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      猫とことわざ その2

 祝日の次の日。克彦はその日最後の授業に臨んでいた。教科は国語、担当は克彦たちの担任でもある国部だった。

 相変わらず授業半分の克彦には退屈極まりない内容だが、教師の性格上、この授業で眠るわけにはいかなかった。

 国部は、居眠りをする生徒に対して積極的に質問をぶつけてくるのだった。そしてこのクラスに居眠りをするような生徒は克彦一人しかいないのである。

 ――あー、眠い。眠い眠、い……

 克彦の瞼はすでに半分以上閉じていた。

「ですから……ここは……」

 教師の声は聞こえるのに、それを文として認識できていない。

 眠気覚ましとして左手に突き立てていたはずのシャーペンは、既に机の下に転がり去っている。更に、ここ数日の冷え込みを全く感じさせない春めいた陽気が、彼の眠気に拍車を掛けていたのだ。

 もはや克彦に抵抗する力は残っていないと言ってよかった。

 

「……っは!」

 唐突に克彦は目を覚ました。周りを見渡し、まだ授業中であることに安堵した後、教師の冷たい視線から目を背けた。

 彼が反応したのは、国部の言った言葉だった。

 ――今、"猫"がどうのって言ってたような?

 猫を良く知らない克彦にとって、猫についての話題は今最も知りたいものに分類されていた。

「これは、何にでも首を突っ込むと災難に遭うという意味の昔のことわざです。時に昔の人は、真理を言い当てますね。皆さんも気をつけてくださいよ。では、授業終り」

 ――あ

 猫云々を聞きそびれてしまったようだ。

 手を上げて質問しようかとも考えたが、先程の教師の視線を思い出して思いとどまる。

 ――授業も終わったし、HRの後で聞いてみよう

「あ、そのまま帰りのHRやってしまいましょう。座ってください。すぐ終わります」

 ざわつく教室のなか、本当にすぐHRは終了した。時間にしておよそ20秒ほど。礼をすると、国部は教室を退出した。

 そのあとを追おうとして、克彦は教室を出る。歩幅が大きいのか、国部はもう廊下の向こう側まで進んでいた。

「あ、先せ――」

「おい、三毛山君!」

 国部を呼び止めようとして、昂平に呼び止められた。間の悪さにがっかりしながらも、克彦は昂平に問いかける。

「なにか、用かよ?」

 廊下の方を見ても、もう国部はいない。仕方なく克彦は昂平の話に焦点を合わせた。

「いや、そろそろ練習を始めようかと思っていてね」

 克彦は首をかしげた。

「練習って、なんの練習だよ?」

 昂平が眼鏡をずり上げた。

「なんの、って球技大会のに決まってるでしょうが?」

 その発言は意外なものだった。昂平はスポーツが得意な方ではない。春の記録測定ではソフトボール投げで15mを割っていた。ちなみにこの国の男子平均は24mである。

「球技大会? 昂平ってそんなに熱血スポーツマンだっけ」

「ああ、君までそんなことを言って。今度の球技大会から、僕は変わるんだ。さあ、行こうじゃないか」

 そう言って克彦を外へと連れて行こうとする。

「ちょ、ちょっと待てよ。どうした? なんで急にそんなに張り切って――」

「いいから来てくれよ。他の人たちはもう外に行ってるんだ。後で何かおごるから」

 あくまでも外へ連れて行こうとする昂平を、克彦は正面に立って見据えた。

「なあ、俺にもやることがあるんだ。せめて理由を教えてくれよ」

 昂平は克彦の目を見つめて、観念したようにため息をついた。

「いいだろう、後で言うよ。ここではちょっと話し辛いんだ」

 その様子を見た克彦は、しばらく考えた後

「わかった」

 昂平に付き合うことにした。

 ――あーあ、大丈夫かな

 猫とスズの心配をしながら、克彦は階段を下って行った。

 

 昂平はサッカーの選手として球技大会に登録されている。と言ってもサッカーは登録上限数が多く、男子のほとんどが登録自体はしていた。後は試合に出るか出ないかなのだが、例年勝ちを切望する人は皆無と言ってよく、希望すれば誰でもレギュラーには成れるのである。

 しかしそのため、わざわざ練習をしようとする生徒は少ない。昂平の呼びかけに応じて校庭に来ていた同級生は5人。しかもその5人は皆、昂平のおごりで釣られたようなものだった。

「なあ、やっぱり少ないな」

 校庭に着いた克彦が、正直な感想を漏らした。

「いいや、5人も来てくれた、そう考えるべきなんだよ、君」

 昂平の芝居がかった口調にあいまいな返事をして、克彦は用具箱からサッカーボールを取り出した。

 集合の一声を掛ける。思い思いに雑談していた5人は、のんびりと歩いてきた。

 咳払いを一つ、眼鏡の癖を一つしてから昂平は話し始めた。

「えー、僕たちは今度の球技大会に向け、サッカー部門で優勝することを目的に力を合わせ、頑張って行くのです。ここにそれを誓いましょう」

 そして円陣を組むように指示する。

「ファイトー、オー!」

 昂平は元気よく、他の6人はそれなりに気合いを入れた。

 ――大丈夫か、これで?

 克彦はこれからが少し不安だったが、直接口には出さないでおいた。その代わりに、昂平に聞いた。

「なあ、サッカー部員も、ここに居るんだよな?」

 昂平は当然のように

「いないさ。部員は1人までしか登録できないし、彼らは既に上手いんだしね」

 不安さを募らせる克彦をよそに、昂平の指示で練習が始まった。


 まずはパスである。組を作り、10mほどの間隔を取ってボールをやり取りする。そして徐々に人と人との間隔を広げて行き、最終的には30mほどまで間隔を広げるのだ。

「結構、足痛くなるな、これ」

 克彦がぼやくと、そばにいた男子がうなずいた。その男子に話しかける。

「なんで昂平があんなに張り切り出したか、知らないか?」

 男子生徒は興味なさげに首を振り

「知らねえよ。"個人の事情"ってやつじゃねえの?」

「気にならないのか?」

「別に。おごってくれるんなら、それでいいし」

「そうか……?」

「おい、そこ! おしゃべりするな!」

 昂平が二人を咎める。男子は肩をすくめた。話は終わり、の仕草だろう。

 練習は続く。多人数でのパス回し。パスからシュートへの連携。

 昂平は、パスがなかなか巧かった。そしてシュートに関しても、克彦のようにてんでゴールと違う方向にボールが向かう、という事はなかった。

「ドンマイだよ、三毛山君!」

 そんな励ましの言葉に、どこか釈然としない感じを受けつつも、ローテーション通りにキーパーの役をこなす克彦。

 そして練習は、ミニゲームに発展していった。


 ボールを蹴る、空気が弾む音が響く。夕焼けの赤い校庭の中、7つの影が動き回る。

 結局昂平が練習終りの言葉を唱えたのは、日が暮れてからだった。

 

 昂平が皆を連れて行ったのは、近場のハンバーガーショップ。そしてそこでしばらくの間、愉快な会食が行われた。主な話題は、克彦のミスボールの行方だった。

「こういうのも、結構楽しいな」

 メンバーのうち、そんな感想を言って別れたのが3人。くたびれた様子で御馳走様と言って帰ったのが2人。残ったのは克彦と昂平だ。

「俺たちも帰るか」

 昂平がうなずき、代金を払って店を出る。まったく躊躇のない昂平の支払い方に克彦はちょっとした感動を受けた。


 町の通りには、すっかり明かりが灯っていた。歩きながら話す。

「なあ、そろそろ教えろよ。なんでこんなに張り切ってるんだ?」

 昂平が、ゆっくりと克彦の方を向く。その動作があまりにももったいぶっているので克彦は少し身構えた。

「そんなに、聞きたいのか?」

「あ、ああ、よければ」

「よければ、なんて言うならやめた方がいい」

 昂平の声のトーンが一つ下がった。街灯の光が、彼の顔に暗い影を作っている。青縁の眼鏡が鈍く光る。

「先生も言ってただろう? 何にでも首を突っ込むと災難を招くって……」

「……」

 昂平は克彦の沈黙を了解と捉えた。

「実は――」

 一旦話を区切る。

「実は球技大会って、男子サッカーと女子バレーのプログラムは、重なっていないんだよ」

「は?」

 さっきまでのタメとの落差に克彦は気の抜けた声を出してしまう。しかし昂平は至って真面目な表情のままだ。

「だから、だれでもサッカーの応援に行けるってことです」

 克彦には、昂平の真意がまったく理解できない。急いで帰りたくなるのを辛抱する。

「そ、それで?」

「要するに、栗本さんは俺たちの応援に来てくれるはずだということ。分かるかい、三毛山君」

 克彦の目が見開かれ、顔がほころぶ。

「ああ、なるほど!」

 壊れた人形のように頷く昂平。眼鏡がずり落ちそうになっている。

「そうだろ、分かるだろ!?」

 同意を求めるその言葉に対し、克彦は首をかしげて静かに言った。

「……いや、全然分からん」




 ずれた眼鏡のまま、昂平が立ちすくんでいる。

「じゃあ、また明日。ごちそうさま」

 そう言って克彦は夜の町角に消えた。

 昂平はその姿を見送った後、しばらくしてからようやく眼鏡をクイッと上げた。大きなため息を一つ吐いてから、歩きだす。

「三毛山君も、分からないのか……」

 すっかり暗くなった空を見上げて、呟いた。

「この町では誰も、誰かを好きになったりしないんだろうか?」

 昂平は、ゆっくりと家路についた。

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