少女と想像力 その6
家に戻ると、居間で桃子がテレビを見ていた。顔だけを向けて二人に声をかける。
「おかえり、克彦。それと、こんばんわ、千五穂さん」
亜希はまごつきながらも、頭を下げて挨拶する。
「しばらくの間、ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」
桃子は首を振り、笑顔で答える。
「いいのよぉ、別に。狭い家でアレだけど、まあ、自分の家だと思って頂戴ね」
亜希は神妙に頷く。先日の猫かぶりはどこへいったのか、緊張した面持ちをしていた。
先ほどから黙り込んでいた克彦が口を開いた。
「母さん、ちょっとさ、教えてもらいたいんだけど」
「ん、何よ、克」
克彦は息を吸い、話し出した。
「なんで、千五穂さんがテロリストだって、知ってたんだよ?」
桃子が意外だという風な顔をする。
「あら、夕食のときに言ってなかったかしら?」
「言ってない、はぐらかしてただろ」
「うーん、覚えてないわねぇ」
まだ白を切るつもりか。
「母さん!」
桃子は克彦をじっと見て、溜息をついた。
少しの沈黙ののち、桃子は口を開いた。
「分かったわ、克、千五穂さん。ちょっとそこに座って」
そう言って、テーブルを挟んだ向かい側を指す。
克彦と亜希は言われたとおりに座る。二人とも正座だった。
「さあて、克彦。何だったかしら?」
亜希が克彦に、そっと耳打ちする。
(ねえ、この人ボケてる訳じゃないわよね?)
(いや、これがスタンダード)
桃子は小首をかしげ、二人の様子を眺めている。
「あ、なんでもないよ」
慌てて手を振り、話を続ける。
「でさ、なんで千五穂さんのこと、知ってるんだ?」
桃子は頬杖をつきながら、亜希と克彦を交互に見る。
しばらくの間のあと、桃子はいつもと変わらぬ口調で言った。
「私、貴女のこと、ちょっとだけ知ってたの」
意味が分からず、亜希はきょとんとした顔だ。もちろん克彦自身も。
「昨日会う前から、ってことですか?」
慎重に、言葉を選びながら話す少女。
「ええ、そうよ」
「でも……」
追われる身の彼女のことを知っている、とは一体どういうことなのか。
二人の反応に微笑みながら、桃子は続ける。
「私もねぇ、ちょっと前はあなたたちのこと、手伝ったりしてたのよ」
「え?」
全く意味が分からない。
「どういうことだよ……?」
「回覧板回したり、名簿作ったり、書き換えたり……」
亜希は、はっと息を飲んだ。桃子が言わんとするところを理解したのだ。
桃子が頷いた。
「結局貴女は学校へは行かなかったようだけれど」
「え、つまり?」
克彦が、二人の顔を交互に見やる。亜希が眉根を寄せながら、克彦に向きなおった。
「さっき言ってた、学校に行くコネのこと。覚えてる?」
「あ、ああ……」
「つまり、あなたのお母さんが、私が学校へ行けるように、手配してくれてたってこと」
「……え? じゃあ」
克彦はそこに至り、ようやく理解した。亜希が頷く。
「そう、貴方のお母さんも、こちら側の人間よ」
克彦は口を開き、暫くの間物も言えない様子だったが、ようやく一言呟いた。
「……何もコソコソ、飼うことなかったのか……」
今までの苦労の半分が無駄なものだとわかり、がくりと肩を落とす。
「まあ、結果的にはそうなるけど……」
克彦の思考のズレ具合に、亜希は呆れていたようだった。
亜希が、黒猫を連れてきた。桃子にはまだ言えないと考え、克彦の部屋に置いてきていたのだった。
亜希が桃子と克彦に向かい合う。
「という訳で、改めてよろしくお願いします。こっちは、私の愛猫のクロ。いじめないでよ」
最後の言葉だけ、克彦の方を見て言う。
「な、なんで俺にだけ言うんだよ?」
「あなた、弱い者苛めしそうじゃない」
「なんでだよ」
桃子はそんな二人のやりとりを、眩しそうに見ている。
ふと、桃子が切り出す。
「あら、そうそう、千五穂さん?」
「はい?」
桃子が立ち上がる。
「楽しいお話、邪魔してごめんなさいね、ちょっと話があって」
「いえ、楽しい、訳では……」
反論する亜希を受け流し、桃子は亜希を促して立たせた。
「ちょっと付いて来てくれるかしら?」
そう言って二階へと上がってゆく。亜希は困惑した様子で、桃子の後をついて2階へと上って行った。
「あ、克彦、あんたは来ちゃだめよ?」
二階から声が響く。
「な、なんなんだ……?」
一人残された克彦は、所在なさげに周りを見渡す。ソファの上に移動していたクロが目に入った。
「クロ、おいで」
伸ばした手からするりと逃げ、クロは2階へと上がっていった。
克彦は、なんとも手持無沙汰なひと時を過ごした。
相変わらず、非常にまったりのんびり更新させて頂いてます。
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。
でも、これからは、もっと短い間隔で更新出来るよう、挑戦してみたいと思います。頑張りますねっ!