大いなる巫女の力
四方八方から爆音が相次いで聞こえてくる。
右の方で炎の赤が明るく輝いて見えたかと思えば、左の方からは血の赤が地面に影を落とす。
何かが崩れる音。剣が触れ合う音。人間の断末魔の声。金切り声。むさくるしい男たちの鬨の声。
赤い光に照らされながらめいめいに死の旋律を奏で、いびつな不協和音が辺りを包み込む。
「聖なる焔よ、我が仇を殲滅せよ」
東の陣営から声が発せられる。
厳かな、静かな、しかし激しい感情をたたえた、男の低い声。
その戦場の一面に染み込んでいくような。
次の刹那。
突如として火柱が立ち上がる。
場所は、寸分の狂いもなく西の陣営の真ん中。
それは一目見れば太くしっかりとした大木のように、そこに鎮座しているように思える。
しかし実際は、ごうごうと音を立てんばかりに猛る炎の柱である。
紅蓮の炎。
すでに暗くなり始めた空の色に縁どられるように、あるいは今にも地平線に消えようとする斜陽を飲み込むように、絢爛たる輝きを放つ巨大な熱と光の塊である。
周りにいる人間を無情に勢いよく飲みこんでは、その火をさらに盛んにしていく。
彼らの叫び声は一層増し、こだまして響くそれは、炎に彩られた夜の闇に吸い込まれていく。
西の陣営の中でも最も戦線から離れた一隅。
ひときわ豪華な天幕の中。
その中でもあらゆる色に彩られた祭壇の向こうに、一人の少女が座っていた。
美しい紅の袴と、真っ白に輝く巫女装束を身にまとっている。
それらの色彩とよく調和した、真っ黒で艶やかな長髪を腰のあたりでくくってまとめている。
彼女を取り囲むようにして、何人もの人がわめいている。
「巫女様、お願いします! どうか、われらをお導きください!」
「どうか! この戦は、国の存続に、われらの命にかかわるのです!」
「巫女様! お願いします。なんでも致しますから……!」
その声の中には、国王という立場の者も混ざっている。
それだけでない。国の中枢ともいえる立場のあらゆる者たちが、少女に対して、祈りとも叫びとも、嘆きとも、助けを求める声ともつかないながら、悲痛で切実な声を投げかけているのだ。
それに対し、少女は困惑した顔を見せていた。
どこか、苛立っているようにも見えた。
その強張った顔のまま、身じろぎもせず、唇をかんで、ただその声を聞いている。
「巫女様!」
「……」
少女は、ただ、沈黙を守っていた。
呪文を唱える様子もない。
そんな時だった。
「伝令! アレックス騎士団長率いる第五部隊が、部隊長の死亡により無力化、全員捕縛されました!」
その声を聞き、少女の顔がサッと青くなる。
「第五、部隊……?」
彼女は小さく声を発する。
しかし、その顔はやがて赤みを帯びる。何かを決意したように。
彼女が何かを言うと、その脇に光の玉が現れる。
そして、小さく「ごめんね」と言って瞑目する。
光の玉は、透き通るような鋭い青の光を放ち始める。
その神秘的な様子に、周りに取り巻いている者たちは息を呑む。
少女は静かに立ち上がった。
その手を光の玉にかざし、一つ、大きく息を吸う。
「我が神よ、そして眷属の精霊らよ――我に、その大いなる力を与えたまえ!」
凛とした声が、天幕の中に力強く響きわたるとともに。
彼女の手のひらに、どこからか光が集まってくる。
その数は、星の数ほど。
その色は、虹よりも多い。
その光は蛍のような、生きているような輝き。
それらが少女の手の一点に集まる幻想的な光景に、再び周囲の者たちは我を忘れて感嘆の声を上げる。
集まり、一つになって、目を開けていられないほど鋭い、真っ白な光と化したように見えた。
「精霊たちよ――汝らが力を、我が仲間らに分け与えん!!」
再び少女の声が響く。
それを合図に、美しい光の群れが少女の手を離れた。
解き放たれるように発散し、天幕を通り抜ける。
輝く光が、恵みの雨のように騎士や冒険者らに降り注ぐのを、少女は黙って見ていた。
ここに至るまでにあったことを、走馬灯のように脳裏に浮かべながら――