世界から目を閉じる
この世界から目を閉じる
藍川秀一
部屋に一人でいると、時間の流れが遅く感じる。止まっているとまでは言わないが、限りなく遅い。それはまるで、覚えのない探し物を宛もなく探すような、途方のないなにかがのしかかってくる。静かな部屋に響き渡る雑音は、よく耳に入った。いつまでも回っている換気扇や、エアコンの音、そのどれもが鮮明に聞こえる。
そして、空白にも似た感情だけが、胸の奥に残る。
静かな部屋に別の音を鳴らすため、テレビをつけた。どのチャンネルを回してみても、似たようなニュースしかやっていない。繰り返しともいうべきか、みたことのある情報ばかりで、より不快な感情が芽生えた。
耳障りな音を聞くより、無音の方がマシだと気がつき、テレビを消す。音が消えると、明かりまでもが目障りとなり、電灯を消す。
音も、光も消えると、自然と目を閉じたくなってくる。まどろみという悪魔が、背後から迫り来る。そしていつの間にか、暗い深淵の中に沈んでいた。
ふと、目を開けると、暗闇が辺りを包み込んでいた。手元を探り、携帯を探すが見つからない。といあえず立ち上がり、背伸びをしながら、ボヤッとしている頭の中を落ち着かせる。
今、何時なのだろう。
光がまるで差し込んでいないことから、太陽が空へと上がっていないことはわかる。長い間眠り、深夜になっているのかも知れない。手探りで辺りを確認しながら、洗面所へと向かう。まだ視界がボヤけているせいか、鏡に映る自分の姿がよく見えなかった。蛇口を絞り、顔を洗う。少しだが、意識がはっきりとしてくる。それと暗闇に慣れてきたせいか、うす暗く部屋が見えるようになってくる。
やけに、静かだった。
音という存在が、世界から拒絶されたように、無音の空間が広がっている。つけっぱなしにしているはずの換気扇の音も、どうしてか聞こえない。いつもの見慣れた風景、それでもどこか、何かがおかしかった。
玄関の扉を開けて、外へと出る。目の前に見える電子柱や、手前に見える馬鹿でかい家。どれも見慣れたものではあるが、まるで切り離された写真をみているかのように、景色が動いていない。空を飛んでいる鳥や、羽ばたいている虫でさえ、停止していた。
時が止まった世界、なのだろうか?
辺りを少し歩いてみる。夢にしてはやけに鮮明で、意識をはっきりと保つことができていた。どこをみても、何もかもが同じように、止まっている。
僕だけが、世界から場外されている。
でもそれは心の中で、ずっと考えていたことだ。
僕はやっとこのくだらない世界から、跡形もなく消えることができたんだ。
〈了〉