第97話 聖剣の輝き
※注意
少し性的な描写が入ります。私も苦手なのでかなり控えめなつもりですし、これ以外の話では絶対に出さないことをお約束しますが、苦手なかたはご注意ください。(婉曲的な表現をしていますが、シーンとしては胸糞悪めです)
ご意見、ご指摘、遠慮なくお願いします。場合によっては変えます。
ユリアは、ひっそりと伝書鳩を使って、毎晩ルイと手紙を交わした。
どうやら、ウィリアムの扱いはひどいものらしい。武力行使をダシに脅し、ユリアの行動を束縛し、手を上げ、さらにセークリスの教えをも軽率に無視させる。主に、貞操観念に関して。――ちなみに、これは呪いのせいではなく、賢者としての特殊能力を除けば第二王子である彼が王家の三兄弟の中で最も無能なのだ。
……ああ。僕が、ユリア様を守らなきゃいけないのに。
彼女が宮殿からいなくなり、ルイはただの男爵家の子息として生活していた。近衛騎士を辞めることになった折に国王から形見として渡された剣を、その華奢な腰に引っ掛けて。かつての主人の苦しみを知ってなお、何もできない自分に苛立ち、苦しんでいた。
そっと、王宮で発行されたギルドカードを見る。職業は騎士。ランクはA。ここまでの人生を考えれば、当然の結果だ。
……だけど、僕は。
変わらないといけない。
もっと、強くならねばならない。
臆病な今のままでは駄目だ。
そう思いながら、無意識のうちに、国王から形見として渡された剣に手を触れていた。
刹那。
その剣が、かすかに虹色の光を帯びる。
それは、「聖剣」だった。
勇者の武器。選ばれた者だけが、その真の力を使うことができる。
彼に力が宿る。同時に、ギルドカードの職業欄が、上書きされた。
『勇者〈S〉』
彼こそ、その世で選ばれた勇者だったのだ。
「父上。僕は、ヴァイリアに行きます。聖女であるユリア様と、賢者であるウィリアム様と、共に戦う使命らしいのです」
彼はそう言って、セクリアを旅立った。
瞳には、金剛石のように堅く、鋭く輝く決意の炎。その輝きは、聖剣の持つ虹色のそれと重なる。
愛しい聖女の囚われている、異国の学舎へ、勇者ルイは足を向けた。
☆
「えっと……えっ、ルイってそんな敬語使えたの?」
「いや、まずそこ?」
「ご、ごめんごめん。……だって、あまりにも印象が違いすぎて」
「ほんとにね! だけどこれも、実はカモフラージュだったらしいのよね。あのバカに陽気な感じが受け付けなかったんだけど」
それは私もだ。あの女たらしの雰囲気を存分に纏う彼が、どうしても好きになれなかった。
しかし、カモフラージュと言われて、思い当たる節があった。王城に移り住んでまもないときの、立食パーティ。あの時に会った彼は、最初に話した時こそいつもの調子だったものの、ユリアと並んで私に勇者パーティの話をした時は、真っ直ぐで、真面目で、別人のようだった。
「というか、カモフラージュ? 晴れて勇者になったんなら、堂々としてたって……」
「ウィリアムが相当なダメンズで、しかもやたらと権力のある奴だからね……」
ステラはわずかに眉根を寄せながら肩をすくめ、話を続ける。
☆
ウィリアム、ユリア、そしてルイの3人が、リヒトスタインに集まった。
既にヴァイリアに居たふたりには通達が届いていた。ユリアは、国の架け橋として、また王女として、その顔にまとっていた仮面をほころばせ、無邪気で可愛らしい笑顔を弾けさせる。
その一方で、ウィリアムは当然、面白くない顔をする。
ユリアを悲しませる者と、微笑ませる者。どちらが婚約者に適しているかは明らかだ。ただ、権力とか、武力とか、そのような薄汚れた、しかし強大な事情さえ抜きにできるならば。
「ウィリアム様。一体、何をなさっているのですか?」
校舎の陰でよからぬことをしようとするウィリアムを、ルイは見逃さない。
彼女の護衛として育ってきた彼は、幼い頃から幾度となく、ユリアに忍び寄る魔の手を払ってきた。第二王女という高貴かつ自由な立場と、王族の保護をすり抜けてしまう奔放さゆえ、命とまでは行かずとも、その身柄を奪おうとする悪人はいつもどこかに存在したのだ。ほとんどの場合、その手が彼女の身に触れるより先に、ルイは砦となって敵を薙ぎ倒した。ほんの数回、目の前から彼女の姿が消えることがあっても、1分ののちに見つけ出して取り返したものだ。そうして、幼いユリアは決まって、同い年の彼に泣きついたという。
ユリアが成長すると、おてんばがいくらか直り、危険に晒されることも減った。それでも、当時の勘が抜けることはない。ユリアがどこにいようとも、ルイは、その行方をいとも簡単に辿ることができた。
そう、ウィリアムが彼女をどこに攫おうとも。
「お前には関係ないだろう。なんだ、そんなに俺の女が好きか? ならやるよ、このヴァイリアに戦争で勝てたらな」
ああ、自分は弱くなった。そう、ルイは思った。
何も知らぬ、無垢な自分は居ない。無知なまま、彼女に触れるもの全てを防ぐことができた、あの頃の強い自分は。
――今の僕に、あの頃の強さはない。
権力を振りかざされ、民たちを人質に取られて仕舞えば、もう何もできない。
男なら、愛する女性を守れ。……守れるなら守りたいのだ。こんな卑怯な人間から。
唇を噛み、ウィリアムを睨みつけるルイを見て、たまりかねたようにユリアは口を開いた。
「もうやめて、ルイ!」
「……ユリア様」
「なあ、俺という婚約者がいながらその馴れ馴れしい口はなんだ」
「そ、それはっ……」
ユリアの焦り声。
彼女を守ろうとした、たった一言が、却って彼女を窮地に立たせてしまうなんて。
そんな日が続いていた時のこと。誰もいない、生徒会室の倉庫の物陰。ウィリアムは追ってこない。
「ルイ。本当に、申し訳ないのだけれど」
「……なんでしょう、ユリア様」
「……ルイは……いつも、わたくしを守ってくださるわね」
「それが……騎士の、使命ですから」
「それだけじゃ、ないでしょう? ……小さい頃、わたくしとした約束、覚えてるかしら」
「……なっ」
忘れるはずがない。幼き頃の、物心ついたばかりの頃の、無邪気な約束。
――ねえ、ルイ。おおきくなったら、わたくしとけっこんしてくれる?
――もちろんさ!
「……それは、いまおっしゃっては……」
「わかっているわ。ただ、確認しておきたかったの。ルイが、わたくしのこと、どう見てるか」
そう、ユリアが言うや否や。
ルイにとって馴染みのない音が、感覚が、その薄暗い部屋の中を支配する。
その中心に自分たちがいることに、彼はすぐには気づけなかった。
その声が、あの清廉な少女から発せられるものとは信じられなかった。
「ゆ、ユリア様? セークリスの教えでは、婚前交渉は……」
「わかっているわよ、そのぐらい。けれど、あの男に一体どれほど強要されたか。同じ禁忌でも、心が伴うなら罪も少しは軽いはずでしょう? 重い罪を、一度は軽い罪で上書きしておきたかったの。この先の未来が、見えないから」
「……」
「……すっかり、穢されてしまった。けれど、もういいの」
諦めたように弱々しく呟くユリアを見て、ルイは言葉を失う。
それに反して、さらに言葉を続けるユリア。
「ねえ、ひとつ、お願いしてもよろしいかしら?」
「……何を、でございましょう」
「今日から、あなたは遊び人を演じるの。わたくしのことなんか放って」
「なっ……そんなこと、できません!」
「わたくしの、最後のわがままよ。……この世には、時機というものがあるわ。今、わたくしはルイに頼っては駄目みたい」
「ユリア様……」
ウィリアムの逆鱗に触れると、状況が悪化してしまう。だからルイは大人しくユリアから離れよ。そういうことなのだ。
「いずれ、勇者パーティが編成されるわ。あなたを筆頭にして、わたくしや、ウィリアムが後ろにつく形でね。必ず、また一緒になれるの。魔王が封印できたあとは、ルイの立場も上がって、誰も何も言えなくなるはずよ」
「……」
「だから、その時まで。……わたくしの命令よ」
「……そう言われては、従うほかないではございませんか……」
その時からだった。ルイが、女たらしの口調を身につけ始めたのは。
初めは全くの道化で、空回りしていた。しかし、板につくにつれ、女性が黄色い声をあげて寄ってくるようになる。自分だけが遊んでいる背徳感。ユリアに会えない苦しみを、他の女たちを次々取り替えて埋め合わせしているかのような罪悪感。
色男の仮面がいよいよ強固になっても、変わらなかった。
聖剣の輝きとは名ばかりで、壁から逃げてばかりの女々しく幼い勇者。その不甲斐なさは。
☆
「――それで、本当に勇者パーティが編成された。それでも、ユリアとルイの関わりは、少なくとも表向きは最小限だったらしいけどね。……魔王城に向かってからの話は聞いてないけど、対魔王戦絡みで何かがあって、あの人の限界が来てしまったとかかなぁって思ってる」
「……色恋沙汰って、ほんとによくわからないわね」
「ルイ様にそんな過去がっ……! もっと早く気づいてれば、私が癒してあげられたのに」
「あんたには無理よ」
コメントは十人十色。しかし、ルイへの同情はみんなにあるようだった。
「ルイは……ひょっとしたら、魔国のどこかにいるかもしれない?」
私も彼も、人間の権力というもののせいで酷い目に遭わされた。それでも私には仲間がいて、一方で、彼はこの話を聞く限り孤立無援だったのだろう。
人間から距離を置こうとすれば、究極的には魔国に足が向かう。まして、自分自身が勇者の力を使ってその国を弱体化させたのだから、恐れもないだろう。
「俺もそう思う。いずれにせよ、先に魔王城の異常を突き止めておきたい。それによって、安全な捜索ができるかもしれないから」
「そうだね! 賛成!」
「じゃあ、明日から出発しよう。みんな、よろしく頼む。怪我のないように」
「ラジャー!」
☆
ここは魔王城の裏門。
番人の男たちが、ふたり両脇に控える。いずれも顔に黒々とした幾何学模様を宿し、彼らが魔族であることを物語っている。
しかし、そのうちひとりは、どこか異質な雰囲気を纏っていた。
黒髪が多い魔族には珍しい、ツンツンと立った金髪。黒白眼の真ん中に、青白い光を宿す。腰には、いぶし銀のように鈍くくすんだ、しかし微かな虹色の輝きをちらちらと見せる剣を携えている。
伏せられたその顔の表情は上手く読み取れない。だが、握られた拳、強張った肩に、どこか悔しげな感情が見え隠れしている――
わかりにくい説明があればご指摘お願いします。ルイの再登場は少し先になりますが……
いよいよ、ハルカたちの冒険の始まりです! ここから先しばらくは明るいトーンになる予定です。お楽しみに。
これからの展開に、少しでも期待していただけるかたは、ブクマや評価をお願いします!!





