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第105話 魔王城の番人

お久しぶりです。なんとか新話更新できました……

 紫色の靄は、歩みを進めるごとに濃くなっていく。


 時折、薄暗くぼやけた視界のなかを鋭い閃光が走り、遅れて龍の咆哮のような声があたりを震わせる。



「光よ……我らが前を照らし、道を拓け」



 異国の城のお膝元。その中で、このような目隠しに押しつぶされるのはとうとう耐えられなかった。私が静かに呪文を唱え、簡単な光魔法で壁を作って靄を遮ると、一気に視界が広がる。


 その刹那。


 明らかになった景色の中、目に映ったのは光ではなく、闇であった。あらゆる光をあたりから吸い込んでいるかのような暗闇である。


 黒々とした、しかし妖しい輝きを纏う城が、突如私たちの前に立ち塞がる。


 それと同じように真っ黒な空には依然として稲妻が駆け、いよいよその城は禍々しい雰囲気を持って天を指さしていた。



「もう、こんなに近かったんだね……」


「ハルカ、またまたナイス!」



 ユーリの話から考えると、ここは裏門に近い。そのためか、なんの音もせず、灯りのようなものも見えず、ただひっそりとしている。魔族の動きもない。辺りで無秩序に手を伸ばす雷光を除いては時が止まっているような、そんな不気味な風景。


 だが、靄の目隠しがなくなった今、奇襲も何も怖くない。


 私たちは、裏門へ向けて堂々と歩き出す。


 ――と、その時。



「侵入者! 警戒!」



 異質な声が飛んでくる。錆びた機械仕掛けのおもちゃような、無機質な声。


 今のところ、周りには他に誰もいない。相手はたったふたり……二体、という方が正確だろうか。一方は黒髪で、他方が金髪。いずれも黒白眼と、白磁の肌には幾何学模様。こんなに番人が少ないのは何故なのだろう、と思ったが、そんなことを気にする場合ではない。とにかく、今まで通りに倒すのみだ。


 私がメンバーに魔力を与える間――



「黒髪の奴の方が弱い! ステラにセレーナ、金髪を抑えていてくれるか? 先に俺らはあっちを片付ける!」


「了解! 風の精霊、ニンフよ! 大気をして波ならしめ、敵を撃て!」


「風の精霊、ニンフよ、つむじ風によりて、かの敵を封ぜよっ……!」


「氷よ、強靭なる刃となりて、敵を切り裂け」


「そいっ」


「風よ、我が槍に纏いて……」



 ――こうして、みんなはあっけなく黒髪の魔族を倒してしまった。もちろん攻撃はたくさん受けた。どれも、道中で薙ぎ倒した魔族とは一線を画していた。だが、それでもなお、私たちにとっては微々たる差だった。



「じゃあ、金髪の方への攻撃を始める」


「はい! じゃあみっつ数えたら解放しますね。さん、にー、いち……」



 その時。



「俺はあいつとは違う! それだけで倒せると思うなっ……俺が手出しをしない今のうちに、早く帰れ! 十秒だ!」



 金髪の魔族が、そう叫んだ。


 私は、その声に心をざわめかせた。続いて、その言葉に違和感を覚える。


 確かに、さっきの黒髪の魔族と同じような、機械じみた声。しかしその声に、よく馴染んだ面影を見た気がしたのだ。おまけに、私たち(人間)を逃がそうとする言葉……魔族らしくない。王城に仕える魔族ならば尚更。


 相手の顔はよく見えなかった。さっきまでとは違って、伏目がちだったから。


 他のメンバーも違和感を感じたのか否か、それはわからない。


 しかし、ユーリはゆっくりとその番人に近づき。



「俺らにお情けをかけてるつもりか? 残念だがこの先に用事がある。お前が通してくれるんなら別だが、そうでないなら倒すしかないんだよ」



 至って冷酷な声で、そう言い放つ。



「……くそっ……」



 番人は、ふいっと顔を背け、小さく呟いた。


 それからひとつ瞬きをするあいだ。彼の手の中には何やら黒い靄が生まれていた。


 全てを吸い込んでしまいそうな黒。手のひらに収まるほどの大きさでありながら、どこまでも深い。



「闇魔法だ! ハルカ、なんでもいいから適当に光魔法を撃ってくれ! 風も氷も効かないから、みんな気をつけろ!」


「う、うん!」



 私がユーリの声に促されるままに【光の矢】を繰り出す……だけの、時間は与えられず。


 敵の手の中から、黒い()()()が6本生まれ出る。


 それは植物のツルか、あるいは触手のようなものか。見る間にそれらは、素早く私たちの元へと迫る。


 慌てて、繰り出す魔法を【光の壁】に切り替える。しかし、魔の手は難なくすり抜けてしまった。



「リン様っ……!」



 私は、お札を取り出してぎゅっと願いを込める。


 どうか、助けて――



 《ハルカを助くるはもともなり(当たり前よ)!》



 いつの間にか固く閉じていた目を開けると、目の前には燐光の壁。私たち全員を守っていた。あのツルか触手かわからないナニカは、壁に触れた部分から火花を散らして消滅していったのだ。


 間一髪。私が目先の危機を逃れたことにほっと胸を撫で下ろすのも束の間。他のメンバーは、相手に攻撃の隙を許してはまずいとばかり、攻撃を矢継ぎ早に放つ。


 それを、あの番人はほとんどうまく回避する。そうして、こちらの放った魔法全てを足し合わせてもまだ劣るほどに沢山の攻撃を返す。


 急いで再び扇を取り出した。仲間達に魔力を与えるため。


 さらに。



「我が神が眷属の精霊らよ! 我らにその大いなる力を与えよ!」



【精霊の加護】を発動させた。


 無尽蔵の魔力があれば、敵はないも同然。攻撃、回復、そんなものが無限に繰り出せるのだから。戦い方は、おそらく相手の方がずっと上だ。しかし、その戦力とて、智略を除けばたかだか魔力と体力によって生み出されるもの。対峙が長引けば、消耗戦になることは避けられない。相手がどれほど多くの力を有していようとも、まさか無限大ではあるまい。


 一体、ここにきてどれほどの時間が経っただろうか。


 一瞬、敵がよろめくのが見えた。


 その僅かな隙を、ユーリは見逃さない。



「氷よ、針となりて、敵を穿(うが)て」


「……ぐっ」



 短い呻き声を上げて、狼狽えるようにのけぞる。急所は避けられたが、体勢がさらに崩れてしまう。


 ユーリは、それを攻撃の好機と見たらしかった。更なる魔法を構築しようと、手を構える。


 しかし。


 私は、見逃さなかった。


 敵の隙だけではなく、敵の真実までもがあらわになったのを。



「ユーリ! やめて!!」



 私は、パーティの背後から慌てて彼を制止した。


 自分たちの動きの中に生まれた、小さな淀み。そこへ付け込むようにして闇魔法が撃ち込まれてしまった。なんとか全員回避したけれど。



「なっ……んで……」



 ユーリが目を見開いてこちらを見るが、構わず私は敵を見つめる。


 一歩進み、静かに祓い串を取り出す――【神楽舞】をやめて、【加持祈祷】に切り替えたのだ。


 浄化する相手は他でもない。目の前の番人。



「リン様。協力してくれるよね?」


 《もっともなり(もちろんよ)



 ――この既視感も、違和感も、胸騒ぎも、全てがわかった。


 あの番人がよろめいた瞬間にちらと閃いた光。


 彼の腰には剣がさげられていた。戦いでは少しも使っていないようだったが、その剣は彼のことを全て物語っていた。


 くすんでほとんど黒になってはいたものの、ほんの微かに透けて見えた、あの見間違えようもない色。


 私は、祓い串を番人の鼻先に向ける。


 いまこそ――彼を()()とき。


 鋭くも暖かい、馴染み深き燐光が、目の前の彼をそっと包み込み、膨れ上がった。


 私はまた、目を閉じる。


 ルナと対峙したあの時のように、一切の願いを込めて。



「えっ、あれって!」



 まぶたを透かして感じる光が収まるのと、背後からそんな声が聞こえるのとは、ほとんど同時だった。


 驚きに満ちた、ステラの声。


 私は、静かに目を開け……目の前の光景を認めると、自ずと頬が緩み、言葉が溢れた。



「――おかえりなさい。勇者、ルイ様」



 ツンツンと立った金髪を持ち、色白ながらほんのり頬を紅潮させた少年が、その碧眼を大きく見開いてこちらを見ていた。

いよいよ、第三章の物語が動き始めます……!!

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