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第98話 旅の始まり

「【テレポート】」



 ユーリが、凛とした声で唱える。昨日試した時と同じように、瞬く間に景色が変化した。


 魔族のような人影が5人、人間界と魔国を隔てる黒い森のそばに突然現れる。何も知らない人間が見れば、恐れ慄くだろうか、それとも間髪入れずに斬りかかるだろうか。幸いにも、周りに人間はいない。どうやら、この森に近づくことがどれほど危険であるかは、冒険者にとっての常識らしい。


 それほど、この旅は本来恐ろしいもの。しかも前例がほとんどない、未知の旅なのだ。


 だが、私の右には仲間たち。私の左にはリン様。それだけで、怖いものなど何もない気がした。



「……って、あれ? コグニス様は?」


 《魔国のこと、心得ざれば、人の世の人間をまもると言う。ハルカらのことは、我に任せよ》



 なるほど、コグニス様は人間の神であって、魔族の心とかはうまく読めない……って言ってたっけ。


 ……さあ、いよいよ出発だ。改めて、目の前に広がる森を見渡してみる。


 私が住んでいた、北の森とは全く異なる。あそこは、柔らかくも力強い緑に溢れていた。繊細な葉に透かして、陽の光がきらきらと燃えていた。ここも同じく森で、木々が所狭しと生えている。だから、この場所は生命に溢れているはずなのだ。しかし、そのような雰囲気がない。気温としてはむしろ北の森より僅かに暖かいぐらいなのに、なぜか寒さを感じるというか。


 凍りついている。そんな言葉が不意に心に浮かんで、しっくりときた。この森は、凍りついている。時間も、空間も。風が吹かないので、枝が触れ合うこともない。小さな生き物たちが駆け回って梢を揺らすこともない。木々はただ、身じろぎひとつせず、まるで風景画のようにそこにある。彩りを持たず、黒いばかりの幹。同じく黒い枝に、厚ぼったい、光ひとつ通さない葉がいくつもついている。影絵とか、あるいは黒い画用紙で作った切り絵を思い出させた。枝の先は尖っていて、この大気を突き刺している。


 音もしない、動きもない。静止画のように、ただ凍てついた、色褪せた時空が、そこを支配していた。


 それが、どこか心細くて――



「ハルカ、どうした?」


「こらそこー、イチャイチャしないっ!」



 ――いつの間にか、私の手はユーリの腕にしがみついていた。



「えっ、あ、ごめんっ」


「別にずっとこうしてくれててもいい。……嬉しいし」



 私が慌てて手を離すと、彼はぶっきらぼうな声に似合わないほど甘いことを言った。



「で、でも、戦う時に邪魔だよね? ユーリは主戦力だろうし、……私は、少なくともしばらくの間はサポート役だろうから」


「ん? あぁ、言い忘れていたな。すまない」



 ユーリは、私たち4人に向き直る。



「ここからしばらくの方針なんだが、基本的に、俺たちは戦わない。魔王城に着くまではな」


「あら、そうなの?」


「どうしても、危険が迫った時だけは、自衛として戦うことになるだろうけどな。俺たちから攻撃を仕掛けることはないし、魔法を使うのも最小限にとどめる」


「ふむふむ」


「わかっているかもしれないが、ここからの旅、俺たちが侵入者だ。向こうの住民である魔物や魔族を倒したりすれば、俺たちが排除の対象になってしまう。魔族は魔物に比べればずっと強いし、多勢に無勢という状況になったらいくら俺たちでもまずい。それに、魔力の質が違うから、魔法を使えば俺たちが人間だとバレてしまう」


「……なるほど」


「せっかく偽装してるんだ。極力風波を立てないようにして、魔王城まで辿り着こう」


「了解!」



 5人揃って森に足を踏み入れる。


 地面を覆う草が靴の裏に当たり、案外柔らかいと思った。さっき眺めた時は真っ黒な影絵のようだと思った草木も、すぐ近くでよく見れば焦茶色だったり深緑だったり、多少の色はついていた。恐る恐る手を触れてみれば、ほんのりと暖かい。


 ここは魔国と人間界の国境。その中でも()()()()()()()なのだと、改めて認識する。


 ひとまずは日が昇るまで歩き続けることになった。平坦な道なので、それほど辛くない。ただ、歩くに従い、生えている草が高くなっていく。おそらく、今までに少ないながらもここを歩いた誰かがいて、森の入り口付近は彼らによってある程度踏みならされていたのだろう。先に進めば進むほど、歩く者が減ると思えば、その道が段々と儚くなっていくのも納得できる。


 ……もしそうだとして、彼らは引き返したんだよね? 殺されたとかじゃ、ないよね?


 ……だめだ、そんなことを考えては。


 そうしているうち、森はさらに深くなっていく。道なき道を進むのは、いくら平坦であっても、色んな意味で難しい。迂闊に魔法を使えないとなれば、なおさら。同時に、視界はいよいよモノクロの世界になっていった。漆黒に塗りつぶされ、シワひとつ見えない幹と、鋭く理不尽な雰囲気を纏いながら辺りの空間を刺す枝。いつしか、草や木の葉は灰色になっていた。靴の裏で、シャラシャラという音が鳴る。


 生命感の失われた世界が広がっていたのだ。


 人間界の森の木々が、鮮やかな緑に燃える炎なら、ここはさながら炭や灰。


 色のない世界で、私たちの姿だけが、異様なほど鮮やかに浮き上がって見えた。私の紅白の巫女装束などは地味な方だが、それでも目を射るように感じられる。まして、私の周りを飛び交う極彩色の精霊たちや、みんなの金銀に輝く装備、ユーリの蒼い瞳。いくら魔族風の格好をしていたとしても、それらはやはり、親しみ深いものだった……けれど。



「な、なんか、あたしたち、変に目立ってない……?」


「おそらく大丈夫だ。向こうの国の魔族がここに立ったとしてもきっと同じだろう」


「でもさ、魔族には魔族の民族衣装とかありそうじゃん? 向こうに行ったら、そういうの持ってた方がいい気がするんだよねー」


「……確かに」



 ステラの言うことは現実的だしもっともだ。けど、どうやって?


 そう思った時、ユーリが早速行動していた。



「一応、この辺で採取できるものとか採っておこう。魔法石とか、薬草とか。この森は魔族にとっても危険なところだろうから、ここでしか採れないものを持っていけば重宝されるだろう」


「そうだね。……えっと、なんのために?」


「向こうに着いた時、通貨に変えられるかもしれないからな。そうすれば、魔族の服とかが買える。自分の装備は外したくないし、少し羽織って身を隠すぐらいのものがあれば一番いい」


「そういうことか! 名案!」



 と、そんな説明をしているうちに、彼は両手にいっぱいの魔法石を抱えていた。真珠のように滑らかな輝きが手から溢れそうなほど。



「収納魔法にだいたい入れたから、これでも1割ぐらいかな」



 収納魔法とは、その名の通り物を収納する魔法。限度はあるが、荷物のスペースと重さを圧縮し、また、必要な時にいつでも取り出すことができる。



「流石……仕事が速い」


「まあ、この辺りの産出物は一度調べたことがあるから、当たりをつければ次々採れる。ついでに単価も調べた。多分これで3万ルーン相当だ」



 これだけあれば、メンバー6人分の服は余裕で手に入るだろう。尤も、魔国の物価はよくわからないけれど。


 さあ、あとは引き続き、目的地の方角へ向かってひたすら歩くのみ。そう、足先を向け直した時だった。



「グルル?」


「えっ、うわっ」



 モノクロの視界に、私たちとは別の色が飛び込んできた。

いよいよ、魔国への旅が始まっていきます!

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