、二度と姿を現さないこととなったのである。


 これと同時に、人間界には平和がもたらされた。人間同士の軋轢は多少あれど、少なくとも魔国に関わるところでは。


 魔物が消滅し、冒険者がその需要を失ったことによる混乱は確かに酷いものだった。国民の職業のほとんどを占めていたからだ。しかし、そんな問題は時間が解決してくれる。


 新しい職業が次々と生まれる。戦闘用の魔法に代わり、生活用の魔法の研究が進められていく。魔法と科学が融けあい、便利な技術が急速に発達した。世界は見る間に姿を変えた。地球で言えば中世ヨーロッパと似ていた街並みは、いよいよ現代風になった。


 ユーリは魔法工学の専門的な知識を用いて、生活魔道具の開発をしながら忙しく暮らしている。――左手の薬指の輝きは、時々彼の心を締め付ける。彼はその容姿ゆえ、同僚の女性たちをひとり残らず虜にしたが、結婚願望はおろか恋愛願望もないと一点張りである。そうして、この技術の急成長を、最前線となって牽引しているのだ。


 良くも悪くも激動する社会の中、政治体制も次第に変わっていった。貴族の家柄の序列が重要視されなくなると、ソレイユ家にも変化が訪れた。フレアとセオドアとの婚約はもう固まっていたが、ヘレナもまた、誠実な騎士との愛ある結婚が認められ、今に幸せを掴もうとしている。


 リヒトスタインの他の同級生たちもまた、それぞれが活躍していた。幼馴染コンビの盾と治癒師、オットーとアイリスは、卒業後まもなく結婚したらしい。他の者たちも、国で最前線を駆ける武人あるいは有識者として、その名を馳せていた。


 クレンはといえば、それから80年――エルフにとっては8年――の時を経て、リヒトスタインの校長となった。校長になってからもなお、教鞭をとり続けたけれど。それで毎年のように、ハルカのことを教え子に語って聞かせるのだ。


 いや、ハルカのことを語っていたのはクレンだけではない。仲間たちによる小さな波紋は、やがてひとつの大きな伝説となる。彼女がこの世界で成したことの数々は、大陸にあまねく伝わり、いつまでも語り継がれることとなったのである。


 そんな人々の動きを、天上から眺める者がいた。


 黄金色の輝きを纏う、艶かしい女神――コグニスだ。



「……ハルカ……この世界を救ってくれて、本当に、本当にありがとう。……リン、守ってあげられなくてごめんね……」



 彼女の呟きは、誰に聞こえるともなく溶けていく――

ついに、この戦いに終止符が打たれました……!!

あと数話、後日談のようなものを書くと、いよいよ完結です。

高3の頃から書いていた(途中リメイクしたのでこのページでの初回投稿日は去年ですが)ので、ここまで来れるなんて信じられません。ひとえに皆様の応援のおかげです!

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