第56話 早朝業務
冬休み13日目の一月三日、午前五時三十分。
すでに駅は開いており、電車も動いているが人は少ない。
昨日の掲示板でも、駅前にある冒険者ギルドに行列ができていたと書き込みがあったようだが、さすがにこの時間帯に行列などあるわけもなく、閑散としている。
そして、この行列の無い早朝の時間帯を見越して、俺たちは待ち合わせとしていた。
「ふぁ………ふぁふ」
「大きな欠伸をして、眠そうだな康太……」
日はまだ登っていないが、辺りはすでに明るく、近づいてくる悠太の姿が見える。
相変わらず、ラフすぎる格好である。
「悠太、もっと厚着をしろよ。見ているこっちが震えてくる……」
「俺んち、ここから近いからな。
それに厚着したって、どうせギルドで着替えるだろ?向こうの服に。
だから、こっちでの服はこの程度でいいんだよ」
……だからって、上はセーターに下はジーパンってのはないだろ?
せめて、何か羽織ってこい!見ているこっちが寒くてしょうがない!
それから十分ほどで、日向さんたちが集まり全員がそろった。
「で、西園寺君。その後ろにいる女の子は誰ですか?」
「俺も、気になっていたんだよな~」
悠太、分かっているくせにニヤニヤするな!
でも、こいつのこと皆にまだ、紹介したことなかったな……。
そう、今日の俺には付き添いがいた。
察しのいい人は、もうお分かりだろう。付き添いの正体は俺の妹『凜』である。
「えっと、この子は俺の妹の西園寺 凜。
俺の家の都合で、どうしても付いてくることになったんだ。それに、今家に帰しても凜一人になってしまうしな?」
俺が、妹の凜をみんなの前に出して紹介すると、恐る恐る自己紹介を始める。
やっぱり、人見知りが激しいな……。
「あ、あの、西園寺 凜です。いつもお兄ちゃんがお世話になっています。
不束者ですが、お兄ちゃんともどもよろしくお願いします」
そう言って頭を下げて俺の後ろに隠れた。
……不束者ですが?
「……西園寺君に、こんなかわいい妹がいるなんて……」
「私、妹がいることは知ってたけど、初めて本人を見ました……」
日向さんと新城さんは、凜を受け入れてくれたようだ。
竹原さんと市原さんも、二人の意見に賛成なのか頷いている。
相変わらず悠太だけは、ニヤニヤ笑ってやがる。
とりあえず、日向さんたちの自己紹介が終わったら、冒険者ギルドへ行こうか。
▽ ▽
自己紹介が終わり、冒険者ギルドへ来ると、早朝という時間にもかかわらず受付嬢のナンシーさんがもう勤務していた。
それと、女性客が二人。その女性客の一人が冒険者登録している。
「西園寺君、こんな早朝なのに、冒険者ギルドって開いているんだね……」
「それはそうだよ。基本、冒険者ギルドは二十四時間開いてるよ」
「受付もか?」
日向さんが、早朝から開いているギルドに感心し、悠太は、受付の勤務体制に疑問を持ったようだ。
「受付もだな。深夜でも誰かが受付業務をしているし、異世界転送もしてくれるぞ」
「マジかよ……」
そう、ここ冒険者ギルドは二十四時間営業なのだ。
それは、こっちが特別なのではない、異世界の冒険者ギルドが、基本二十四時間開いているので、こちらもそれに習った形だ。
転送も誰かがおこなってくれるので、深夜帰宅も可能だ。
「それじゃあ凜、受付で登録するか」
「あそこで、冒険者登録すればいいの?」
「ああ、今女性の人が登録しているだろ?あそこでするんだよ」
そう確認して、俺たちは凜と一緒に受付へ行く。
すると、ナンシーさんが笑顔で、こちらに対応してくれる。
「ようこそ、駅前〇〇支部の冒険者ギルドへ。ご登録ですか?」
「はい、妹の登録をお願いします」
「畏まりました、ではこちらに必要事項をご記入ください」
そう言って、紙の書類一枚とボールペンを渡してくれる。
俺は、妹の前にそれを出し、記入するように促していると悠太が声をかけてきた。
「じゃあ、これに『おいおいおい』……なんだよ」
「あ、あれ……」
驚いた表情で、指さす先にいたのは女優の『大篠ユミカ』だった。
そんなに芸能人に詳しくない俺でも知っている女優が、俺たちの隣で知り合いか友達の女性の冒険者登録を見守っている。
そこにいた俺たち全員が、その二人を見て固まってしまった。
そして、俺たちが見つめていた行為を不快に思ったのだろう、大篠ユミカから注意されてしまう。
「あの、そんなにじっと見られると困るんですが……」
「あ、す、すみません!」
「げ、芸能人って初めて生で見たもので……」
俺と悠太が最初に謝り、その後から女性陣も謝っていた。
そして、俺は凜に登録を促し、凜も登録用紙に記入し始めた。
そのタイミングを見計らって、ナンシーさんが俺に話しかけてくる。
「コータ君、神社でワークさんから聞いたと思うけど、ギルドカードの表示が変わるの。ここで変えてしまう?」
そういえば、ワークさんがそんなこと言っていたな。
せっかくナンシーさんがやってくれるみたいだし、ここで変えてもらおうかな。
俺は、ポケットから冒険者ギルドカードを取り出し、ナンシーさんに提出する。
「ナンシーさん、お願いします」
「はい、少々お待ちくださいね?」
ナンシーさんはそう言うと、受付の後ろに用意してあったコンビニのコピー機の様なものにある差込口へギルドカードを入れる。
すると、それはギルドカードをのみこみ、それ全体が青い光を何回か点滅させた後、ギルドカードを外へ出した。
ナンシーさんは、その外に出されたギルドカードを確認して、俺に返してくれる。
「どうぞ、コータ君。
これで、ギルドカードの表示変更は完了よ。確認してみて」
俺はさっそく、ギルドカードを確認する。
……みんなが覗いている中で……。
今日は、ここまで。
次回は、表示変更されたコータ君のギルドカードを紹介。
第56話を読んでくれてありがとう。
次回もよろしくお願いします。




