第4章 ポットとポッド
第5章 ポッドとポット その1
――週明けの登校日は、一番幸せな日だと思う。
「行ってきます」
そっと扉を閉めて、家を出た。胸の高さの塀に手を掛け、見慣れた景色をぐるり見る。
「……じゃ、行きますか」
胸一杯に朝の空気を吸い込んでから、階段に向かう。
私が住むのは、アパートの201号室。エレベーターはなく、ここに住む人は皆、少しペンキの剥げた階段を使っていた。
その階段を、スキップしながら降りる。肩に提げた鞄が上下に揺れる、そのリズムが気持ち良かった。
「あ」
お弁当が偏ると困るから、スキップはもう止めておく。
行きつけのコンビニで菓子パンを買い込み、レジに通す。
「やあ、おはよう」
カウンターのおじさんが、商品を会計しながら話しかけてきた。
「おはようございます」
「しかし、今日もずいぶん食べるんだね」
「いやあ、育ち盛りなので」
ピッ、ピッとバーコードを読み取るおじさん。
禿げかけたその頭に目がいきそうで、そわそわしてしまう。
「ま、頑張んなさい。はい、980円です」
おじさんが顔を上げる。私は慌てて視線を彼の目に戻した。
「あ、はーい、ありがとうございます」
お金を払い、店を出る。
出る間際、横目でおじさんを見ると、彼は何とも言えない顔をして頭を撫でていた。
気にしないことにして、腕時計を見る。
――うん、間に合う
この分なら、遅刻はしなさそうだった。
時折横切る車や通行人を見るでもなく見て歩く。そんな中、前方に見慣れた背中を見つけた。ミケだった。
後ろからそっと近づく。
「おはよう、ミケ!」
ミケの肩がびくりと震えた。ゆっくりとこちらを振り向く。
「う……おはよう、スズ」
この前のカバン投げに、少し警戒しているようだった。
「もう、鞄投げたりしないよ」
「あ? ああ、分かってるって」
そう言いつつも、ミケの顔に緊張が残っていたのを見逃さない。面白くて、つい笑ってしまった。
ミケは頭を掻いて、前を向く。
「少しずつ、暑くなってきたね」
「ああ、そうだな」
「もう、春だもんね」
「一応、まだ冬だけどな」
ちょっと素っ気ない反応。まだちょっと怯えてるのかもしれない。そう思って今度は猫の話題を振ってみた。
「そういえば、クロちゃんはどう?」
「あ、ああ、まあ……元気だよ」
ミケの口調には、少し変な含みがあった。
「なに、何かあったの?」
「ああ、いや、大したことじゃないって」
「へえぇ?」
「う……」
じっとミケの顔を覗き込む。この戦法は良く効くのだ。
彼の目は左右に泳ぎ、そわそわと落ち着きがなくなる。
そしてついに、
「……わかったよ」
しばらくの沈黙の後、ミケが折れた。
「でも、今は止めとこう。結構周りに人がいるし」
そう言われて初めて気がついた。校舎はもう目の前にあり、生徒の姿もちらほらと見えていた。
「んー、分かった。あとでね」
そう言って、前を向く。ちょっと残念だったが、仕方ない。
鞄一発、背中にぶつけて許してあげた。
「痛った……」
ミケはその場にしゃがみ込んでしまった。
ちょっと力を入れ過ぎたみたいだ。ごめんね。
午前の授業が終わるとすぐに、ミケのいる教室へ向かう。もう、習慣みたいなものだ。
「三毛山君。もう昼だぞ、起きろ!」
教室の中から、昂平君の声が聞こえる。今日も二人は元気みたいだ。
扉を開け、私は教室をまっすぐに、二人の方へと歩み寄る。
「おはよー、昂平君! ミケはまた寝てたの?」
昂平君が、こちらを見た。顔を赤くしている、ような気がした。すぐにミケの方を向いてしまったので、良く分からなかったけれど。
「ほら、三毛山君の分も買ってきてあげたよ」
そう言って菓子パンを二つほど、ミケの机の上に置く昂平君。
「ああ、悪い、ありがと。幾らだった?」
ごそごそと鞄から財布を取り出すミケ。昂平君に渡されたレシートから、自分の分の代金を払っていた。
頂きますの声と共に、2段のお弁当を開ける。
ご飯もおかずもほとんど偏っていないので、ほっとする。タフガイなお弁当で良かった。
それに引き替え二人のお昼ごはんは、ちょっと心許ないような気がする。
「二人ともいっつもパンなんだね。それで足りるの?」
「いや、足りるけど。なあ」
「うん? いや、よく食べるのは、良いことじゃないかい?」
昂平君は、ちょっと最近様子がおかしい。そわそわして、落着きがない感じだ。
そういえば、と前置きして、彼は落ち着かない様子のまま言葉を続ける。
「球技大会も、あと二日に迫っているのだけれども……」
昂平君の声を遮り、驚きの声が上がる。
「あと二日!?」
まるっきり予想外だという顔で昂平君に聞き返した。ミケが。
なんていうか、知らなかったのかな。
私と昂平君の顔を見て、ミケは小さく、
「悪かったな」
そう呟いた。
「まあ、三毛山君はともかく、本題だよ。栗本さん、その……」
「何、昂平君?」
彼は銀縁のメガネを掛け直してから、意を決したように口を開いた。
「今度の球技大会、応援に来てくれますか?」
「え……いいけど?」
この言葉は、予想外だった。もっとトンデモないことを言うのかと思って、拍子抜けしてしまう。ミケの方を見ると、肩をすくめて「分からない」というジェスチャーを返されてしまった。
でも昂平君は、今のやりとりも知らない様子で、なんだかとても幸せそうな顔をしていた。
だから私も、悪い気はしなかった。
「僕たちも、栗本さんの応援に行くから」
これも予想外の言葉だった。昂平君のキラキラした目の輝きを見ていると少し言い辛かったけれど、
「ごめんね、私試合には出ないの」
どんなリアクションをするのかと見ていたけれど、昂平君は私の言葉に反応してただ一言、
「へ?」
そう言って動かなくなった。
ミケが昂平君の背中を、労るように叩いていた。
サブタイトルがフリーダムなのは仕様です。
そういえば最近、ガンダムは略称、という話を聞きました。正式には「フリーダム ガンボーイ」だとか。
ところがまたある話には、企画段階で監督が推していた名前の候補に過ぎない、とかいう話も。
…えっと、なにが言いたいかというと、ガンダム見てみたい、ってことです(ぇ