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      少女と想像力 その4

 部屋に入ると、猫がベッドの上で寝ころんでいるのが見えた。首をもたげてこちらを見るその姿が、なぜか少し申し訳なさそうにしているように見えた。

「ん?」

 何か臭いがする。周りを見渡すと、部屋の隅に、小さな水溜りが出来ていた。

「あ、お前!」

 小便だった。動物にとってごく自然なことではあるが、克彦にはショックだった。急いでティッシュを使い、浸水箇所を拭き取る。

「あーあ……何てことするんだよ。……臭いし」

 克彦が猫の方を見ると、猫は頭をベッドに載せてそっぽを向いた。

 と、コンコンと窓を叩く音がする。亜希だった。

「なんだ、まだ何か用?」

 窓を開けて亜希に言った。

「何か、不機嫌みたいね?」

「そりゃね、部屋でお小水垂れられたら、不機嫌にもなるって」

 亜希は申し訳なさそうに言った。

「そう。それは気の毒ね。でも、クロを責めないで。トイレの場所も作ってなかったんだし」

「……」

 小便問題は後回しにして、亜希に聞く。

「で、なんで俺に変な小芝居打たせたんだ?」

 亜希は腕を組んだ。

「私が一緒にあなたの部屋に行ったら、あなたのお母さんまで来ちゃいそうだったから」

「ああ、なるほど。何か、部屋に用事でもあったのか」

 亜希は指で頭を掻いた。

「ちょっと、忘れ物しちゃって」

 克彦はおおげさにため息をついた。

「昂平と同じだな」

「違うわよ」

 亜希がむきになって言い返す。

「昂平を知ってるのか?」

「知らないわ、でも、なんかパッとしない感じの奴なんでしょ?」

「……」

 ――晃平、可哀相な奴だな

「で、何を忘れたんだ?」

「えっと、私、銃をその辺りに置いてたはずなんだけど」

「銃、って……これか?」

 そう言って克彦は毛布の上に転がっている金属片を取る。

「そう、それよ。ありがとう」

 亜希は受け取った銃を仕舞い込んだ。

「あと、これを家に入れておいて」

 亜希が足元から拾い上げたのは、泥で汚れきった服だった。恐らく桃子の服に着替える際、桃子に悟られないように2階から落としたものだろう。

「出来たら、処分して欲しいの。あんまり、痕跡残したくないから」

「……ふうん、分かった」

「ありがとう。それから……」

「まだあるのかよ?」

 わざと大げさに肩を落とす。

 克彦はくたびれていた。

 ――猫だけならいざ知らず、人一人を匿うというのが、これほど大変だったとは

 そう考え出すと、あの時軽い気持ちで亜希を匿おうとしたのが、恨めしく思えてくるのだった。

 腹立ちまぎれに、爪で窓枠をコツコツと叩く。

「あのさ、俺もこんなこと言いたくないんだけど……もうちょっと節度ってものを考えてくれよ」

 亜希は、克彦の指を見て顔をあげる。

「ごめんなさい、あと一つだけだから」

 ――まったく……テロリストってのも、結構わがままなんだな

 克彦はため息をついて、亜希の話の先を促した。

 亜希は頷いて話を続ける。その声は微かに上ずっていた。

「あなたの机から、紙とペンを借りたわ。これ、クロの飼い方メモ。さっき書いたの。必要なものとか、ゴハンの作り方とか。困った時の対処法とか。その他色々」

 そう言って、窓枠にかかる克彦の手を握り、メモを渡した。

 克彦は、渡されたメモをまじまじと見つめて言う。

「え……なんで今?」

 どうせなら実技指導というか、実際に手本を見せてもらったほうがいいのだが。

 ふと、亜希の視線に気がついた。こちらをじっと見つめている。

「な、なんだよ?」

 怪訝な顔で、亜希を見つめ返す。彼女は無表情のまま、に見えた。

 風が吹き、そして止んだ。

 彼女はゆっくりと口を開き、肩を上げて息を吸い込む。

「匿ってくれて、ありがとう。皆があなたみたいな人だったら良いんだけれど……なんにせよ、お蔭で私は命を救われたわ。本当にありがとう、それじゃあ」

 亜希は淡々とした口調のまま一気に話し切り、口を閉じる。そしてうっすらと微笑を湛えた。

 たたみ掛けるような亜希の話しぶりに、克彦は何も言えなかった。

「千五穂、さん。まだ追われてるんじゃないのか?」

 やっとのことで言葉を絞り出す。

 亜希は半歩、後ろに下がった。

「ええ、でも今朝のニュースに私のことは出ていなかった。この格好なら大丈夫よ。多分」

 そう言って、少し余っている袖を指で引っ張った。そしてもう半歩後ろに下がる。

「じゃあ、ね。この恩は忘れないわ。たぶん」

 亜希は微笑み、髪をなびかせて踵を返した。

「あ……」

 引き止めようとして、その言葉が出ない。

 その間に、亜希は徐々に克彦の視界から外れていく。

「……分かった、じゃあな」

 気持ちの整理がつかない克彦には、そんな風にしか言えなかった。

 亜希は微かにうなずくと、後はもう、こちらを振り向くことなく庭から消えた。


 克彦は昼中ずっといやな気分のままだった。

 ――メモを用意していたんだから、最初からあのタイミングでここを出ていくつもりだったんだ。

 そう自分を納得させようとする。だが自身の態度が、彼女に追い打ちをかけてしまったのではという考えが頭を離れない。

 

 もやもやした感情を紛らわすため、彼女の残したメモどおりに仕事をこなす。

 猫もトイレがあれば、そこでちゃんと用を足すらしい。

 トイレを置く場所、作り方や取り換え時期の項目を、無心に読み進める。 

 メモを読み進め、読み終えるとまた読み返す。

「……」

 暫くの間それを繰り返してから、克彦はホームセンターへと出かけることにした。砂、が必要らしい。

「あら、克彦。まだいたの? 学校の話し合いは?」

 克彦は振り向かず答えた。

「行かなくてもいいってさ。ちょっと出かけてくる」

 自分でも驚くほど、低くかすれた声だった。扉を乱暴に閉めて、玄関を下りた。


 桃子は呆気にとられていた。

 ――あの様子は、ちょっとまずいわねぇ

「どう、しましょうか……」

 ぽつりと呟いて、リビングへと戻って行った。

 

 住宅街を抜け、克彦は目指す店まで歩いてゆく。低く垂れこめた曇り空が、ますます気を滅入らせた。

 ようやく目当ての店を見つけて中へはいると、間抜けなBGMが耳についた。天井に下がった看板を頼りに進み、底の浅い箱と吸湿性の良い人工砂を選ぶ。がらがらのレジの中、やる気のなさそうな若者がいるレジに入り、黙って箱と砂を置いた。

 若者は、ただ機械的に商品をレジにかける。

「計1730円になります」

 財布を取り出し、2枚の千円札を渡す。お釣りとレシートをポケットに突っ込み、箱と砂を抱えながら店を出た。

 


 家に着くころには、もう日が傾きかけていた。部屋に戻り電気をつけると、猫がこちらを睨むように見ている。

 まるで、克彦のことを責めているようだった。

「そう睨むなよ……今トイレ作るから」

 作るといっても、特に何かをするわけでもない。箱を取り出し、そこに砂を敷くだけだ。箱を出来るだけベッドから引き離して、完成である。

 おもむろに猫がやってきて、ひょいと砂地に着地した。値踏みするように、前足で砂をかき分けている。

「クロ、そこがお前のトイレだ。もう洩らすなよ」

 返事はない。俺の作ったトイレは、お気に召さないらしかった。


 リビングで、桃子は本を読んでいた。

「あら克彦、帰ってたの」

「うん、ただいま」

 そのまま床に座り、テレビのチャンネルを変える。

「克彦、何かあったの?」

「なんでも」

 ぷちぷちと、リモコンのボタンを押してゆく。

 どれもつまらない番組ばかりで、10秒も見たら飽きてしまう。そのうちに全部のチャンネルをまわしてしまったと気づき、リモコンをテーブルの上に放ってしまった。

 そんな様子を見ていた桃子は、少し咎めるような口調で言った。

「そろそろご飯にするから、準備手伝ってね」

 黙ってうなずく。


 今日はおいしいコロッケ。


 だがそれでも克彦の心は晴れないままだった。

 未だに亜希との嫌な別れ方が、頭から離れない。

 ――もう過ぎたことだし、忘れよう

 そう考えてコロッケをつつく。しかしすぐに、あの時の後悔がぶり返すのだった。

 ずっと黙ったまま食事をしていた桃子が、心配そうにこちらを見ている。

「克彦、どうかしたの? 今日、コロッケよ」

「なんでもない」

 味噌汁をかき込んでごまかす。

 それを聞いた桃子は、茶碗の上に箸を置く。カチャリと小さな音がした。


「克彦、あの子。追われてたんでしょう?」


 思いがけない一言に、口に含んでいた味噌汁を吹きそうになる。

「な、何。いきなり……?」

 咳き込みながら、桃子に訊き返す。一方の彼女は、至って自然な調子だ。

「ニュースで取り沙汰されてたテロリストの仲間。えっと、千五穂さん、よねぇ」

「え、いや、なんで知ってるの……?」

 ばれていないと思っていたのに。

「なんでも何も、あの子が千五穂って名乗ったんでしょう?」

「いや、そういうことじゃなくて」

「それにしても、どうして出て行ったの、あの子?」

 ――……

 あくまでマイペースに話すつもりらしい。

「……それは、勝手に」

「で、引き止めなかったの?」

「……うん」

 桃子の質問が、一言ずつ突き刺さる。

「どうして引き止めなかったの?」

 克彦は顔をあげた。

「いや、だって……引き留める理由なんて無いし」

 言いながら、徐々にうなだれてしまう。


 嘘だ。

 引き留めたい理由も、引き留められない理由もあった。

 そして引き留められない理由が絶対勝ると、その時は考えていたのだ。


 ややあって、桃子が続ける。

「……そう、なら良かったわぁ。それを聞きたかったのよ」

 そう言って、何事もなかったかのように食事を再開する桃子。

「テロリストなんて、家に居られたら困るものねぇ」

「……」

 克彦は、うなだれたままだ。

 箸と食器の音だけが部屋に響く。


 引き留められない理由。今考えると、それはひどく馬鹿らしいものだった。

「ごちそうさまでした」

 桃子が食器を持って、台所へ向かう。その背中に、克彦は話しかけた。

「ねえ、母さん。千五穂さんは、いい人だと思うよ」

 桃子の動きが止まる。食器がカタリと、慣性で動いた。

「そうかしら?」

「うん」

 桃子は若干悲しそうに、一言呟いた。

「……そう、ね。そうかもね」

 克彦はそれを聞き、思いきって言った。

「あの、さ。あの人を、ちょっと家に泊めたりできない?」

 桃子は何も言わなかった。


う……こんなに間が空いてしまいました。 すみません>< 

SFの原点はアシモフ、だと思いますが、個人的に好きなSF作品は、「ゼノギアス」というゲームです(ゲームかよ 

もし知ってる方がいたら、ぜひとも腹を割って話し合いたいですw

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