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第103話 魔国のみやこ

「氷よ!」



 ユーリが即座に魔法を繰り出す。声が聞こえた次の瞬間、私の頭に衝撃が走った。おくれて鈍い痛みを感じる。



「いたた……」


「すまない、咄嗟に出したから……もっと緩衝とか付与すべきだった」


「ううん、大丈夫……」



 どうやら、ユーリが氷魔法で結界を作り、それを天井とすることで、私たちの浮遊を防いだらしい。そこへ私は盛大に頭突きをしたというわけだ。一方で、仲間たちはうまく受け身をとり、そういう事態を免れた。


 ややあって、私はむくりと起き上がる。そのまま辺りを見渡して、ようやくいまの自分の状況が()()()()()()ことに気づいた。


 氷の天井に、しっかりと足をつけている。


 みんな、そこに何食わぬ顔で立ったり座ったりしている。


 しかし、目線を頭上に移せば、そこには逆さまの街があった。


 さっき浮遊したのは風魔法か何かで飛ばされたのかと思った。しかし、風で天井に押さえつけられているという感覚はない。


 ……と、思考を巡らせて、ようやくひとつの結論に至った。



「重力の、反転……?」


「……ああ、そういうことになる……な」


「なるほどね」



 私たちの周りだけ、重力が空へ向かって働いているのだ。



「おそらく、罠かなにかを踏んだんだろう。城下町の門をくぐってすぐの石畳で、確かに他の石と違う色をしたのがあった」


「さすがユーリ、よく見てる!」


「……見てるだけじゃ駄目だった。ここは魔国だ。だから、もっとそういう違和感には警戒すべきだったのに」


「まあまあ、攻撃とかされたわけじゃないんだし良いじゃん。逆さまになっただけで」


「それはそうだが……ここから、どうやって戻るんだ?」



 見上げれば、頭上に色とりどりの街並みが広がっている。鮮やかで鋭い色たちを無秩序に並べたようなその街を、私たちは()()()()()()()()()()()()。真ん中にはグレーの石畳。しかし、ユーリの言った通り、赤色とか、緑色とか、桃色とか、そんな不自然な色をした石もあった。


 そこで、私はハッと思いつく。



「帰るのは、ユーリの魔法でなんとかなると思う。……それより、いま見えてるこの街の景色を、何らかの形で写しとっておかない? 地図とか手に入らないかもしれないしさ。流石に、お店で買うわけにはいかないから」


「名案! わあ、じゃああたしたち、事故とはいえここにきてラッキーだったじゃん!」


「良いわね……ただ、どうやって記録するの?」



 ソフィアの言葉に、頭を抱える。ああ、スマホがここにあれば。……どうせ、充電はとうの昔に切れていたけれど。



「心配いらない。幸い、風景を記録する魔道具も持ってきてある」


「さっすがユーリ様!」



 彼のファインプレーで、街の全景を写した写真を手に入れた。ちなみに映像のデータが魔力の形で魔法石の中に保存されている、という以外では地球のデジカメとよく似ている。いつでもボタンひとつで、見たいときに写真を呼び出すことができるのだ。


 それから、彼は魔法を発動し、草のツルのような氷を生み出して私たちの身体を石畳へと運んだ。赤い色をした石畳に手を触れると、重力は反転の反転――つまり元通りになった。


 こうして、改めて、城下町の散策を始めた。



「やっぱり地図があるのは心強いな」


「本当にね! ハルカ、ナイス!!」


「ありがと!」



 ビビッドカラーに包まれた街。それだけ魔族が行き交い、ここが栄えているということを意味する。


 そして、以前の話が正しいならば、全員が揃って人間を目の敵にしている。それを考えると、怖くなってきた。


 だが、私たちの目的はあくまで魔王城。それまでは息を潜めていればいい。……既にあれほど騒いでおいて、何事もなかったのは奇跡としか言いようがないけれど。



「ここからは、テレパシーで会話をしよう」


「えっ、そんなことできるの?」



 ユーリの提案に、ミーシャが疑問を返す。



「メンバーでひとりが使えたら、その力を利用できる。魔力を介さないから、魔族に睨まれるリスクが少しでも減るだろう」



 ひとり、というのは私のことだろう。確かに私は、【テレパシー=8】を持っている。しかし、リン様としか使ったことがなかった。まして、何人かで能力を共有するなんて。



「一度、リン様に向かって何か言葉を念じてみてくれ。それから、同じ要領で俺たちにもできるかやってみてほしい」


「……わかった」



 あの重苦しい謹慎期間のことを一瞬思い出しそうになったが、振り払って意識を集中させる。



『リン様、これで聞こえる?』


『げにさやかに聞こゆ(はっきり聞こえる)。……ハルカよ、久しく我を頼らざりけり』


『うん……ごめんね。お城では、一緒に戦おう』



 それから、他のメンバーに意識を向ける。



『えっと……聞こえる?』


「わっ、ハルカの声だ! 頭の中でびんびん響いてる! すごい!」


「ばかっ……ステラ、声が大きいわよ!」


「ご、ごめん……感動しちゃって」


「じゃあ、みんなもそれに答えるつもりで何か念じたら……できるか?」


『えっと、こう?』


『ミーシャの声もした!』


『私も、ふたりとも聞こえたわ』


『全員大丈夫そうだな。じゃあこれからはそんな感じで話す。いいな?』


『了解!』



 さあ、準備はできた。


 それにしても、不思議な街だ。それは、色彩だけではない。


 目の前に続いていく道が何か不自然にうねっていると気づいて、さっき撮った写真を見直してみれば、メビウスの帯のようにねじれている。ぐにゃりと曲がって空に広がる道を平然と歩く魔族たちを見て、さっきのは罠ではなくて、移動のために必要なツールなのかもしれないと思った。


 魔族たちの様子も、いよいよあの田舎の村とは違ってきた。何人もが横に並び寸分違わず歩幅を揃えて歩いているなど、息ぴったりの行動をしている。ギルドの中のような無秩序な殺し合いはなかったが、代わりに統率がとれすぎていて却って恐ろしいほどだった。


 他にも、荘厳な造りをした建物が空中に浮かんでいたり、ものがにわかに現れたかと思えば溶けるように消えていったり。……ふと、ルナを思い出した。


 チカチカと火花を明滅させる街灯、毒々しい模様に禍々しい配色。まるでおとぎ話の世界で、大袈裟なほどに不気味さが演出された国に迷い込んだみたい。そんな幻想が、この街では「普通」なのだ。


 行き交う魔族の動きをじっくり観察して、さらにわかったことがある。


 さっき遭遇したように、石畳を構成する石にはいくつか種類がある。灰色の石を踏む場合には何も起こらない。赤い石は、さっきのような重力反転。桃色は一定時間の低空飛行。そして、緑はワープで、同じ模様をした石同士が対になって行き来ができるらしい。


 ユーリの写真魔道具は優秀で、かなりの解像度でズームアップができる。だから、石畳に描かれている模様さえ確認できるのだ。これは街中の移動でかなりの威力を発揮しそう。



『まあ、俺らは人間だから、本当に使えるかはわからないがな』


『確かにね……』



 ちょうど、そんな会話をしていたときだった。



『あっ、あぶなっ!』



 後ろから突然、剣が振り下ろされる。それを、ミーシャが反射的に止めていた。


 振り向けば、そこには、まるまると太った身体に、いかにも小さそうな服を着た禿頭の男。その服はとても豪華で、これまで見てきた魔族とは明らかに違っていた。目の色、無機質な白い肌に刻まれた黒い紋様、そういった魔族の証はしっかりと見える。



「わしはこの街の役人じゃ。お前さんたちから、人間の魔力を微弱に感じるのだが、何か隠していないかね?」

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