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      少女と想像力 その5

「なあ、クロ。千五穂さんを探すの、手伝ってくれ」

 ベッドの上で寝そべる猫が、じっとこちらを見ていた。

「なあ、頼むよ。お前、鼻いいんだろ?」

 猫は動かない。克彦は猫のそばに座り、頭をなでた。指が触れるそばから、ふわふわと毛が立つのが面白い。

「お前さ、恩とか感じないのか?」

 にゃお、と一鳴きする黒猫。頭をなでられ、目を細めている。

「まあ、いいんだけどさ……」

 黒猫の背中を撫でながら、ふと思いついた。

「あ、そうだ。千五穂さんがいないと、お前いつまでもトイレ出来ないぞ」

 猫がぴくりと耳を立てた。

「まあいいや、ダメもとで、探してみるか」

 克彦は立ち上がった。

 と、その後ろをしっかりと猫が付いて来ている。

「なんだよ。結局付いてくるのか」

 しっぽを振って、脚の間をすり抜けていく黒猫。アドバンテージは譲らないつもりか。

 玄関扉の前ではこちらを振り返り、扉を開けろと催促するように尻尾を振っていた。

「はいはい、今あけるから」

 自由奔放なその態度が、誰かを思い起こさせて、ふっと笑ってしまう。

 扉を開けてやると、猫は一目散に駆け出した。

「お、おい、待てよ!」

 急いで追いかける。


 外はまだ少し肌寒かったが、体感的にはすでに暑い。少なくとも体育で走る距離はとっくに超えていた。

 電灯の明かりの下、軽やかな足取りの黒猫に追いすがる克彦。

「おい、本当に、こっちに、いるのか?」

 十字路を曲がり横丁を抜け、いつの間にか、だんだんとうらぶれた通りに向かっていることに気が付く。

「ここは……」

 そこはすでに克彦も知らない通りだった。息を整えながら、周りを見渡す。

 明かりと言えば、点滅を繰り返す電灯のみ。明かりをともす店も家も、近くには見えなかった。

 歩みを静かに、周りの様子をうかがう。水の滴る音と、ちかちかいう電灯の音が聞こえてくる。

 黒猫は通りを左に曲がり、克彦は慌ててあとを追った。

 黒猫が入ったのは、ひときわ暗く狭い、隙間のような通路だった。鉄くずやスクラップが両脇に高く積まれ、人一人通るのがやっとの広さ。錆びて断絶したパイプから、水が滴っていた。

 ――こんな場所が、この町にあるのか

 見慣れない光景に克彦が気を取られていると、黒猫が一声鳴いた。

「あ、ああ、分ったよ」

 相変わらず先頭を進む黒猫。だがその足取りはどことなく慎重だ。耳をぴんと立て、何かを探っているように見える。

「何か、あるのか?」

 克彦も息を潜め、前方に注意を向けることにした。薄暗くてよく見えないが、向こうに開けた空間があるようだった。

 そしてそこから、微かに妙な音が聞こえて来ていた。モーターの、駆動音のようにも聞こえる。

 

 黒猫の後に続き、慎重に奥へと進む。

 通路を抜けると小さな広場に出た。建物と建物の間にできたエアポケットのような空間だった。

 そしてそこに、月明かりに照らされた逆三角形の物体が、ゆっくりと回転しながら僅かに宙に浮かんでいた。

「なんだ……これ」

 細長いその物体は克彦ほどの背丈を持ち、側面を金属板のようなもので覆われている。

 ――この変な音は、この三角から聞こえて来てたのか

 黒猫は三角錐に向い身体を強張らせ、それに気付いた克彦も身構えた。

 何の変化もなくこの場にいるのは、三角錐だけだ。


 三角錐は10回ほど回っていただろうか。

 ――何も、起きない?

 克彦は疑問に思い、緊張を解いた。

 静かに回転する三角錐に、近づこうと一歩足を踏み出す。

 と、突如、金属板の表面に幾つもの直線的な割れ目が走った。その隙間から赤い閃光が走る。

「う、うわっ!」

 克彦は驚いて後ろに飛び退く。

「……これって、セキュリティロボ、か!」

 克彦の言葉に反応するように、幾つもの赤い光が、克彦と黒猫に焦点を合わせて来ていた。

 ――まずい、こっちを向いてる?

 先に反応したのは黒猫だった。一声上げた後、一目散にこちらに向かってきたのだ。

「あ、おい待て……」

 と、ほぼ同時に三角錐も動き出した。緩やかに素早くこちらに迫ってくる。

 黒猫は克彦の股下を抜け、あっという間に闇に消えて行った。

「あ、ちょ……わ!」

 克彦が黒猫に気を取られている間に、三角錐がすぐ目の前まで迫っていた。

 無機的なその姿がひどく不吉に見え、自然と克彦の腰は引けてしまう。

「対象生物ヲ保護しますノデ、通路ヲ空けてください」

「え……」

 三角錐から人工的な音声が響く。

 ――ど、どうしよう……

 克彦の額から緊張による汗が滲む。

 ――保護……本当、か?

「あ、あの、動物、保護したらどうするんですか?」

 気が付くと、質問していた。

 ややあって、セキュリティが声を出す。

「然るべき施設で、幸せに暮らしていくことになります」

 なぜか、突然流暢な音声になる。

 ――……

「あー、あの、実は、ここらへんにコンタクト落としちゃって……探してくれませんか」

 軽薄な口調で声の震えをごまかし、屈んでコンタクトを探すふりをする。

 一度嘘をつきだしたら、もう止まらない。止まれない。にじむ脂汗をぬぐい、拳を握る。

 だが、そんな決死の覚悟もむなしく

「妨害工作ハ、保護の対象です」

 セキュリティには通用しなかった。

「うっ!」

 ――なんでばれたんだ!

 セキュリティの性能の高さに驚きつつ顔を上げる。

 目の前にあったのは、口だった。逆三角錐の先端が大きく開き、大きな口のようなものが開いていた。内部にはリング状の歯が無数に並び、それぞれが高速で回転している。

「な……」

 開いた口がふさがらない。回転歯はもう目の前まで迫り、かすかに血のような臭いまでしている。

 どうにか逃げようとするが、腰が抜けて立てない。

 ――やばいやばい……!

 少なくとも保護しようとしているようには見えない。

 肘を使って必死に後ずさるが、克彦にぴったりと照準を合わせられてしまう。

「うわ……!」

 バランスを崩して倒れてしまった。宙を仰いで大きな口と建物の壁、そして夜空を見上げる。

 今日は月がよく見えると、ふとそんなことが頭をかすめた。

 

 ――ん?

 克彦は眉根を寄せた。

 上から、誰かが落ちてくる。

 その人影はどすんとセキュリティの上に落ち、その天辺に何かを突き付けている。鈍く光るあの形状は……

 直後、閃光と轟音が響き、克彦は降ってきた人物の正体を知った。

「千五穂、さん……!」

 手にした銃から炎が噴き出す。その度に亜希の両腕は震え、セキュリティは大きく揺れる。その機体からは至る所から火花が散り、徐々に高度が下がってゆく。


 はっと気が付き、克彦は横に転がってその場から離れる。

 重量感のあるその三角錐の機体が、煙を吹きながらその場に沈んだ。同時に、亜希が克彦の傍に降り立つ。

 ため息を吐いて銃を下ろす。克彦は目を丸くしながら言った。

「あ、ありがとう。……なんで、降ってきたんだ?」

 亜希が、克彦の方を向く。少し顔を歪めていた。

「どう致しまして。こいつを倒すためよ。……あー、手が痛い」

 そう言って手をほぐしながら、既に機能を停止したセキュリティを足で小突く。

 克彦の視線に気が付いたのか、亜希は少しばつが悪そうに言う。

「な、何よ?」

「いや、なんでも……」

 克彦は壊れた機体の傍にしゃがみ込んだ。恐る恐る触ってみるが、動く気配は全くない。

 周りを窺いながら、亜希が克彦に話しかける。

「ねえ、ここから離れた方がいいと思うんだけど」

「え?」

「他の奴らが来ちゃうかも。……ここで別れましょう」

 そう言って、克彦に背を向ける。

 克彦は慌ててその肩に手を掛けた。

「ま、待てって! 探してたんだぞ」

 亜希が立ち止まる。克彦は亜希の背中に話し続ける。

「もう暫く、家に居ていいよ。何か、悪かった。おもらしされて、ちょっと変だったんだよ」

 亜希が振り向く。口を開き、何かを言いかけて止める。こちらに近づき、そして立ち止まった。

「……早く」

「え?」

「早く、駆け足!」

「うわ!」

 両掌で押し出される。よろめきながら後ろを向いて走り出した。

 路地を抜け周りを見渡す。特に他のセキュリティが来ている様子はない。

「あ、クロ」

 黒猫は消えかけの電灯の下にちょこんと座っていた。

「ほら、クロ。行くぞ」

 克彦の呼びかけに一声鳴くと、黒猫は亜希の足元にすり寄る。

「クロ、ありがとね」

 亜希は黒猫を抱きかかえ、頬をすり寄せた。黒猫も目を細めていた。

 そんな様子を横目で眺め、

 ――やっぱり千五穂さんの方に行くか

 克彦は視線をそらした。


 うらぶれた路地から離れ、二人と1匹で夜の通りを歩く。車も人も、この時間にはほとんどいない。

 ぽつりと、亜希がつぶやいた。

「ねえ、何で探しに来たりしたの?」

「ん? いや、それは……」

 少しためらってから、克彦は答えた。

「何か、後味悪かったから」

「そう」

 亜希は軽くうなずいた後、そのまま黙り込んだ。

 克彦は、通りに掲げられた標識を見やる。家からはまだ遠いが、とりあえず自分達がどの辺りに居るかは分かった。

「なあ、こっちも聞いていいか?」

 亜希が、意外だという風にこちらを見た。

「何?」

「何で、わざわざセキュリティの上に乗っかったんだ? その、銃、ってやつ。凄いんだろ?」

「そんなこと、気になるの?」

 亜希は微笑みながら聞き返す。

「いや、それは、何と言うか、うん。ちょっと気になる、かも知れない」

「どっちよ?」

「あ、気になります、ハイ」

 冷たい亜希の口調に、思わず敬語が口を衝いて出る。

 亜希は暫く黙ったままだったが、ぽつりと話しだした。

「あの手のタイプは、側面は装甲が強すぎるみたいで、弾が通らないらしいの。狙うなら上から、って教わったわ。だから」

「へぇ、そんなことを教わるのか」

 克彦はかなり驚いた。克彦達はそのようなことは教わらない。

「あ、教わるって、おじさんによ。学校は行ってないから」

「ふうん……」

 ――考えてみると、不思議だな

 テロリストが学校に行くというのもおかしい気がするが、学校へ行かなくても、いいものなのだろうか。

 そんな疑問が湧く。

「なあ、なんで学校、行ってないんだ?」

 亜希は、呆れたように答える。

「だって、学校なんて行けるはずないでしょう? 私、日かげ者なのよ?」

「ふうん、やっぱり、テロリストは学校へは行けないのか」

「テロリスト、って、言うのは止めて」

「え? あ、ごめん」

 亜希は頷き、暫くの後こう付け足した。

「……実は、行こうと思えば行けたの。コネがあったらしいんだけど。でも、全然だめ」

「だめ?」

 亜希は、遠くを見るような目で続ける。

「私には合わなかったの。学校生活が」

「そう、なのか……」

 そう言って、克彦は口を閉じた。再び沈黙のまま、夜道を行く。途中でいくつか道を曲がり、ようやく見知った住宅街に戻ってきた。

 ――そういえば

 家の明かりが見えてきた時、克彦はふと、あることを思いだした。

「そういえば、なんでベッドの上の服を取ったんだ? ばれるとか考えなかったのか?」

「え、何の話よ?」

 亜希が眉を寄せ、怪訝そうな顔でこちらを見る。

「いや、千五穂さんが母さんの服を借りてた時だよ。タンスの下から取れば良かったのに」

 汚れた服を窓から落とすような工作が出来るなら、もう少しばれない工夫をしてほしいものだった。

 けれど亜希はますます変な顔をする。克彦はじれったくなってきた。

「だから、セーターと黒のジーンズだって」

 亜希は頷きながらも、首を傾げていた。

「私、ちゃんとタンスの下から選んで取ったわよ?」

「え?」

 今度は克彦が変な顔をする番だった。

「なんだよ、それ……ほんとか?」

「本当よ」

 声のトーンが冷たくなる。

「……ハイ」

 ――そうだった。

 桃子に、亜希がテロリストだと知られた理由を聞けていないことを思い出した。

 

このあたりから暫くの間、少しジャンル変更(?)が起きそうです。お楽しみに(ぇ

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