第101話 魔族の本分
試しに冒険者ギルドに入ってみる。
中の構造は人間界のそれとよく似ている。田舎であるためか、魔王の封印――さっきの店員さんの話では怪しそうだけれど――のためか、活気はないけれど、それでも魔族がちらほら集まっていて、視界がわずかに色づいている。
ユーリのローブもほんのりと水色だし、私のもほんのりとピンク色。パステルカラーで柄がお揃いなのを、密かに喜ぶ。
討伐依頼などのクエストが掲示板に貼られていて、それらを各々がとっていく。しかし、人間界のギルドでいう受付嬢のようなものは居らず、申請などの手続きは全自動だ。なんとハイテクな。
そして、その依頼をよくよく見ると、私たちが魔物を倒すのと同様にこちらでは人間が討伐対象になっているようで……
『Sランク討伐依頼:ルイ・ド・サンクトア 場所:不明』
『SSランク討伐依頼:ハルカ・カミタニ 場所:ヴァイリア王国(人間界)』
……いや、私が狙われているのか。
しかし、もし魔国にいることがバレていればもっと危険だったけれど、その心配はなさそうだ。北の森の家も、魔族対策はばっちりだし、魔国から一番遠い場所にあるし。というか、顔写真はおろか特徴などの説明さえあるわけでもないのに、一体どうやって対象を探すのだろう。
とにかく、きっと大丈夫。……多分。
また、ルイはこちらでも尋ね人になっているらしい。しかし、彼らにも場所はわからない、と。これは困った。
それにしても、魔族から見た人間は、人間から見た魔族や魔物と同じような存在なのだ。そう改めて思い知らされた。
そうして、彼らもまた、レベルを上げる。お金を稼ぐ。彼らには彼らの生活があるのかも……
《ハルカよ、札を!》
「えっ? はっ、はいっ」
何が起こったかはわからなかったが、リン様の声に対して反射的に札を取り出せるぐらいにはスキルに慣れていた。
そして、【神の光】を発動してから背後を振り返って、ようやく事態を知る。
魔族が、こちらに剣を向けていたのだ。
……もしかして、私の正体がわかってしまった?
そう思ってヒヤリとしたが、彼は「ちぇっ」と小さく舌打ちをしてどこかに行ってしまう。
もし、私が魔族の敵である人間、まして尋ね人であると分かったのならば、たった1回攻撃を防がれただけで諦めたりはしないだろう。徹底的に攻撃して、この首を討ち取るはずだ。仲間を呼んででも。しかし実際、彼はそれをしなかった。背後から不意打ちして、失敗したら去ってしまったのだ。
なら何だったんだろう。神の光に守られている中、冷静な頭で思いを巡らせてみるが、よくわからない。
不思議に思って考え込んでいた時。
「ね、ねえ。そろそろ外に出よう?」
少し怯えたような、ステラの声。
「やばいね、ここ」
「そうね……」
武術少女、ミーシャとソフィアも、どこか引いているような様子で呟く。
全員、出口に向かう。歩きながらそっと後ろを振り返ってみれば、ギルドの中の様子が少し離れた視点から見える。そこで、ようやく理解した。
あちらこちらで見える、黒光りする剣の軌跡。
所々で、灰色や紫の煙が爆ぜてはその空間にたゆたう。ちょうど、この旅が始まってすぐ、トロールを倒した時のように。
つまり、魔族たちが自らの生計を立てる手段を得るはずのこの場所で、魔族が殺されている。
しかも、剣を振るっているのは人間ではなく魔族らしい。それに、すぐ近くで魔族の死を見ても、他のものたちは我関せずといった様子だ。時折、悔しげな表情を見た気もしたが、それは仲間の死を悔やむそれとは何となく違うようだった。
なにこの地獄絵図。
そう思っていた時、背後から鈴のような声がした。
《我しばし魔族どものさま眺めてしかど……》
どうやらリン様は、このギルドの中にいる魔族とか、飛び交う噂話などを聞いてあれこれ分析していたらしい。
彼女の話に耳を傾け、仲間に伝える。
この話と、さっきの服屋で聞いた言葉、そして今私たちに見える景色。
それらを総合してみれば、魔族のことが結構わかった。
つまり――彼らは、力を得ることに貪欲な生き物なのだ。
他者を倒し、その魔力を吸収する事で、相手がもともと持っていた能力を自分のものとして取り入れることができる。そうやって力をつけることが、彼らの本能に従った欲求なのである。
魔族や魔物は、親がいて子が生まれるというものではない。空中に浮かぶ魔素の凝集によって自然発生する。だから多くの人間がもつような、家族という概念が彼らにはない。パーティを組んで集団で協力することもない……いや、ないわけではないのだが、対象の討伐に成功する確率と、分配して獲得することになる魔力とを天秤にかけ、その損得だけを判断基準にして集まるらしい。
とにかく、魔族には、基本的に連帯意識というものが存在しない。助け合いとか、他の魔族への同情とか、もってのほか。ただ自らが力を取り込んで強くなること、それしか考えていない。だから、なんのためらいもなく、貪欲に他者を倒す。
同族殺しすら、つゆほども厭わない。それほど魔族とは非情なものなのだ。
連帯意識がないと言ったが、これにはおよそふたつの例外がある。
ひとつは、さっきの店員さんのようなパターン。この弱肉強食の世界で生き残り、長く生きれば生きるほど、魔族の持つ力は強くなっていく。それに従い、力を得るという本能とは別の、より複雑な思考回路、いわば理性のようなものを身につけていく。それを、他者を倒すための戦略などに使えば、さらに強くなっていくだろう。しかし、その過程で人間と触れ合う機会があると、次第に人間の心のようなものが芽生えるのだ。そうなれば、人間に興味を持ち、犠牲になった仲間を悼み、他者と協力しようという発想を持つようになる。
これはいたって稀なケース。人間界との国境付近の村の住民のうち、ほんの僅かな物好きだけが、そうやって優しく年老いていく。一方で、ほとんどの魔族は、成長するにしたがって王都、すなわち魔国の中心に広がる城下町へと移る。その場所では、人間と出会うことなどまずない。
ある程度成長して王都にやってきた魔族は、魔王の命令に従うことを要求される。それに伴って集団行動が要求されるようになるので、「魔族には基本的に連帯意識がない」ということのもうひとつの例外がここにある。この町では、魔王の思想が刷り込まれていく。
人間は魔族の敵である、という思想が。
その中で生活する魔族は、魔王を守り人間を敵視することだけを思考回路として持つようになる。それゆえ、人間界と魔国との戦いでは、単純でありながら非常に高度な連携プレーが自然と生まれ、強大な力と洗練された動きでもって人間にダメージを与えるのだ。
彼らの前に、人間を擁護するタイプの魔族が現れれば、一瞬で排除されるだろう。さっきの村の服屋で「他のとこじゃ吊るされちまう」という言葉が出たのはそういうことだ。
そして、このギルドは、そんな魔王の計略と命令を、このような辺境にまで行き渡らせるための機関。魔王の魔力を僅かに込めた魔法石を餌にして、若くて弱い魔族のことを少しでも人間の排除に利用するのが目的らしい。尤も、やはり彼らは本能に従おうとするので、同族殺しが次々と発生しているのだが。
「――つまり、若い魔族の前だと、人間の姿をしてようが魔族の姿だろうが関係ないってこと?」
ギルドから出て、他の者の気配がない木陰。声をひそめながら、わかったことを整理する。
「そう……なるな。あと、ミーシャ。最初はああ言ったが、若い魔族ならいくら倒しても敵意がこちらに向くことはない。もしこの分析が正しければ、だが」
「わあい! だったらバンバン倒そう! またレベル上げができる!」
「ミーシャ……あなたが一番魔族っぽいわよ……」
「……まあ、いずれ俺らは魔王と戦うことになるかもしれない。その時に向けて自分のスキルが錆びないようにしたり、レベルを上げたり、邪魔を1体でも除いたりしておくのは大事だろう」
「そうだね!」
「それから……その話でいけば、王都はここよりもずっと、人間への敵意が根強いし、下手をすれば巨大な集団を相手にせねばならなくなる。そこでは絶対に下手なことはできない。いいな?」
「了解!!」
それから、日が暮れるまでまたしばらく歩いた。
国境付近の森と村。そこから少しずつ、建物が増えていく。
道を行く魔族もぽつりぽつりと数を増していき、街並みは日暮れの紅を明るく灯していた。
こちら、とうとう期末期間が始まりました。といっても大体がレポート試験ですが、8月上旬まで続きます。誘惑に負けて投稿してしまいましたが、もし夏休みが始まるまでにまた投稿していたら叱ってください笑
……そういうわけなので、更新が遅くなると思います。気長に待っていてくださると幸いです。





