第三章 少女と想像力 その1
サブタイトルは内容に沿ったものをつけている……はずが、第二章はだいぶ副題無視でしたorz
今章も、あんまりあてにならないかもです。
目の前に立つ女性は、克彦の通う学校の生徒となんら変わらない姿だった。しかし泥と血の跡、なにより纏っている雰囲気が、その女性を学生とも少女とも特定させなかった。
「……あなた、コミュニティの人?」
唐突に質問を投げかけられる。
「え?」
克彦の反応を見て、
「違うのか」
彼女は目を伏せて小さく呟いた。
「じゃあ、私を通報する?」
「え?」
彼女は前に出る。
自然と後ろに下がろうとする克彦だが、それはテーブルに阻まれた。
「もし通報したら、あなたも一緒に捕まるわよ」
「え?」
克彦には、目の前の女性が言おうとしていることが良く分からない。この状況で通報されては困るのはこちらの方だった。
女性はもう一歩前に出た。互いの距離は半メートルもない。良く観察すれば、彼女がわずかにびっこを引いていることがわかるだろうが、突然の出来事に動転した克彦は気が付かなかった。
「この子、飼ってたんでしょ? 動物の飼育は厳禁よ」
そう言って足元にいる黒猫に視線を移した。つられて克彦も猫を見る。猫は克彦と女性の周りをうろうろしていた。時折上げるその鳴き声は、空腹でも訴えているのか。
「……知ってるよ」
自分の咎を面と向かって追及され、克彦はかなり気まずい。
しかしどうやら目の前の相手は、自分を通報しようとしている訳ではないらしい。そう感じ取り、克彦の心持は少し楽になった。
女性が克彦の方に視線を戻した。距離が近いため、克彦を見上げる格好になっている。
「知ってて飼ってるの?」
念を押すように、克彦に尋ねる。
「ああ」
「なら、通報したりしないでしょ?」
「ああ。しない」
女性の肩の力が抜ける。そのまま、床に座り込んでしまった。
「……そう、良かった」
黒猫が彼女の膝の上に座る。彼女はその頭をなでながら、何かを考えているようだった。
その隣にしゃがみ込む克彦。彼女のほうを見ると、それに気付いた彼女も克彦を見返してきた。なんとなく聞きそびれていたことを、彼女に訊いてみる。
「君は誰? どうしてうちにいるんだ?」
彼女は意を決したように、口を開いた。
「私の名前は、千五穂 亜希。その……追われてるの。お願い、私を匿って」
絞り出すように話す彼女は、大人びた雰囲気よりも面影の幼さが目立っていた。
克彦は、猫を抱くぼろぼろの少女の姿を前にして考えていた。
追われている理由。普段犯罪などないこの国で、考え付く可能性はそう多くない。そして克彦の考え通りなら――
「君は、この前のテログループの一人?」
克彦の"テロ"という言葉に苦々しい顔をしながら、彼女は言った。
「あなた達にも一応、物を考える能力はあるみたいね」
力のない口調だった。
「でも、そうよ。なんと呼ぼうと勝手だけど、私はそのグループにいたわ」
少女は膝に手を当てて、ゆっくりと立ち上がる。猫は不満げな顔をしながらも、ととっと床に降り立った。
「どうするの。気が変わって通報する?」
克彦は首を振った。
「いや、聞いてみただけ。通報はしない。さっきも言っただろ?」
少女は初めて、ほのかに笑った。
「……ありがとう。あなた、ちょっと変わってるのね」
そう言って、少女は手を差し出した。ほっそりとした指にも、泥の跡がある。
克彦は一瞬、その手を握るのを躊躇した。泥の跡にではなく、その指の細さに。
そっと手を握り、彼女を見据える。
「"変わってる"、よく言われるよ。俺の名前は、三毛山 克彦。よろしく」
「ええ、よろしくね。ところで――」
と、少女がそこまで言いかけた時、廊下の方から玄関扉が開く音が響いた。
「ただいまー!」
「あ、おかえりなさいー」
と、後ろを向いて、反射的に言ってから克彦は気付いた。
――かなり、マズい。
あと数秒で、玄関にいる母さんは廊下を通ってリビングのそこの扉を開ける。それはまずい。
克彦の頭の中で、幾つかの選択肢が泡のように浮かんでは消えてゆく。
正直に言う、ダメだ。一人と一匹を隠す。さあ、どこに? 自分の部屋、だめだ。廊下の途中で鉢合わせしてしまう。台所、だめか。テーブルの下、だめ、あと……2階、は袋の鼠だ。あ、窓だ、窓から外へ――
その思考を約2秒で終えた克彦が視線を元に戻すと、少女と猫はいなかった。どこへ行ったのかと周りを見ると、いた。
少女は猫を抱き、すでにカーテンの向こう側にいた。素晴らしい敏捷性と判断力だった。窓が開き、寒々しい空気が流れ込んでくる。
克彦はカーテンに近づき、少女にそっと声を掛けた。
「じゃあ、ちょっと待ってて。後で家に入れる」
少女は頷き、窓の外の暗闇に消えた。克彦は急いで窓を閉める。
"ガチャン" "バタン"
克彦が窓を閉めるのと、桃子がリビングの扉を開けるのがほぼ同時だった。
「あー、寒いし疲れた。……ちょっと、克彦。何やってるの?」
克彦は慌てて、窓の取っ手から手を離した。
ちなみにこの章のサブタイトルは早口言葉になって……いるのかなぁ? どなたか噛んでしまった方は、作者までご報告下さい(ぇ