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      日常とそうでないこと その2

 克彦達の通うこの学校は、特にこれといった特徴のない(・・・・・)公立高校だ。

 学年は1から3年に分かれ、それぞれが7つのクラスに分かれていた。克彦と鈴は一年生、それぞれ3組と5組に所属している。

 決まりきった授業風景だが、今日は少し様子が違った。今朝の報道が学校全体にちょっとした興奮を巻き起こしていたのだ。

 小太りの歴史教師が、黒板に種々の年号と出来事を書き込んでいる。単調で、何のために行うのか分からないような授業。しかし生徒はみな生真面目にノートを取っていた。眠っている生徒もいない。いや、一人例外がいた。克彦である。うつらうつらと、瞼が下がり始めていた。

「……そうだ、今日のニュース、見たか? 見た人は挙手」

 克彦はハッとして現実に戻された。いつの間にか黒板は条約で埋め尽くされている。

 教師の問いに手を挙げたのは半数近く。よく分かっていなかった克彦も、それにつられて手を挙げた。

「あのテロには、先生も驚いたよ。いいか、お前ら。あれは大事件なんだ。ここ2,3年、何処だって戦闘なんてなかったんだ。それなのに、テロ、しかも隣町とは」

 ――ああ、あのニュースか

 克彦はようやく話の内容を理解した。

 そんなに、珍しいことだったのか。

 克彦はここ2,3年を思い返してみたが、確かにどこそこで紛争が起きたというような話は聞いていなかった。

 実際、この世界で戦闘と呼べるものは既に久しく起こっていない。それゆえにこのテロは重大事件であるには違いないのだが、どうも生徒には、それが実感として沸かないようであった。

 静かだった教室が、騒がしくなり始める。教師がそれを制して言った。

「はいはい、静かに。じゃあ、皆写し終わったな。授業再開するぞ」

 一気に教室が授業モードに移行した。一方の克彦は、慌ててノートに写そうとまごついている。明らかに克彦と他の生徒とは授業への温度差があった。


 昼休みに入ると、そこはやはり昼食の時間である。克彦は背の低い眼鏡の男子生徒と、机を合わせて購買のパンをほおばっていた。克彦はクリームの挟まったボリューミーなクロワッサン。小柄な方の少年はメロンパンであった。

「三毛山君。君、さっき寝ていたよね」

「う、別に、いいだろ」

 小柄な少年は縁の青い眼鏡を上げる仕草をした。彼の名は多野 昂平(たの こうへい)

克彦とは入学時からの付き合いだった。

「良くないよ、だいたい君は不真面目過ぎ」

「というか、逆に何で皆そんなに授業聞いてられる? 退屈じゃないのか?」

 鼻を鳴らす昂平。癖なのだろう、眼鏡をクイッと上げた。

「君はほんとに不幸な奴だな。授業は退屈とかそういうことじゃない。自分のためだろ。君は将来計画というものがなってないんだ」

「ショウライ計画? ふうん、難しいこと考えてるんだね」

 いつの間にか、鈴が二人の近くに来て立っていた。それに気付いた昂平が、なぜか慌ててパンをくわえる。

「お、スズ」

「や、やあ、栗本さん」

 パンをくわえているため、ひどく聞き取りずらい挨拶だった。

「二人してなにを話してたの?」

 克彦が空いている椅子を引き寄せると、鈴はそこに座った。持っていた鞄から弁当箱を取り出す。

「ちょっとごめんね」

 克彦と昂平は、机の上の包装ゴミをよけてスペースを作った。

 鈴はそこへ弁当箱を置いて、開く。二段重ねで、下は御飯、上におかずを入れた弁当になっていた。

 その弁当は見た目、かなりの量である。訝しげな視線を弁当に向けていた昂平は、ふと鞄の中を見やり、目を見開いた。鈴の鞄の中からは、二人分を合わせた数以上の総菜パンが顔を覗かせていたからだ。

「で、何だって?」

「何なの?」

 克彦と鈴が同時に昂平に聞いた。

 頷いて、昂平がパンを咀嚼しながら言う。

「だ、大体、モゴモゴ、君たち二人は、モゴ……」

「食べ終わってから話せよ」

 昂平は頷いて、メロンパンを食べ終えた後に話を続けた。

「君たちはちょっと変だ。この前も昔の流行について知りたいとか言ってさ。テストに出もしないことを聞いてどうするのさ?」

 今朝の座り方のことだろう。変と言われた二人は顔を見合わせた。

「どうって……」

 声をそろえて言う。

「どうするんだろ?」

 あまりの揃い様に、鈴は思わず吹き出した。昂平、克彦とつづけて笑い出す。周りでも数グループが、それぞれの話に花を咲かせていた。

 

 授業が終了しHR(ホームルーム)の時間になると、担任の国部(くにべ)が現れた。食の細そうな体つきで、わきには黒い出席簿を持っている。

「皆さん、今日は幸せでしたか? では、帰りのHRを始めます」

 彼は、いつもこの"幸せでしたか"の文句を欠かさない。

 他愛もない、変わり映えしない挨拶の一種。ただ、克彦はなぜか、この挨拶が好きではなかった。

「今日の事件は驚きでしたね。ですが犯人はセキュリティロボットによって捕まったそうです。安心してください。」

 生徒たちは胸をなでおろす。

 克彦はふと、朝に見た寝ぐせの生徒を思い出した。

 犯人たちも、あんな風にアームに締め上げられたのだろうか。いや、あれでは済まないに違いない。きっと……どうなるのだろう。

「まあでも、早めに帰った方がいいですよ。まだまだ寒い日が続きそうですからね。では、さようなら。礼」

 生徒たちは立ち上がり、礼をする。国部がそれに合わせて礼をすると、簡単なHRは終わった。

 途端に騒がしくなる教室内で、一人の生徒が声を張り上げている。

「みんな! 今度の球技大会、選手登録してない人はいない?」

 選手登録を忘れた何人かが声の方へと集まっていく。その様子を横目で見ていた克彦は、何も忘れていないことを確認した後に教室を退出した。

「おい、ちょっと待つんだ! 三毛山君!」

 振り向くと、昂平があとから追いすがってきた。眼鏡がずれている。

「なんで置いてくかな? 僕のこと忘れたのかい?」

 克彦は肩をすくめた。

「悪い、気が付かなかった。あ、メガネずれてる」

 昂平は眼鏡をクイッと上げて、それから言った。

「ちょっと用紙に書くの手間取ったからって、その扱いはないだろ。まったく」

「用紙って……ああ、選手登録か。将来のことはしっかりしてても、そういうところはてんで抜けてるな」

「それは、昼休みに書こうと、したけど、栗本さんが……」

 後半はほとんど聞き取れないほどの小声になっていた。

「ん? したけど、どうした?」

 克彦が聞き返す。本当に聞こえていないようだった。

「なんでもない」

「本当か、顔赤いぞ?」

「君、しつこいよ、なんでもないって言ってるだろ」

 昂平はそう言った後、足もとにあった鞄で、派手にけつまずいた。

「……痛い。メガネ曲がったかも。ああ、今日は不幸だなぁ」

 しばらくうつむいたままだった昂平が、ようやく立ち上がる。最後の言葉に克彦が反応して、言った。

「国部の真似、やめろよ」

「ふーん。なんでさ」

 昂平は心ここにあらず、と言った様子で反駁した。眼鏡を入念に調べていたのだ。

 ――なんで? なんでだろう

 克彦は自問したが、答えはなかった。克彦は頭を切り替えて言う。

「まあ、いいや。今日は寄るところがあるから、これで」

「え、どこにだい?」

「いや、ちょっと……それに、スズも今日は部活だし」

「あ、そう。じゃあ、まあ仕方がない」

 昂平と別れ、克彦は向かったのは図書室だった。

 彼は、例の野良猫について調べようとしていた。3階の奥まったところにある図書室は、電灯も切れかけて日も差さない廊下にひっそりとその入口を置いていた。利用者は非常に少ない。

 暗い廊下を不安げに見渡しながら、ゆっくりと古い木の扉を開ける。

 室内には、ちゃんと日が差し込んでいた。電灯も問題なく点き、克彦は思わず胸をなでおろした。


 図書室の中央には机とソファが置いてあり、それを囲むようにして本棚があった。受け付けに人はおらず、それどころか人の姿は全く見当たらなかった。本棚の陰も見まわして、誰もいないことを確認してから、改めて本棚を巡ってゆく。

 縞模様の猫の絵が表紙に描かれた絵本。半透明の猫が、ガスを浴びるかどうかを延々と論じている学術誌。どれも古びて埃をかぶっていた。

 猫の関係すると思しき本を片っ端から調べるうちに、克彦はようやくお目当てのものに辿り着いた。題名は、"ペット大好き〜猫編〜"。克彦は本を開いた。

"猫という動物は、大変気高く、自由を愛する動物です……"

 このあたりは読み飛ばす。克彦はページをめくった。

"餌のやり方……本来の彼らの餌は、鼠や小鳥などですが……我が家で飼うならば、総合的にバランスのとれたキャットフードがおすすめ……"

「ふうっ」

 克彦は視線を外した。

 ――キャットフード、ってどうやって作ればいいんだよ

 克彦は気を取り直し、読み進める。いかにも古そうな紙で、めくる度にパリパリという音がした。

"……基本的に肉食です……他の栄養素も必要……ただし、たまねぎや、にぼしなどは与えてはなりません……塩分は必要ない……また他にも……"

「肉、か」

 思わず独り言を呟く。しかし声は周りの本にすべて吸い込まれてしまう。わずかな残響すらなかった。ふと気付くと、日の勢いがかなり弱まっていた。目当てのことを知ることは出来たが、そのまま惰性でページをめくってゆく。その中で、ふと引っかかるページを見つけた。目を通す。

"ですが、最近動物の飼育を禁止する動きが盛んに……第30回の平和宣言では……"

 克彦は書籍情報のページを見た。今から60年以上前の本だった。

 

 もちろん彼は、動物を飼育することが違法だとは知っていた。だがなぜか、追い払う気にはならなかったのだ。彼は本を閉じ、目を閉じて、迫りくる金属のアームの群れを想像した。

 夕闇は、もうそこまで迫っていた。


 すやまたけしさんの『素顔同盟』という物語、昔読んだことがあるのですが、大変印象深い作品でした。

 読んだことのない方は、ウェブで公開されているのでぜひ。

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