教師たる者その2【理不尽には耐えられる人になりましょう】
――夢を、見ていた。
遠い遠い、昔の夢を。
俺はまだあえかな子供で、臆病で、泣き虫で、怠惰で。
迫り来る恐怖にはただ怯えて身を竦めるだけで、社会への不平不安を垂れ流すクソ餓鬼で。
被害者感情は強いくせに、自分の加害者性には眼をつむって。そんな子供だった。
そんな子供が一人で教室で泣いていたところで、クラスメイトは愚か担任の先生すら声をかけてくれない。ただ泣き続けることしか、傲慢な子供に残された選択肢は無かった。ただ、何の気まぐれか分からないが、そんな奴にもかける慈悲ってやつをカミサマは残してくれていたみたいで。
(――キミ、どうしたんだい?)
その一言が、たった一言が、絶望のふちに居た子供にとってどれだけ大きいものだったのか。
先生、きっとあなたにも想像がつかないでしょうね。
俺だけの、大切な記憶。
日常思い出すことはそう多くはないけれど、ふとした時、仕事が上手くいかなくて落ち込んだ時、そういう時に限って浮かんでくる記憶のうたかた。
そんな宝物のような記憶があっても、それでもなお、時々貴女に会いたいと思ってしまうのは。
もしかしたら、俺はまだ餓鬼のままなのかもしれないですね、先生。
……い……
「……んんぅ」
……ぱい……
「……マナスルぱいぱい?」
「起きろ社会不適合のおっぱい狂が!」
「いてぇっ!」
思いっきり頭を叩かれた衝撃を感じて、俺は眼を覚ました。
すぐさま眼に飛び込んできたのは、なんかうにょうにょとしている世界と、なぜか身構えて息を荒くしているエビちゃんだった。どう考えても俺の頭をはたいたのは彼女だろう。
「エビちゃーん、体罰はいかんよ体罰は」
「やかましいです! 今まで先輩以外に振るったことなんて一度もありませんよ! ……そんなことより、周りを見てください」
未だにぼんやりとする頭を励ましながら、ゆっくりと周りを見渡してみると、やっぱりうにょうにょしていた。こう、某国民的漫画のタイムマシンに乗ってる時のような、空間自体が歪んでるというか、人知の計り知れぬ世界がそこに広がっている。きっと史上初の宇宙飛行に成功したガガーリンも同じような気持ちになっていたに違いない。地球は青かった、そしてエビちゃんのパンツはいちごだった。
おお、どうしてこうなったのかを思い出した。
図書室で謎の本から発せられる謎の光に吸い込まれたんだっけ、エビちゃんのパンツのせいで。あんまりしつこく言うと今度こそ頭をかち割られそうなのでここらでやめにしておこう。とにかく、色々あったが、信じられないことに我々はあの本の中に吸い込まれてしまったらしい。そして目覚めたらこのうにょうにょが、というわけだ。
「どこなんでしょう、ここ……」
「さてね。少なくとも学校の図書室でないことだけは確かだねぇ」
そう言いつつ、俺は気を落ち着けるためにポケットから煙草を取り出した。
「こんな時によく煙草なんて吸えますね。……ていうか、先輩って煙草吸うんですね」
「こんな時だからこそ一服一服。あれ、知らなかったっけ? もしかしてエビちゃんって煙草ダメな人?」
「いえ、取り立ててダメではないですけど……吸う人を選んで印象が変わるかもしれないですね」
「俺は?」
「うーん……まるで某猫型ロボットが実は競馬狂いの中年オヤジだということが判明した気分ですね」
「そりゃつまり幻滅したってことだよね」
「いや、幻滅というかなんというか、複雑な気持ちです」
周りの風景にそぐわぬ、ほのぼのとした会話だった。でも、やっぱり煙草に火をつけるためにライターを探す俺の手は少し震えている。恐怖というよりも、あまりのことに体が全力で平常心を取り戻そうとしているかのような動きだった。……あれ、ポケットにライターがない。そう言えば、さっき図書室でどたばたしている時に何か落としたような気もする。切らしているからといってどうにかなるほどのニコチン中毒ではないが、吸えないなら吸えないでなんとなく物足りなく思えてくるのが、32歳喫煙者の俺だった。生徒からはくさいくさい言われるので学校では吸わない(というか全面禁煙で吸えない)ようにしていたが、家では止める恋人もいないので好きに吸っていたものだった。
「残念だが、ライターが無ければ煙草は吸えないか」
「なんじゃお主、火が欲しいのかの?」
「ああ、そりゃ煙草は火が無いと吸えないからな」
「ほれ」
「おっ、サンキュ」
はー、やっぱり美味い。この体中に有害物質が染み渡っていく感じは、他の何物にも代えがたい。束の間の快楽だと分かってはいるが、それでもこの瞬間のために煙草はやめられない。空に浮かぶ紫煙を眺めるのもやめられない。身体に害があることは百も承知だが、もともと身体に良い生活ばかりを送っているわけでもないので、正直気にしたことはない。
「せ、先輩」
「なんだ? まさかエビちゃんも吸いたいのか? だめだぞ中学生が煙草なんか吸っちゃ」
「誰が中学生ですかっ! そうじゃなくて、あの、えっと、その娘……」
「ん?」
エビちゃんに指差された方向を見ると、俺に火をくれたさっきの着物服の少女の姿がそこにあった。いやーしかしたまたま火を持ってる人がいて良かった。まあなんかライターとかって言うよりも人差し指の先から炎が出ていたような気がしないでもないけど、煙草を吸うことの前にはそんなことは些細なことよ。
……と現実逃避してるわけにもいきませんよねぇ。
「えーっと、君は? 中等部の子かな? 君もあの図書室にいたのかい、夜だったっていうのに」
「なんじゃ、余を童と勘違いしておるのかえ。そうさのう……そこな小娘、近う寄れ」
「わ、私?」
少女に手招きされたエビちゃんが、恐る恐る少女に近づくと、少女はエビちゃんの頭に向けてぐぐっと手を伸ばした。
「――Растет кошачьи уши」
少女が呟いたのは、どこかで聴いたことはあるが、余り耳慣れない言語であった。
その瞬間、ぽんっと、エビちゃんの頭から猫耳が生えた。
24歳、猫耳。正直、ぎりぎりである。
「え、えええええええええええええ!?」
エビちゃんのつんざくような悲鳴に、俺と少女は同じタイミングで耳をふさいだ。うわっ、煙草熱っ!
耳を軽く火傷した俺にはお構いなく、エビちゃんはこちらが逆に動揺してしまうほどの混乱を見せていた。まあ突然に自分の頭から猫耳が生えたら驚きもするか。あ、ぴくぴく動いてる耳可愛い。
「なななな、なんですかこれ! 先輩、取ってください!」
「えー……無茶言わないでよ非常識だな」
「むしろなんでそんなに冷静なんですか!?」
教員たるもの、いつ如何なる時も冷静であれとさっき伝えたばかりなのに、まったく慌しいことですわね。そんなことじゃお姉さまに叱られますわよ。
「などてお主はおなごみたいな口調なのじゃ」
「あれ……俺、今声に出してた?」
「ほほほ、声帯を震わすやり取りなど原始生命の行いよのう」
今まで(特にエビちゃんに)散々言われてきた俺だが、原始生命呼ばわりは始めてだなぁ。
「これで余が単なる童でないことは承知じゃの」
「うーむ……それでは、あなたは何者なんですかね」
エビちゃんは可哀そうではあるが、そんなことよりも今はこの少女の正体である。
「余か? そうさのう……そちたちの概念レベルにまで落として、敢て形容するなら、……しばし待て。今ぐぐるでの」
今ぐぐるって言ったかコイツ。
「おお、さような呼び方をされておったか。うむうむ、余はそちたちの言うところの、【真理】じゃ」
「真理……?」
「うむ。他にもヤハウェ、精霊、アトゥム、アヌ、アフラ・マズダ、原始天王、アマテラス……そうそう、アザトースなんて呼んだ者もおるのう」
なんてこったい。今この少女が挙げた名前は全て神の一柱……それも原初神と呼ばれる存在の固有名詞だ。このどう見ても中学生ぐらいのおかっぱの少女が、俺たちの信じてきた神だとでも言うのだろうか。
「うむ、お主の考え通りである。余の姿は、幸運にも余に拝謁できた者の印象で顕現するでの。……それにしてもかくのごとき喋り方は、そちたちの言の葉にどうもそぐわぬようじゃの。しばし待て。今あっぷでーとするでの」
今アップデートって言ったかコイツ。
「……よしっ、これでいいよねおにいちゃん!」
「ぶっ」
急にお兄ちゃん呼ばわりとは、急に神聖が無くなり過ぎなんじゃないですかね、カミサマよぅ。
「さっきも言ったよね? 余の姿は見ている人のイメージによって違うんだから、外見による神聖さなんて正直どうでもいいんだよ。まあつまり、お兄ちゃんは深層心理でこれくらいの年の娘をカミサマとして崇拝してるロリコン野郎ってことだね!」
「ぐふっ」
「うわー……先輩ってやっぱりロリコンだったんですね」
「ロリコンちゃうわ! っていうかお前、さっきまで涙目だったくせにもう回復してんじゃねぇか!」
「えー、だってこれ取れないんですもん」
猫耳を自分の手でびよんびよんしながら、エビちゃんは諦めたように笑った。
「性的志向と深層心理の信仰はまったく別物だから、正確にはロリコンじゃないけどね!」
「じゃあ言うなこのアホ神」
「ひどーい! 仮にも創造神に向かって! シュリンプのお姉ちゃんもそう思うよね!」
「シュリンプのお姉ちゃん……?」
エビちゃんの顔がひきつっている。珍しい。脳内のSDカードに保存しとこう。
「気にするな、コイツはどうせグーグル翻訳に頼ってるだけだから」
「気にしますよ……、大体この猫耳とか、先輩の心を読んでることとか……ぷっ、ロリコン……まあ諸々のことであなたが普通の女の子じゃないことは認めますけど、まずここはどこなんですか、教えてくださいよ」
「さり気にばかにしたよな今」
「ここはね、お兄ちゃんたちの概念でいうと、世界と別の世界を繋ぐ廊下みたいな場所だよ! 別の世界に移りたい人が、余の審判を受けるところなの」
「一人称は変わらないんだな」
「廊下……? それよりも、別の世界に移り「たい」人って言いました? 私たちは別に、そんなことを望んでここに来たわけじゃないんですけど」
「無視しないでくれー」
「――いいえ、望みました」
少女の雰囲気が、肌で感じ取れるほど変わった。
今までのおちゃらけた雰囲気から、神と呼ばれるのに相応しい凛としたたたずまいに。
「あなたたちが通ってきた【世界の輪】は、望まない者の前に現れることはありません。人類の恒常的な進化のために、特異的固体の創造のためのシステムとして、我々造物主が創り上げたものなのですから」
「世界の輪……」
「そうです、そこをくぐり抜けし者こそ、人類の先達。世界と世界を渡ることで、特殊な因果を身につけし者たち。あなたたちが歴史の転換点とみなす瞬間には、必ず彼らの姿があります。人類種が著しい進化を遂げる時、そこには大いなる意思が介在しています。それは神の恩恵であり、呪いです。……考えたことはありますか? 人類はなぜ火を使うことが出来たのですか? なぜ青銅器から鉄器へと発達したのですか? 銃は? 飛行機は? 核兵器は? 孔子は? ブッダは? ガリレオは? マルクスは? ニュートンは? アレキサンドロスは? シュメール人は? イエスは?」
壊れたように名詞を次から次へと口に出す少女は、狂気を孕みながらも神聖だった。
「カルチュラル・シンギュラリティってやつか……」
「なんですか、それ……」
「文化的特異点。その後の世界の文化や文明を一変させちまうような、パラダイムシフトを起こした出来事や人物のことを指す用語だよ。……だがな、カミサマよ。やっぱり俺たちは、そんなこと望んでここに来たわけじゃねぇよ」
「望んだんだよ」
元の少女の口調に戻って、少女は笑った。
「これは造物主の恩恵なんだよ。世界を渡りたいって思ったら、目の前に【世界の輪】が現れるシステムなんだよ。これは絶対なんだよ」
「……やっぱり、そんなこと望んじゃ」
「――ここではないどこか」
「……エビちゃん、なんだって?」
「ここではないどこかに行きたいって、先輩、さっき私たちが読んでいた小説そのものじゃないですか」
「異世界転移ってことか? でもそんなこと言ったら、ああいう小説を読んでる奴なんか他にもいくらだって……」
「つまり、積み重なりってわけだね。一個の一個の思いは強くなくても、読むたび読むたび、その夢想が折り重なって、ねじれて、縒られて、強くなって。人の業――因果と一緒だね。願いは、祈りだよ。強い祈りは、神に届くんだよ。良かったね、人類」
「……まったく、ありがたい話だねぇ」
それじゃあ何かい、俺とエビちゃんが異世界転移ものを読みすぎたせいで、その祈りってやつが強くなって、しかも二人分だったからここに呼び出されちまったってわけかい。
「まあ、そうなるね。でも、もちろん相性はあるよ。どんなに願いが強かろうと、信仰が激しかろうと、余と波長が合わない者はここには呼ばれない。お兄ちゃんたちは、相性が良かったってことなんだね、やったね!」
「嬉しかねぇなぁ。ちなみに、今までの話だと、元の世界には戻れるんだよな」
「戻れるよ、世界を渡って因果を帯びた後ならね」
「……ちなみに、今戻りたいって言った場合は?」
エビちゃんが、何となく答えは分かっているような震えた声音で聞いた。
「うーん……ごめんね、そういうパターンはぷろぐらむされてないんだ。みんな望んでここに来るから、そういう状態がまずあり得ないの。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、もしかしたら、どっちかの願いが強すぎて、もう片方は巻き込まれちゃったのかもね」
どっちかの? 俺は、そんなこと望んじゃいなかった。ということは必然的にエビちゃんの――待てよ?
(――キミ、どうしたんだい?)
夢で聴いた、あの声がよみがえる。ここではないどこか、それがもし、貴女に会える世界なのだとしたら。
……まさかな。
「無理やりにでも帰るって言ったら?」
「永久にこの空間をさまようことになるかな?」
この少女、可愛い顔して言うことが恐すぎるよなぁ。
「なんだかなー、望まれて呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンのはずなのに、こんなに嫌がられるとへこんじゃうなぁ……」
「あ、いえ、ごめんなさい、貴女を困らせたいわけじゃなくてね」
うん、エビちゃんは教員だけあって子供の涙にずいぶんと弱い。
勝因ありと見たのか、泣きそうになっていた少女がここぞとばかりに攻勢に出てくる。
「そんな悪い話じゃないよ。ここを渡る人類は、みんな余から賜物を授かってから異世界へ渡るんだから」
「賜物?」
「ちーとってやつだね。異世界に渡ってはいすぐ死にましたーとか、不幸になりましたーってんじゃ、因果を身に帯びるどころの話じゃないからね。だから、さすがに望むままとはいかないけど、それに近い形で望みをかなえてくれる形の力を渡すよ。お兄ちゃんたちはどんなことを望む?」
「つってもなぁ、渡る世界がどんな世界かわかんねぇし……」
「ごめんね、それは完全にランダムだから、余にも決められないの」
「ポンコツ」
「さっきからお兄ちゃん失礼だよね!」
きーきーわめく少女を尻目に、俺とエビちゃんは目線を交わす。これからどんな世界に放り出されるかも分からないなら、なおさら望みは慎重に考えなきゃいけねぇわけだし。二人で相談して……
「あ、ごめん、賜物タイマーがあと10秒だよ」
「「賜物タイマー!?」」
とんでもないものの存在に、思わず俺とエビちゃんの声が重なる。少女は悪戯っ子のような表情をして、カウントダウンを始めた。
「9、8、7、6」
「待て待て待て待てぇい!」
本当に10秒なのかよ!
「別に無しでも良いんだよ……4、3、2」
あ、やば、こんな時に限って頭が真っ白。願い、願い、あ、いちごパンツが、願い、願い。
「ギャルのパンティおく」
「――異世界でも教育の仕事をさせてくださいっ!」
とち狂って意味不明な願いをしそうだった俺の声に被せるように、エビちゃんの声が響く。あ、なるほど。教育ね。そりゃね、今持ってるスキルは最大限使えそうだし、
「教育ね、オッケー。教育するのに言語が統一されてなかったら色々と困るだろうから、ほんやくこんにゃ……全自動翻訳スキルをつけとくね。あとその世界の文字を書くためのスキルも。もし生活してて、教育にはこんなスキルが必要だなーと思ったら、自動で……いや、やっぱり面白そうだから余が直接スキルを渡しに行くシステムにしとくね」
「面白がってますわよこの娘」
「あのー、ところで私のこの耳はこのままなんでしょうか」
ああ、そう言えば忘れてた。今でもエビちゃんの頭に猫耳が生えているんだった。別に元の耳が無くなったわけではないから、本当にアクセサリ的な、ただの可愛さアピールのためのアイテムでしかない。
「いいじゃねぇか、可愛いし」
「かわっ……ちなみに、それもセクハラですからね」
世知辛いのう。
俺たちのやり取りをけらけら笑いながら聞いていた少女は、エビちゃんに見つめられて神妙な顔になって首を振った。
「んーん、可哀そうだから取ってあげるよ」
ぱんっ、と少女が手を叩くと、いつの間にかエビちゃんの猫耳が消えていた。安堵に胸を撫で下ろす彼女の姿に、俺はなぜか物足りなさを感じるのだった。
「ロリコンな上に猫耳フェチじゃ救いがないね!……おっと、そろそろ時間だね」
俺たちを、ここに来た時と同じような強い光が包む。今回は本からではなくて、俺たちが立っているところに瞬時に魔方陣のようなものが刻まれ、それが強い光を放っているのであった。徐々に、また引きずられるような感覚が身を包む。
「カミサマよぅ」
「ん? なーに、お兄ちゃん」
「最後に、教えてくれねぇか。おまえは、こんなことまでして人類を進化させてどうしたいんだよ。遊び相手でも欲しいのか?」
「あはははっ、当らずとも遠からずってところだね。――良いよ、教えてあげる。それは本来お兄ちゃんたちの物語、因果ではないけど、もしかしたら億が一、いや兆が一くらいの確率でたどり着けるかもしれないからね。もしも、お兄ちゃんたちが比類なく進化して、余の次元に到達せしめ、余に自力で相対することが出来るようになったら――」
その時、光が急に強くなり、俺たちはほぼ全身が飲み込まれた。
薄れゆく意識の中で、俺は聞いたように思う。
後で聞いた話になるが、この時エビちゃんも同じような言葉を聞いたらしいので、ほぼ確実である。
【世界の輪】と【世界の輪】の間で、人々に賜物を授ける少女。
いや、人によって老人に見えたり、人外に見えたり、それは少女の言うとおり様々なのだろう。
ただ俺たちに解るのは、俺たちとはまるで次元が違う存在だということ。
そんな、少女の最後の言葉。
たしかに、少女はこう言った。
(……その時は、余のことを殺しにきてね。余の愛し子たちよ。母を、父を殺しにくるがいい。人類は、それが得意だろう?)
まったく、お断りだね。神殺しや父殺し? そんなものは神話の世界の役割だ。俺たちの仕事は、生かし、育むことで、誰かを殺すことじゃねぇからな――とその場で言いたかったが、時間切れ。俺の意識はそこで飲み込まれた。
暗転。