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第一章 日常とそうでないこと その1

 この作品は、まったくのフィクションです。

 また、動物虐待などを題材にした作品ではありません。

 ――世界は、幸福だ。僕は、幸せだ。



 三毛山 克彦(みけやま かつひこ)は、いつものように午前七時に起きると、まずはトイレに向かう。用を足すと洗面所に向かい、歯を磨く。制服は目覚めた時点で反射的に着込んでいた。まだまだ朝は寒い。

 眉の前までかかるその黒髪には、ねぐせがついていた。学校で寝ぐせがついたままなのはまずい。彼は両の手に違うブラシを持って、なかなか器用に朝の身支度を整えた。寝ぼけ眼で鏡を見ると、自分の目がはれぼったいことに気がついて首をかしげる。

「眼、掻いてたのかな」

 少しの間歯ブラシを持つ手を止め、目を鏡に近づける。指で瞼をおさえて観察してみるが、特に塵が入っているわけではない。興味を失ったのか目を離し、さっさと歯を磨き終える。顔まで洗ってしまうと今度は居間へ行き、テレビをつけてニュースを見る。平日の朝は、だいたいこのようにして始まるのだ。

 加えて今日は、エアコンを操作してスイッチを温風に入れた。

 フローリングの床に座ってリモコンを操作する。ニュースではリポーターが、明日に控えた世界平和宣言、その一〇三回目の記念式典の準備の模様を伝えていた。

"えー、式典は、およそ150の国と地域で開催されることとなっており……"

"すでに準備はおおよそ整っており、あとは明日の晴天を……"

「おはよう、克彦」

 彼がリモコンを持ったままぼんやりとしていると、二階から声がした。克彦は自分の後ろにある階段へと顔を向ける。階段を降りる音と共に徐々に姿を現わしたのは、ふくよかな体型を持つ、彼の母親――名は桃子だ。少々脂肪が余っているようだが、健康的な顔には笑い皴ができていた。

「おはよう、母さん」

 彼女が洗面所に向かうと、克彦はちらと時計をみやり、まだ家を出る時間ではないことを確認すると、再びテレビへと視線を戻した。つま先だけを地面につけ、折り曲げた膝にあごをのせる形で続きを見る。克彦はその座り方をクラスメートから聞いた。何世紀も昔に流行った座法なのだそうだ。

 ニュースの話題は変わっており、"今日の冠婚葬祭"を扱っていた。今は"葬"である。

"今日は全国で1548人の方がお亡くなりになりました。北から……"

「あら、そんなに亡くなったの? 幸せな人生ならよかったけどねぇ」

 手早く顔を洗い終えた桃子が、克彦の隣に立っていた。下は黒のジーンズに、上はコーヒーミルクのような色のセーターを着ている。

 克彦が黙ってうなずくと、桃子はキッチンへと消えた。ほどなく、何かを炒める音が聞こえてきた。それに合わせて克彦は食器を運んで背の低い木のテーブルの上に並べる。二人分の平皿と、パンの入ったバスケット。

 しばらくすると、テレビからまた別の報せが入った。調理を終えた桃子が、目玉焼きと炒めたホウレンソウの入ったフライパンを持って来た。克彦のそばまで来ると、立ったままニュースに見入ってしまったようだ。ちょうどフライパンが顔の位置にある克彦にとっては、少々危ない感じがしなくもない。見れば徐々に目玉焼きが傾き始めている。

「ちょ、ちょっと、母さん?」

「ねぇ、克彦。これ、聞いてちょうだい!」

 そういうと桃子は、おもむろにテーブルの上にあったリモコンに手を伸ばす。

「あ!」

 背をかがめる動作に合わせて、あっという間に目玉焼きはフライパンからすべり落ちた。

「いやあねぇ。まだ抵抗してるみたいよ、この人ら」

 すんでのところで目玉焼きを皿に受けた克彦は、思わずため息をついた。

「……母さん、目玉焼き落ちそうだった」

「あら、そお? ごめんね。でも、あ、これを見てよ、ほら」

 再び、今度は小さくため息をつくと、克彦もテレビへと顔を向け、目を見開いた。そこには、この町の隣にある都市の名前が大きく映されていた。だが克彦が驚いたのは、名前がニュースに出たことではない。

 番組の伝えるところによると、どうやらその都市で、いわゆる戦闘が行われたらしい。そしてその戦闘を引き起こしたのは、一種のテログループらしいのである。結局死者は出なかったようだが、相当数の機械、装置類が破壊されてしまったと報道していた。犯人たちはまだ捕まっていないらしい。

 一連のニュースに気を取られていた克彦は、居間の時計を確認して焦りだした。

「こんな時間! 俺、もう行くから!」

 そう言うと目玉焼きをかき込み、ついでにパンを一つ、口にくわえた。慌ただしく鞄をつかみ、玄関へ向かう。

「行ってきます!」

「もうそんな時間? じゃあ行ってらっしゃーい。テロに気をつけてね!」

 ――どうやって気を付ければいいのかな

 克彦はそう思い苦笑したが、こんな身近で起きた事件に少々ひるんだことは確かだ。

 彼は土間を抜け学校へと体を向けたが、くるりと向きを変えて三毛山家の庭へ向かった。いくつかの植木鉢と物置があり、塀で囲まれた小さな庭である。まだ半分ほど残っているパンの一部をちぎると、克彦はその場に立ち止まった。残りは自分がほおばる。時間を気にしているのか、少しそわそわしていた。

 暫くすると家の陰から、真っ黒な猫が現れた。猫は克彦から距離を置いていたが、彼であるとはっきり知るとそろそろと近づいてきた。克彦が掌にパンのかけらを載せてかがむと、黒猫はしきりににおいを嗅ぎだした。

「ほら、クロ。これ食べる?」

 猫は一声鳴くと、あっという間に食べてしまう。

「足りなかったか。ごめん」

 顔の手入れをする猫を彼はじっと見つめる。彼の記憶が正しければ、黒猫は2、3週間前にこの庭にやってきた。彼は初めて生で見る動物に喜び、餌を与えた。猫という動物を知ってはいたが、実際に見るのとは大違いであったのだ。彼はこの生き物に惹かれ、それ以降機会があるごとにこの猫に餌をやっているのである。

 彼は猫の背をそっとなでてから、立ち上がって学校へ向かった。


 遅れた分を取り戻そうと、慣れた道を早歩きで進む克彦。長い直線道路を右折し、ようやく学校が見えてくると、ほっとしたように速度を緩めた。

 ――これなら間に合う。

 そう思い、なんとなく周りを見渡した彼の後頭部に、強い衝撃が走る。

「痛っ……!」

 彼の頭を襲ったもの――通学用の標準鞄が、ぼとりと落ちる音がした。

「あはは! おはよう、ミケ」

 少し高めで、澄んだ声。頭を押さえたまま克彦が後ろを振り向くと、ブレザースタイルの制服を着た少女が立っていた。彼を見て笑っている。短めで、色素の薄い、黒髪というより亜麻色の髪をざっくりと梳いたような髪型。そこには彼女の笑う姿と同じように、素直でまっすぐな人柄がにじんでいた。

「痛いなぁ……なにすんだよ、スズ」

「いつものことじゃん、気にしないの」

 まったく悪びれる様子のない彼女は、栗本 鈴(くりもと すず)という。克彦と同じ学年の生徒だ。女子の中では背が高く、克彦と比べても背の違いはほとんど見えない。

 克彦は頭をさすりながら鞄を拾って相手に渡す。

「ほら、鞄」

「ありがとう……ごめんね」

「ん、なにが?」

「いや、鞄……ぶつけちゃって」

 克彦は首を横に振ると、

「いつものことなんだろ。いいよ」

 鈴は肩をなでおろし、二人は並んで歩きだした。ほどなく前方から間の抜けたチャイムが鳴り響くと、彼らは駆け出した。

 靴を履き替えて校内に入ると、二人は階段を出来るだけ速く上った。走ってはいけないのがもどかしい。二人の学年のある5階までやってきたところで、それぞれが目指す教室へ別れた。

 

 克彦は早歩きで教室へ向かった。途中、同じように遅れそうな男子生徒とすれ違う。よほど朝寝坊したに違いない。寝ぐせがまだとれていなかった。制服も乱れている。

 その学生を目で追って後ろを向いたところで、彼のいる周辺の廊下の壁から赤い光がはじけた。センサーが発動したのだ。彼の足もとの床に、機械的な割れ目が走る。

 ――遅かった。

 克彦がそう思うか否かのうちに、髪の乱れた男子生徒は床から出てきた3本のアームに捕捉されてしまった。リノリウムの床に擬装された、無骨な3関節のアームだ。まず両手、次に胴を掴まれると、彼は完全に身動きが取れなくなってしまったようだ。

"身ダシナミヲ、整エマショウ"

 男子生徒はアームから逃れようとしてもがき、叫んだ。

「い、痛つ! 遅刻、するから、止めて、くれ……やめろって、うわ!」

 彼の必死な叫びを背中に、克彦は教室へとたどり着いた。引き戸を開ける。中に入り安堵のため息をついた。どうやら遅刻は免れたらしい。自分の席にまっすぐ行こうとして、ふと思い直し教室から顔を出した。さっきの生徒を見てみる。

 男子生徒はまだ拘束されていた。

「う、ぐっ……」

 絞り出すような声を上げている。暴れたせいか胴も手もきつく締め上げられていて、傍目にかなり辛そうだ。ただ、いつの間にか制服は乱れを直されていた。

 そしてさらに、彼の頭は円筒状の装置で覆われていた。飛行機のタービンを思わせる形状のその装置からは、蒸気が漏れ出していた。

 熱くないのだろうか。

 克彦はそんな事を考えていた。

 やがて装置が外れ、男子生徒の頭が表われた。げんなりとした顔をしている。そこで二度目のチャイムが鳴り克彦は慌てて顔を引っ込めたが、ちらりと彼の髪型を見ることができた。

 彼の髪は七三に分けられ、まるで糊で固めたようにぺちゃんこになっていた。

 ――可哀相に。

 克彦は首を振って、自分の席へ向かった。

はじめまして。初めてなので、今すごくうれしいです。

連載中にこうやってあとがきをつけるのは良くないとどこかで目にしましたが、自分はそんな性質ではないので、みなさんも気軽な感じで読んでってください。

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