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第二章 猫とことわざ その1


 時刻は午前9時。

 克彦は自宅の寝室でまどろんでいた。今日は平和宣言を祝う休日なのだ。とは言っても、実際に宣言を讃えて一日を過ごす人は皆無といってよかった。みなそれぞれ、休日をのんびりと過ごしていた。ごく一部の人々が、首都で行われる式典に参加しようと遠出するのみである。

 克彦はもちろん、前者だった。薄いカーテンで閉じられた彼の部屋には、パイプ組みの机と、人の背を超える合板の本棚。そして大きめの黒い収納ボックスひとつが、まとまって配置されていた。ベッドが部屋の半分を占める、小さな部屋だ。

 机の上はあまり整頓されてはおらず、数冊の本が横積みになっていた。すべてぼろぼろで、カバーもない。彼の扱い方が悪いというより、もともと相当古いものなのだろう。

 携帯を開き、新着のメッセージがないことを確認すると、カーテンを開いて日光を取り入れる。窓から庭を見て、彼は一気に目を覚ました。黒い猫が庭をうろうろしていたのである。彼がクロと呼ぶ、迷い猫だ。

 朝の身支度を整えると、居間へ。克彦はテーブルの上に置き書きを見つけた。

"買い物に行ってきます。夕方には帰ります。冷蔵庫の中のもの、温めて食べてちょうだい"

 走り書きのそのメモを読み終えると、早速克彦は冷蔵庫を開けた。彼が取り出したのは、ミートソースのパスタと鶏のササミ肉。パスタを温めて、遅い朝食を取る。

 いつもより急いで朝食を食べ切った克彦は、鶏ササミを包装パックから取り出した。軽く裂いてボウルに移す。

 そのままサンダルで庭に出た。猫はにおいを察知したのか、すぐにすり寄ってきた。

 猫の前に先ほどの餌を置いてみる。

 にゃあ、と一声猫が鳴く。と、早速目の前に置かれたものの臭いを嗅ぎだした。そしてすぐに食べだす。

「おおぉ、すごい。ちゃんと食べてるなぁ」

 猫は相変わらず空腹なのか、息もつかずに食べている。その様子を見ていた克彦の口元が、自然と緩みだす。

 と、猫の耳が動いた。餌を食べるのをやめる。顔を上げて、何かを警戒しているようだった。その緊張が克彦にも伝わる。家の角で見えないが、玄関方面から物音がした。

「誰?」

 克彦はあまり大声にならないように呼びかけた。

「や、やっほー、ミケ」

 角から出てきたのは鈴だった。なぜか昨日と同じブレザーの制服姿。しかしいつもの快活さはなかった。明らかに、克彦の隣にいる猫に戸惑いを見せているようだった。

「おはよう、スズ。……どうしたの?」

 二人の距離は3メートルほど。

 おっかなびっくり、といった様子で鈴が克彦に視線を移す。それは何かの説明を求めるような視線に見えた。

 しばらくの沈黙ののち、鈴が先に口を開いた。

「えっと、今日って学校なかったんだよね。実は」

「うん。……もしかして、スズ。間違えたの?」

 そう言って克彦は、スズの制服と鞄に目をやる。

 鈴はうなずいた。

「そうみたい。学校に来てから気づいて。で、折角だからさ、ミケの家に寄ってみたんだよ」

 鈴は一旦言葉を切る。そして言った。

「でさ、その動物、なに?」

 そう言う鈴の指は、しっかりと猫を指していた。克彦は小さくうめいた。餌を食べ終えた猫は、ゆっくりと伸びをしていた。

 

「これがネコかぁ。ねぇ、触ってもいい?」

 克彦が黙ってうなずく。その表情は固かった。

 そんな克彦には頓着せずに、しゃがみこんだ鈴が恐る恐る黒猫に手を伸ばす。

 もう猫の方は警戒している様子はなかった。鈴の手が背中に触れても、ゆったりと毛づくろいをしているだけだ。

「うわぁ、なんか、しっとりしてる」

 鈴のそばには、克彦が立っていた。苦り切った顔をしている。

「あのさ、あんまり大きな声出したらだめだって」

 鈴は猫を撫でながら答えた。

「ばれちゃうから? 法律違反してるって」

 しれっと言い放つ。

「そ、そうだよ。ばれたらアームで髪の毛ベッタリ」

「なにそれ?」

 鈴が顔を上げる。

 克彦は昨日見た騒動について、見たことを話した。

「へぇ、そんなことがあったの。全然気付かなかったよ」

「ちょっと校則破っただけで、そうなんだよ。なあ、スズ……」

 鈴はかぶりを振って、

「大丈夫だよ、通報したりなんかしない」

 克彦はため息をつくと、猫に目を落とした。

「ありがとう」

 猫がしきりと、ひげをなでていた。その様子を見ていた克彦が、ふっと顔を上げる。

「そういえばスズって、今までに猫を見たことってある?」

「ないよ。聞いたことはあるけど」

 克彦はうなずくと、話を続ける。

「俺もそんなもんだよ。普通猫なんてこんな所にはいないんだ」

「どういうこと?」

 鈴が、立ち上がって克彦の方へ向き直る。

「前から気になってたんだけど、もしかしたらこの猫、誰かが飼ってたんじゃないかな」

「動物飼育禁止なのに?」

「うん。野生の動物って、もっと人を怖がるらしい。だけどこいつは、初めて会った時にも、あんまり怯えなかったんだ」

「ふうん、じゃあもしかしたら、その誰かは今もこのネコを探してるかもね」

「うーん……、それは、分からない。ひょっとしたらばれるのが怖くなって放り出したのかも知れないし」

 そう言って猫を目で探す。猫の姿は消えていた。

「こうやって、食事が終わるといつの間にかいなくなってるんだ」

 肩をすくめる克彦。

「ふーん」

 鈴は話を聞き終えると、1度息を吐いて、それから深く胸を膨らませた。

「決めたよッ、克彦!」

 突然の大声にびっくりした克彦は、

「し、静かにして」

「あ、ごめんね。……あのね、私も一緒にこの猫の世話したいなって」

「世話?」

 思いもよらない提案に、克彦は目を丸くした。そして考える。

 親にすら秘密にしていることを、二人掛かりでし続けられる保証は無い。しかし――

「どお、無理かな?」

 しかし、それは一人でも同じことだった。

 克彦はそう考えて言った。

「いや、一緒に世話しよう」

「やった!」

 こうして二人は共犯めいた約束を交わし、他愛無い話をしてその日は別れた。

「百万回生きたねこ」(題名が合ってるか不安^^;)という児童向けの絵本を知ってますか?

私は小さい頃に読んでいて、おぼろげながら覚えている程度でした。が、最近大学の付属図書館で、偶然この本を見つけたのです。

これはと思って立ち読みしてみると、思わず泣けてきてしまい、人が通り過ぎる度に顔を隠してました。

読んだことがある人も、ぜひ読み直して欲しい絵本です。

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