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金色の魔法使い  作者: 小島もりたか
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六月三日(水) 午前九時

 運良く今日の正午時発の中国行きの飛行機のチケットを予約することができ、ヤンシーは一安心していた。昨日色々とあったせいか、昨夜は運よく泊まれたビジネスホテルのベッドに腰を下ろしてからの記憶がない。その代わり、今朝の目覚めはここ最近で一番良かった。このまま順調にいけば、なんとか今回の任務は問題なく終わることができそうだ。

 部屋に備え付けられている小さな机では、チャンタイが読めもしない日本の新聞紙を広げて熱心に眺めている。


「もうすぐ出発する。準備はできているか?」

「おう」

とチャンタイは返事をするが、ヤンシーが見た様子だとトイレぐらいにしかいっていない。昨晩はシャワーも入らずに、自分より先に寝ていたようだがそれでいいのだろうか。いや、汗の臭いが気になってきている。正直に言うと――既に本人には伝えていたが――シャワーを浴びで、服も替えて欲しかった。


「出発前にせめて荷物の確認ぐらいはしておいてくれよ」


 そう言って睨むとチャンタイはしぶしぶ荷物の確認を始める。ごそごそとリュックから出さずに荷物をほじくり返すだけで確認するチャンタイにヤンシーは小さく溜息をつく。


「あれ?」


 小さくチャンタイが声を上げる。リュックから荷物を出し始めた。


「どうしたんだ?」


 そうヤンシーが声を掛ける頃には、狭い部屋の床はチャンタイの荷物で一杯になっていた。

 どこか青ざめたチャンタイの顔を見て、咄嗟に拳銃を探す。拳銃は床に座っているチャンタイの膝付近にあった。一安心する。しかしヤンシーの顔を見上げるチャンタイの顔は焦燥に溢れていた。


「ないんだ……」

「何が……まさか、ピアスが……?」


 それを聴いてはっとし、チャンタイは自分の財布を開く。


「あ、ピアスもない……」

「貸せっ!」


 チャンタイから財布をぶん取った。小銭入れの中にもない。札入れにも、他のポケットにもピアスの影はない。


「何してんだ!」


 ヤンシーは怒鳴ったがチャンタイはそれを気にも留めず、別の物を探す。


「嘘付け、ヤンシー、お前が盗んだんだろ?」

「はぁあ?」


 ヤンシーは思わず素っ頓狂な声を上げた。そんな発想、微塵も思いつかなかった。

 そんなヤンシーをチャンタイは心底恨みがましく睨む。


「ヤンシー、俺のペンも盗んだろ?」

「何馬鹿なこと言ってんだ!」


 再び怒鳴るヤンシーにチャンタイは諭すように言う。


「僕の分は隠してていいよ、しょうがないからペンはあげるよ。僕は心が広いからね。でもペンがないと拳銃を持って本国に帰れない。チェックインの時だけは使わせてね」

「待て待て、俺は盗んでない」

「やれやれ、盗んだ人は皆そう言うんだ」

「盗んでなくてもそう言うわ! 寧ろ盗んでなくて『盗んでます』って言うのは逆に嘘ついてることになるじゃねえか!」

「ヤンシーには色々とお世話になってると思うしね、今回ぐらい許してあげるよ。でも流石にピアスはダメだよ。手柄を一人占めする気だったの?」

「~~っ!」


 更に怒鳴りたい気持ちに駆られたが、寸前の所でヤンシーは抑える。気が付くと肩で息をしている。手も震えていた。

 言いたいことのほぼ全てを抑え込み、一つのことだけに絞る。発した声は、喉が締め付けられた様なものになった。


「それで、本当にピアスがなくなったんだな? 財布以外に仕舞った記憶はないんだな?」

「ないに決まってるじゃないか」


 ケロリとチャンタイは言葉を返し、ヤンシーに手を差し出した。その態度がさらに苛立ちを湧きあがらせる。


「……なんだ?」

「返してよ、僕の分のピアス」


 あのなぁ、と言いかけて止める。一度、自分は一つしか持っていないことを見せた方が良いと判断したからだ。見せた所で、「他の場所に隠しただけでしょ?」と言われるのは分かっていたが、取敢えず見せることにする。

 ヤンシーは自分の分のピアスは、奪った相手が使っていた、高級品のアクセサリーを入れるケースに仕舞っていた。それを自分のバックの鍵付きのポケットから取り出して、ヤンシーに中身が見えるように開いて見せる。


「ほら、一つしかねぇだろ」

「……どこにあるの?」


 チャンタイは不思議そうな声を上げた。


「何言ってんだ、あるだろ?」


 自分のケースの中を覗く。ケースは奪って以来、鍵のついたポケットから出していない。ケースは頑丈で、作りもしっかりしているのでポケットの中で勝手に開くこともないはずだ。だからケースからピアスがなくなっているなんてことはあり得ない。自分はしっかりとピアスをケースの中に収納したのだから。

 しかし、ケースを覗くとピアスはそこになかった。

 焦ってポケットやバックの中身を全て出して確認するが、どこからもピアスは出てこない。


「な……な……っ」


 自然と声が震えていた。頭が真っ白になっていた。


 ――何故?

   俺は確実にピアスをしまった。

   鍵の番号は俺しか知らないし、一度も出していないのに……なんで……?


 更に思い出して自分の分のペンを探す。それはなくしていなかった。思わず安堵の溜息が出る。


「なんだ、隠した場所も忘れたのかい?」


 チャンタイが呆れたように声を上げる。


「うるさい! 両方なくしたお前に言われたくない!」

「とりあえず、早く出なきゃ。帰りの飛行機に間に合わないよ」

「何馬鹿なこと言ってるんだ。帰れる訳ないだろ!」


 瞬時にチャンタイの顔が絶望的な表情に変わる。


「へ? 帰れないの?」

「当たり前だ! お前はペンまでなくすし、こんな失敗したまま帰れるか!」


 チャンタイの悲鳴が廊下まで響く。ヤンシーはそれすら聞こえない程、思考に集中する。


 ――このままではボスに面目が立たない。なんとかしなければ……。

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