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第100話 敵地に溶ける

少し更新が遅くなってしまいました……そして、もうすぐ期末シーズンが始まるので、さらに滞るかもしれません。気長に待っていてくださると幸いです。

実質的な第100部分は少し前に迎えましたが、いよいよ第100話。皆様、応援本当にありがとうございます!

 翌朝、ユーリの魔法により降り立ったのは、黒い森の出口。本当の意味での、魔国の入り口。そして、昨日歩いた森の中と同様、白と灰色と黒ばかりが支配する世界。


 今日はセレーナも合流し、メンバーは6人だ。



「お、ここ良さそうだな」



 ふいにユーリが足を止める。彼が視線を向けている先には、何やら建物。


 デザインも何もなく、とても簡素な作りになっている。灰のような壁だが、シワの感じをみる限り丸太造りのプレハブのようだ。そして、よく見れば看板がある。特徴がないので目線が素通りしてしまっていたが、結構大きめの字で、『コルソン洋裁店』と書かれてある。



「何するんですか?」


「ああ、セレーナには言ってなかったか。魔族で不自然にならないように、ここで服を調達しておくんだ。俺らの装備は外さなくていいように、羽織るものを中心にな」


「なるほどです!」


「ちなみにステラの提案だ」


「おお、お姉ちゃんナイス!」



 ……そういえば、セレーナの話し方が変わった気がする。私の記憶の中にある彼女は、人見知りで、私とステラ以外のひと相手には肉声を発することができなかったはずだ。ステラに聞けば、どうやら戦場仕込みらしい。状況報告とか、指示への返事とか、ハキハキしなければ怒られたので、自然と慣れていったという。なんという荒療治。しかしそれに適応できる彼女は、思っていたより強い心の持ち主なのだろう。



「あの、私が人数分買ってきましょうか? その、普段あまり貢献できてないですし……ここって人間界近くのお店ですよね。もし罠とかがあったら、全員が道連れになってしまうよりは……」


「ちょっ……セレーナ、それはだめよ」


「セレーナ。仮に罠があったとして、あなたが巻き込まれた場合に取り返そうとしないひとはここにいないわ。あなたも大事なメンバーなんだから、余計な無茶はやめてちょうだい」



 自分を顧みない提案をした彼女をステラとソフィアが止める。



「す、すみません……」


「まあ、それに、ここのことは魔法でざっと調べておいた。長居するとなんらかの形で正体がバレてしまうかもしれんが、罠とかはないようだから、みんな安心して自分の服を選んだらいい」


「了解!」


「あー、あと、ハルカ」


「ん? どうしたの?」


「すまないが、俺の分の服を決めておいてくれないか? 俺はこれから、昨日の魔法石を換金してくる」


「わかった」


「何かあったら、その指輪で知らせてくれ。すぐ飛んでくるから」


「おっけい! ユーリに一番合ったもの、選んでおくね」


「ああ、頼んだ」



 横からいくらか生暖かい視線を感じたが気にしない。


 そんなわけで、ユーリと女性陣が分かれ、それぞれ行動を始めた。


 店の中に入ると、さっきまで見てきたのと全く別の雰囲気が漂っていた。白黒の世界から、突然の彩り。暗いながらにもわかるほどに主張の強い、青々とした木々が何本も何本も床から生えていて、その太い幹から伸びる枝は蔦のようにその身をくねらせながら黒い壁を埋め尽くす。


 所々に、ハート形をして黄色く()()()()()輝く葉っぱと、毒々しいほど鮮やかな青と赤の花をつけている。枝についていたのはそれだけではない。紫色の笠を被り、丸く橙色の光を放つランタンも、まるで木の実のようにたくさんぶら下がっていた。()()()なるそれらは、仄暗い店内を鋭く照らす。陰を丸く切り抜き、開いた穴から向こう側の景色を見るように、商品とそのすぐ周りの空間だけにスポットが当てられ、輝いている。


 色々な服がある。どれも、確かにヴァイリアでは見かけなかったものばかり。しかし、どれも意外と綺麗というか、どこか親しみがあるデザインだった。どこかの国の先住民の民族衣装として、地球の地理の資料集に載っていたとして、何も疑問は浮かばないだろう。石でできた耳飾りとか、チョーカーとか、見ているだけで楽しくなる。


 いや、危うく本題を忘れるところだった。身を隠す衣装を探しているんだった。しかも、急がないといけないじゃないか。


 一度仕切り直して、店内を見回す。店の一隅で、色々なデザインのローブが陳列されているのが見えた。


 こういうの、ちょうど良さそう。……あっ、このチェック柄のローブ、ピンクと水色の2種類がある。ユーリとペアルックにしよう。



「これにしよーっと」



 ミーシャの声が聞こえる。



「ねえ、店員さん。なんでここのお店ってこんなに鮮やかなの?」



 このアウェーな場所でそんなに遠慮なく話しかけられるなんて、彼女は相当な度胸がある。うらやましい。


 でも、確かに気になっていたことだ。外装も、外の自然のある場所さえも白黒で、魔国はそういうものなのだと思っていた。



「あんた、街には行ったことないのかい?」


「……えっ」


「大きな街だよ。魔王城のふもととかね。まあここは辺鄙な村だが、用事がなきゃ行かないか」


「……う、うん」


「こんな村しか知らなきゃわからないかもしれないけどね、魔国で見える色は空中の魔素で決まるんだよ。だから賑やかな場所ほど色とりどりなのさ。大きな街はだいたいこんなもんだよ。この店は、いい服に見えるように魔道具使って魔素をわざと浮かべてるから、そうなるのさ」



 謎が解けた。……店員さんの口調に、ひょっとして私たちの正体に気づいているのかもしれないという響きをうっすら感じたけれど。


 その、次の瞬間だった。



「ねえ、あんたたち人間だろう?」


「……!」



 その言葉に、その場の空気が一気に凍りついた。全員が身構える。



「この村は田舎だし、こんな場所にあるから、あたしみたいに人間好きな魔族も多いがね。王都とか行くんなら、あそこには血気盛んな奴らが多いから注意しな。特に口は聞かない方がいい。あんたたち、見た目とか魔力の偽装は他の人間たちよりうんと上手いがね、声ですぐ分かっちまうからね」



 しかし、返ってきたのは色んな意味で予想外の言葉。


 それで安堵した……けれど。


 彼女に親しみを感じると同時に、気になってしまったことがあった。



「あの……もし仮に、私たちが、魔王を倒そうとしてるって言ったら、それでも、私たちにこうして友好的に接してくださるのですか」


「ちょっ……ハルカ、何言ってるの!」


「あはは、面白いことを聞くねえ。嫌じゃないさ。むしろ応援するよ。魔王の奴が嫌いじゃなきゃ、こんな田舎にゃ居ないよ。国民を操ってばかりでさ」


「……ほんとですか?」


「ああ、本当だとも。信じらんないならいいさ。しかし本気なのかい? あっちには魔王を盲信してる奴らしか居ない。心を読む奴もいるし、気をつけな」


「……!」


「この村は、魔王を嫌うような変人の掃き溜めみたいなものだからねえ。そういう奴は、他のとこじゃ吊るされちまう」



 やなこった、と肩をすくめる彼女の動きは、いかにも人間のようだった。何もかも意外な展開が続く。



「いや、変人ってより老人かね。ってそもそも人じゃないか。長い時間を生きて力がつきゃ、思考が人間みたいに複雑になってくんだよ、魔族ってのはね。魔王の命令と自分の本能に従うしかない奴らは力をつけようと必死だがね。まあ、強くなってからもずっと王都なんかにいりゃ、ずっと魔族の思想のまんまだが、あたしはたまたま人間を見かける機会が多かったのさ」


「なるほど……」


「まあとにかく気をつけな。なんか最近、魔王が替わったとか聞いたし、色々と状況が変わってるみたいだからね」


「……え?」



 魔王が替わった、なんて言った?



「どういうこと……ですか?」


「さあ、あたしもずっとこんなところに居ると情勢にゃ疎くてね。まあとにかくそうらしいさ」



 そうこうしている内に、ユーリがやってきた。



「お待たせ。みんな選んだか?」


「うん!」


「ユーリも無事でよかった……!」


「途中ちょっとやらかしそうになったがな、まあ何とか」



 彼の手には、黒光りする紙幣の束がずっしりとあった。


 お会計を済ませ、「たくさん教えてくださってありがとうございましたー!」とお礼を言いながら店を出る。


 そうして、再び味気ない世界へ。みんなが自分の買った上着を着れば、一気に白と黒の風景に溶け込んだ。店内で見た時はどれも華やかだったのに。


 この景色も、旅が進むにつれて変わっていくのか。そう考えれば楽しみだ。



「ねえ、さっき聞いた話なんだけど……」



 周りの安全を確認しつつ、ユーリと、そっとお互いの情報を共有しようとした時だった。



「あれ、あそこ! 冒険者ギルドって書いてる!!」



 ミーシャの、すっかり興奮した声が聞こえる。口を聞くなと言われたばかりなのに。


 しかし……仕立て屋さんに、冒険者ギルド。城下町とか、多様な考えを持った国民。


 魔族には魔族の暮らしとか文化があるんだな……そう、感慨深く思った。親しみが芽生えて、本当に魔王を倒すべきなのだろうかと思い始めてしまう。


 しかし、それはこの後すぐ、見事なまでに打ち砕かれることになる――

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