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      少女と想像力 その2

 桃子はハンドバッグにコート姿で、中にはスーツを着ていた。少し疲れた顔をしている。

「あー、寒いし疲れた。……ちょっと、克彦。何やってるの?」

 窓の取っ手に手を掛けている克彦に、桃子が気付いた。克彦は慌てて取っ手から手を離す。

「克彦。窓、開けてたの?」

「え? ああ、これ? いや、ちょっと換気」

 声が裏返りそうになるのを、克彦はどうにかこらえる。

「へえ……」

 桃子はあいまいにうなずいた。納得したのかは分からないが、大して怪しむ様子は見えなかった。大きなため息をついて、ハンドバッグを無造作に置き、その上にコートを脱ぎ捨てる。

「まったく、疲れたわぁ」

「母さん、お疲れさま。カレー、温めるよ」

 だるそうに階段を登っていきながら「お願いねー」と声を掛ける。

 桃子が完全に2階に行ったことを確認すると冷や汗を拭い、克彦は急いで玄関に向かった。

 扉を開いて周りを見渡す。誰もいない。しかし恐らくは近くにいるだろうと目星をつけて、少し抑えた音量で呼んでみる。

「なあ、早く入って」

 はたして彼らは暗闇から忽然と現れた。寒そうに身を震わせている。

「入れて、もらえなかったら、どうしようかと思ったわ」

 息を白くしながら、少女と猫は家の中に滑り込んだ。

 克彦は自分の部屋まで彼らを案内して、部屋に入れる。きょろきょろと部屋を眺めながら、猫を抱いたまま少女は椅子に腰かけた。

「母さん、多分来ないと思うけど、一応足音がしたら隠れてて」

「わ、分かった」

 少女はこわごわ頷き、克彦は部屋を出た。

「やれやれ、これからどうしようか……」

 克彦は足取り重く、リビングへ向かった。


 その約30分後。リビングでカレーライスを食べながらテレビを見ていた克彦に、同じくカレーを食べていた桃子が話しかけた。服は着替えていた。

「ねえ、克彦。お母さん、ベッドの脇に服とジーンズ置いてたはずなんだけど、見当たらないのよね。知らない?」

 克彦は思わず吹き出しそうになる。

「え? ああ、あれ? あれなら洗濯しちゃったかも」

 ――なんでタンスの下の方から取らないんだ!

 克彦の心の叫びが、福神漬けの乗せ方に表れていた。

「あら、そお? あ、色移りとか、ちゃんと気をつけた?」

「そ、そりゃもちろん、気をつけたって」

 ボロが出ないようにと祈りながら、克彦は一晩寝かせたおいしいカレーをほおばった。嘘をつき慣れない克彦には辛い。

 夕食が終わり、桃子は風呂に入ると言ってリビングを去った。

「今のうちか」

 シャワーの音が聞こえてきたのを確認してから、克彦は台所へ向かった。カレーとご飯を温めて、冷蔵庫を開けて鈴の作った猫の餌を取り出した。

 ――ん?

 克彦は鈴の貼り紙を見つけた。

 ――別に誰も食べないと思うけどなぁ

 貼り紙を剥がして、それも温める。

 出来上がったふたり分の食事を持ち、克彦は自分の部屋に向かう。肘でドアの取っ手を押し下げて、どうにか扉を開けた。

「クロ、千五穂、さん。晩ご飯――ってあれ?」

 少女はベッドの上で猫を抱きながら、丸くなって眠っていた。

 机の上にふたりの食事を置く。抱かれていた猫はと言えば、餌の匂いを認めるや頭を左右に動かして少女の腕の間から這い出て来た。餌を追って椅子を登って行く。滑るように登る姿を感心しながら見届けた後、克彦は少女に向き直った。

 ゆっくりと静かな寝息を立てて眠る、紺の髪の少女。近寄って見ると、頬の泥が一筋の線となって落ちていた。涙の跡だった。

 克彦はそっと彼女の上に毛布を掛けてやる。椅子に座って、手近にあった本を開いた。目の前にはまだ餌を食べている黒猫がいた。

 ページをめくる音と寝息、猫の食事の音だけが部屋に残る。いつの間にか猫は食事を終えて、静かな夜が過ぎてゆく。

 本を読むと言っても、実際はただ眺めているだけに等しい。

 これらの本はいずれも大昔の本なのだ。そしてそこには、昔の時代のさまざまな遺物が描写されていた。今手に取っているこの本には、家柄による差別、当時の人々の暮らし、戦い、そして男女が結婚する過程などについて、詳細に描いてあった。

 克彦には、いまいちピンとこない本だった。

 ――彼はなぜ掟を破ってまで、彼女と結婚することを望んだのだろう。

 ――彼女はなぜ、死んだ彼の後を追わなければいけなかったのだろう。

 ――彼らはなぜ近しい死を前にして、涙を流すのだろう。俺はそんなことはしないのに。

 うつらうつらと、克彦は自分でも気がつかないうちに瞼を閉じていた。

 はっとして首を振り、眠気を払う。サッカーや少女のことで、予想以上にへとへとになっていたと気付く。

 よろめきながら歯を磨きに行き、よろめきながら戻って来た時には、時計の針は12時を指していた。猫は少女の傍にいて、同じような姿勢で眠っていた。

 克彦は最後の力を振り絞って、床に厚い毛布を2枚重ねで敷き、電気を消した。2枚の毛布の間に潜り込むと、意識がすっと沈んでゆくのを感じる。

 意識が底に沈みきる前、幽かに頭を過ぎったのは、少女の寝顔だった。


 ――千五穂さんも、誰かが死んで泣いたのかな

 

 理解できない。克彦はそう思った。

自分で書いていて、恋愛シミュゲーかッ、と入れたくなりましたが、止めておきました。ちなみに私はゲームが大好きですw

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