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金色の魔法使い  作者: 小島もりたか
5/18

六月二日(火) 午後六時

 しばらくお互い無言のまま桃川上流に向かって土手の道を走り、河川敷に下りて自転車を止めた。

 改めて彼女と対峙する。


「やっぱり」

「分かってたんだ、流石桜井君」


 今朝教室で現れた姿で、星野光は照れたように笑った。


「さっきはありがとう、格好良かったよ」

「素の桜井君は格好良いけど、パニックになってる時は可愛かったよ」

「それは男子としてはかなり恥ずかしい部分に入るので、是非とも忘れて頂きたい……」


 初めてまともに話したのに、案外普通に話せている事実に春斗は内心驚いていたが、普段なら絶対照れるか否定している言葉が頭に入っていない位には緊張かつ動揺していた。


「それは……嫌だなぁ」


 そんな春斗に光は悪戯っぽく笑う。


「あ、そういえば、これ――」


 春斗はレジ袋から極細パッキーを一箱取り出し、光に差し出す。


「今朝はごめん」


 光は一瞬顔を輝かせてすんなり受け取ろうとしたが、寸前のところで何かを思い出したかのように顔をしかめ受け取ろうとした手を引っ込めた。


「いいよいいよ、私も桜井君に見惚れて、ぼーっとしてたのが悪いし……」

「いやいや、僕が星野さんに見惚れてたのが悪い――あ……」


 春斗は自分の耳の先が熱くなるのを感じた。


 ――僕、今、もの凄い恥ずかしいこと言った……。


 慌てて外した視線を光に戻すと、光も照れたのか頬を赤く紅潮させている。


「と、とりあえず、僕の気がすまないから、これ受け取って? ね?」

「うん……ありがとう……」


 押しつけるようにお菓子の箱を渡すと、光は受け取り大事そうに両手でその箱を抱きしめた。


「一生の宝物にするね」


 そして満面の笑みを春斗に返す。その笑顔に春斗は更に頬を赤らめた。


「いや食べようよ」

「ううん、大事に取っとく!」

「食べ物だよ?」

「そうだけど、食べれないよ! 大丈夫、保存はしっかりするから!」

「そういう問題でもない気が……」

「桜井君と再開してから初めてもらった物理的な物だよ? 食べ物といえど食べれる訳ないよ!」

「僕に貰ったから……?」

「そうだよ! 私は一生桜井君に添い遂げたい位、桜井君が好きだよ!」

「え……っ」


 突然の告白に春斗は目を白黒させた。その瞳を光は逃さない。


「私はずっと君と出逢えるのを待っていました。……桜井君は?」


 瞬間、春斗の脳裏に覚えのない記憶が蘇る――夕方の公園。虚ろな目をして夕日を眺める金髪金眼の少女。夕焼け空に開いた巨大な穴。


 ――なんだこれ……?


 疑問に思ったのも束の間、春斗は無意識に言葉を返していた。


「僕も……」


 それは確かに事実だったのだが、それを無意識に返した自分に春斗は驚く。しかしその驚きも、彼女の姿ですぐに忘れ去られた。

 微笑んだ光の髪が風になびく。

 なびいた先から髪の色が抜けていく。

 瞳の色が抜けながら、お互いの視線が近くなる。

 気がつくと、強い光を放つ金色の瞳がそこにあった。


「おでこ、違和感無い?」


 光は優しく春斗の前髪を掻き上げると、そっと額の端に触れた。光の柔らかい指が触れた途端、額から足先にかけて電流が走ったかのような衝撃に襲われた。


「?!」

「ご、ごめん!」


 倒れそうになる春斗を、光は腕を掴んで支えた。


「大丈夫?」

「うん……大丈夫。なんか、ごめんね……」

「ううん、急に触った私が悪いの。本当に、ごめん」


 心底申し訳なさそうに、そして春斗の体調を心配して光は春斗の顔を覗きこむ。


「……朝も思ったけど、綺麗な瞳だね」

「――っ、ありがとう……」


 照れたように光は笑った。

その表情を見て、春斗は不思議と先ほどの痛みは忘れて、心底嬉しい気分になった。温かい気持ちのまま光を見つめていると、不意に光の姿が歪んだ。


「――ん?」


 初めは何故か涙が滲んだのかと思い、思わず春斗は目を擦った。再びツキツキと額の瘤が痛み始める。


 ――あれ? 涙じゃない。


 春斗は再び目を擦り、光の後ろの景色を確認する。振り向いた反動ですら、瘤が痛んだ。


 ――歪んでる?


「どうかした?」


 首を傾げる光に春斗は背後を指差した。


「いや、その辺の景色が歪んで見えてさ、目がおかしくなったのかなって……」


 頭をぶつけた影響が今頃きたのかと思い始めた瞬間、光が目を瞬いた。


「あれ、見える?」

「何が?」

「歪みが」

「――歪み?」

「うん」


 光は頷き、先ほど春斗が指差した方向をしっかりと指差す。

 まるで普通紙にカラー印刷した写真が水滴で滲むように、桃川の景色の一部が歪んでいた。話している間にも景色の歪みは酷くなり、本来見える景色が何か分からないものにまでなっていく。


「僕の目がおかしいんじゃなくて?」

「違うよ、本当に歪んでるの――時空が」


 先ほどのテンションとは一転、無表情に近い表情で光は説明する。


「時空?」


 光は何やら悩んだ様にぶつぶつと言った後、どこからか極細パッキーを一本取り出した。


 ――ここでパッキー?


 歪みに向かって軽くパッキーを振り上げる。


「もうすぐ出てくるよ」

「え……?」


 どこからともなく生温かい風が吹き、光の髪を巻き上げる。キラキラと金色の髪が舞う。不思議とその風の臭いは、春斗に懐かしさを感じさせた。

 時空の歪みが限界に達する。

 突然景色が戻ったかと思うと、窓ガラスに罅が入る様に景色にパキリと罅が走った。

 罅は直径二メートル程広がり――割れた。


「何が起きてるんだ……?」


 空から弾けた風景の破片が春斗の眼前に舞堕ちる。

 まるで世界の終焉を彷彿させる風景だった。

 『異世界』という言葉が春斗の脳裏を過った。

 割れた空間の先には、光を吸い込む様に真っ暗な空間が広がっていた。その先から、広がった穴の面積目一杯に蛆の様な物が顔を出す。顔に当たる部分が赤褐色で胴体部は乳白色の人間の六歳児程度の大きさのその生物らは、こちらの空間にやってくるために、我先にと犇めきあっている。それぞれが黒板を爪で引っ掻いたような音で鳴き喚き、視覚的にも聴覚的にも不快感が強かった。

 あまりの気持ち悪さに、春斗は思わず一歩退く。


「この気持ち悪いのは『バグ』。それとあの穴が『時空のワームホール』」

「うん……?」


 春斗が光の説明に曖昧に頷いた瞬間、蛆が一匹穴から躍り出た。光がパッキーを振るう。塵も音もなく、蛆が焼け消える。


「こいつらはね、異次元からやってくるの」


 一匹、また一匹と蛆が舞堕ちてくる。蛆が穴から出る度に光はパッキーを振るい、焼き消していく。出てくる蛆の量は時が経つにつれ増えていったが、光はどれも的確に消却していく。


「このバグっていうのはこの世界の魔力を食べに来てるの。食べられ過ぎると、この世界が崩壊するから退治しなきゃいけない」

「はあ……」


 突然の展開に、春斗は先ほどの本気キチ騒動以上に、静かにパニックに陥る。


「……魔法ってあると思う?」


 今更の言葉で少し皮肉っぽく笑う光に、春斗はできるだけ冷静に言葉を返した。


「今使ってるのがそれじゃないの?」

「まあ大体そうなんだけど……話についてこれてる?」

「いや、寧ろついていけてる方が、普通じゃないと思う」

「じゃあ桜井君は『普通』だからついてこれてないってこと?」

「うん……申し訳ない」


 春斗の言葉に光は心底不思議そうな顔をする。


「ねえ、桜井君の『普通』って意味、今は何?」


 脈絡のない質問に、春斗は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。


「うーん……平均的とか一般的なことかな?」

「そっか、そうだよね……」


 どこか寂しげに光は頷くと、春斗に振り返りこれまたどこか寂しげに微笑んだ。


「ごめんね、こんな『普通じゃない』ことに居合わせさせちゃって……」

「……あ」


 光のその一言で春斗は急に嫌な汗が体中から湧きだした。先ほどまで忘れていた額の痛みが津波のように押し寄せ、口の中が一気に酸っぱくなる。


「う……ぅぐ……」


 胃にまだ若干残っていた昼間の弁当が喉の奥から出てくるのを必死に抑える。


「大丈夫?!」


 光が慌ててパッキーを水平方向に振るうと、それに合わせて蛆も一斉に焼き払われた。光は蛆の生存を確認することもなく春斗に駆け寄ると優しく背中を撫でた。


「ごめん、なんか格好悪いとこばっかりだ」


 本気キチの時といい、何一つ格好良い所を見せられていない自分を心底恥ずかしいと思った。


「仕方ない、仕方ない。寧ろ初めて見て対応できる方が普通じゃないから」

「いや……そうかもしれないけど、そうじゃなくて――うっ」


 せめてこれ以上は恥ずかしい姿は見せないと思ったが、その想いも虚しく全て喉の奥から吐き出された。背中を撫でる光の手だけが心地よく感じた。


「ごめん」

「もう大丈夫?」

「うん、なんとか」

「大変だったね」

「ホント、ごめん」

「仕方ない、出ちゃう時は出ちゃうよ」


 そう笑いながら言う光はパッキーを筆のように使い、壊れた空間に色を塗っていた。パッキーが振るわれる度に、バグによって破壊された景色が元の景色を取り戻していく。


「……何してるの?」

「時空の修復だよー。ここからまたバグが入ってきたらダメだからね」

「凄いね」

「補修率を考えないなら、時空のワームホール閉じるくらい一人前の魔法使いなら誰でもできるよ」

「へぇ……でも、やっぱり凄いよ」

「……ありがとう」


 春斗の素直な感想に、照れたように光は笑った。不思議と瘤の痛みはもうなくなっていた。


バグっていうのは、しょっちゅう出てくるの?」

「場所に寄るかな。魔力が多い場所には頻繁に出てくる。ここら辺は魔力が多い――魔力が高い人が多く集まってるけど、結界みたいなのが張ってあるから寧ろ少ないくらいかな」

「結界?」

「うん。バグ避けのね」

「魔力が高い人が多く集まってる?」

「桜庭学園は、日本に二カ所しかない魔法学校のうちの一つなの」

「へ?」


 春斗は目を点にする。桜庭学園には小等部時代から通っているが、そんな話は一度も聴いたことがなかった。


「それで桜庭司理事長は、日本の魔法使いの元締めだよ」

「……うちの学校って、なんか凄かったんだ…………」

「そうだよ。まあ知ってるのは魔法使いだけなんだけどね」


 少し皮肉っぽく光は笑う。


「そういえば、なんでここにバグが出たんだ? 偶然?」


 魔力が多い場所にバグが出るのなら、魔法使いが沢山いそうな桜庭学園に出そうな気がする。何故魔法使いが一人しかいないこちらにバグが出たのか疑問が残るところだ。

 少し気まずそうに光は頬を掻いた。


「私のせいかな……? 桜井君はこんなこと初めてだもんね?」

「うん、初めてだけど……星野さんのせい?」

「私、人よりかなり余分に魔力が高いから、一応抑えてはいるんだけど、やっぱり異次元の生物には感知されちゃうことがあるみたい」

「それって、星野さん大丈夫なの?」

「え?」


 何を言われたのか心底理解できていないように光は大きな目を瞬かせると、やっと理解ができて頬を薄赤く染め上げた。


「わ、私はそのかわり人の何倍も強いんだよっ」

「でもしょっちゅうあんなのに狙われてるってことだよね? 大変じゃない?」

「もう慣れてるから平気だよ」

「――」


 言葉を投げようとして、春斗は光に手で制止させられる。


「心配してくれてありがとう、桜井君。もう一度訊くけど、桜井君はバグみたいなのって初めてみるんだよね?」


 光は顎を引いて窺うように春斗を見た。その姿に一瞬見惚れる。


「うん、ないよ」


 自分が思い出せる限りの記憶を呼び起こしたが、今日みたいな生物に出くわした記憶は存在しなかった。


「そっか……」


 安心したように、しかしどこか寂しげに光は頷いた。


「ねえ美琴さん、どの辺り?」


 聞き覚えがある声に振り返ると、そこには賢人がいた。他に則雪とどこかで見た覚えのある女子生徒、そしてふわふわと宙を漂う二十歳前後の女性がいた。

 春斗は呆気に取られて何も言うことができなかった。何故か賢人も則雪も目の前に春斗がいるにも関わらず、春斗達を見るとか、声を掛けるとかそんなことをしようともしない。それ以前に目の前の春斗と光に気が付いていないように思えた。

 宙に漂う女性が光の背後を指差す。その時に女性と目が合ったが、一瞬微笑まれただけでこれまた特に反応はなかった。


「あの辺だよー」


 賢人達が駆け寄ってくる。ぶつからないことが不自然なくらいの距離になる。


「賢――」

「美琴さんっ、マジでここ?!」


 近づいてもなお、時空のワームホールが開いた空間を指差し続ける宙を漂う女性に則雪は首を傾げた。則雪は少し興奮していた。尋ねられた女性はおっとりと頷いた。


「そうだよぅ」

「すっげー! 開いた形跡がないくらい綺麗に直ってる!」


 賢人もじっくり眺め、深く頷いた。


「凄い、今まで見た中で一番綺麗だ」

「先生でもこんなに綺麗じゃないよね?」


 うんうん、と三人の生徒は頷き合う。


「あ……あの」


 またもや無視される。

 多少避けてはいたが、賢人も則雪ももう一人の女子生徒も一歩横にずれれば春斗か光とぶつかる位置で会話を続けていた。非常に気まずい位置である。

 宙を漂う女性はそんな春斗の様子を時折確認してはクスクスと笑んでいる。光も光でこの状況を楽しんでいるように笑んでいた。困り果てて光を見ると説明をしてくれた。


「魔法だよ。意識されなくなってるの」


 なんとなく納得して頷く。


「透明人間?」

「違うよ、私達が居るって認識されなくなってるだけ。でも無意識下では『何かある』って判断されてるからぶつかったりされない」


 春斗は宙に浮いた女性を指差す。


「あの浮いてる人には見えてるみたいだけど?」

「あの人は霊体で、こういう魔法効かないからね」


 その説明を聞いて女性は更に笑みを深める。


「美琴さんさっきから則雪の方チラチラ見てニヤニヤしてるけど、どうしたの?」

「ううん、何でもないよぅ」

「人の顔見て笑うとか、美琴さん酷い!」

「まあいつも変な顔だしな」

「更に酷ぇ!?」


 四人の様子を見て春斗は感心する。これが魔法の力なのかと。


「この魔法は誰でも使えるよ」

「え? そうなの?」


 光はポケットから一本の多機能ペンを取りだした。


「知り合いが作った魔具なんだけどね、こうやって――」


 光は春斗の腕にあった緑色の線の端にペン先を置いた。


 ――あれ、短くなってる?


 光は躊躇うことなくその線に同じく緑色で線を描き足していく。春斗が声を上げる隙もなかった。


「対象物に線を引いたりすることで発動するの。緑色は人から認識されなくなるってところかな」

「あ……」


 何となく納得する。

 そういえばコンビニを出る直前には腕にこの線があった。これは光の仕業だったのか。


「だから皆に気づかれなかったのか」

「そうそう」


 光は頷いてにっこりと微笑んだ。


「皆の記憶が替わってたのも、それのせい?」

「そう。シャーペンが暗示」

「魔法ってそんなこともできるんだね」

「便利でしょ?」

「犯罪とかに使われたらと思うと、ちょっと怖いかな」

「そのために魔法協会っていうのがあるんだよ」

「そんなのもあるんだ」

「そうだよ、魔法使いは皆所属しなきゃいけないんだよ」


 そうなんだ、と頷きすぐ隣をみた。相変わらず賢人達が現場検証の様なことを続けている。――ふと疑問ができた。


「あれ、もしかして賢人達ってそういう人達だったり……?」


 そうだよ、と光が頷く。春斗は賢人達の顔を、目を点にして覗いた。


「……マジか」

「マジだよ」

「全然知らなかった……」


 春斗は少なからず肩を落とした。賢人と則雪とは小等部以来の付き合いだが、初めて知ったことである。


「まあ、魔法使えない人達には普通言わないというか、寧ろ言ったらだめだからね」

「そうなんだ……」


 賢人達はすぐ傍にいる春斗達に気づきもせずに、自分達の仕事に集中している。指についている銀色の装飾具が目に付いた。

 そういえば、そこにいる生徒三名は右手の小指に同じような指輪をしている。お揃いで着けているのだろうか。学校ではアクセサリー類は特に禁止されているわけではないが、賢人が指輪をつけているのは少し意外に感じた。


 賢人達は一度も春斗達に気が付かないまま河川敷を後にした。


「そういえば、なんで気づかなくなる魔法使ったの?」


 光は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「説明がさ、面倒くさくて……」

「皆、星野さんが魔法使いって知らないの?」

「先生は知ってるよ。先生って言っても全員じゃないけどね」


 そう言って光は春斗の顔に自分の顔を近づけた。恥ずかしくて目を逸らしたいのに、瞳の力に負けて目が離せない。

 春斗の慌てる様子に微笑みながらも、光は上目遣いでそっと右手の人差指を自分の下唇に当てた。

 金色の髪が傾く太陽に透かされて綺麗だと思った。


「だから、私が魔法使いってことは誰にも言わないでね? 『彼氏さん(マイ・ダーリン)』」



 ***



 赤く夕日色に染まった桃川の土手道を愛犬のコロと歩く。クルリと巻いた尻尾をご機嫌に左右に振り、リードを弛む余裕がないぐらいに引っ張りながらコロは歩く。

 名前と同じようにコロコロとした体型をしているが、見かけによらずコロの足取りは軽い。


「もう、コロ。それは汚いよー」


 小汚いコンビニのビニール袋に顔を突っ込もうとしたコロを、瑞樹は強く引っ張って止めた。コロが土手道の雑草に顔を突っ込んだり、落ちているゴミに興味を持つのは毎度のことだ。

 散歩コースの桃川沿いにあるコンビニ、本気マートが見える場所まで来ると、様子がいつもと違うことに気がついた。


「何これ、万引き?」


 パトカーが数台、本気マートの駐車場に停められていた。

 本気マートの様子に気をとられた瞬間コロが勢いよく瑞樹を引っ張る。


「え、ちょっと!」


 瑞樹は体勢を立て直して引っ張り返すが、コロも全力でリードを引っ張っているのか引き負けてしまう。時折発揮される、中型犬に分類される柴犬の本気の力に瑞樹は毎度のことながら驚く。


「拾い食いはダメだってー!」


 柔らかい石をコンクリートで引っ掻いたような音をたてながら、コロは少しずつ前進する。コロは河川敷に下りるための階段を下りようとしていた。

 コロの向かう先に、何か美味しい匂いのするものがないかと探してみると、やはり落ちていた。本気キチが入っていた袋が、落ちているレジ袋から覗いている。しかも大量に。

 十中八九、河川敷に下りた人間が帰る時に脇に捨てたのだろう。


「すぐ先に本気マートあるのに、なんでゴミ箱に捨てないのー!」


 その場に居もしないマナーの悪い人間に一人毒づく瑞樹。


「あれ?」


 ふとそのゴミと同じ高さの階段の端に、小さく光る物を見つけた。

 階段を下りようと宙を掻くコロの前足がそれに触れる寸前のところで、コロの散歩用バックから対コロ用最終兵器を取り出す。


「コロ、ジャーキー!」


 コロは瑞樹の言葉に振り向き、ジャーキーの存在を認めるや否や、瑞樹が足元に置いた一本のジャーキーに飛びかかる。


「もう、食いしん坊」


 ジャーキーに武者ぶりつくコロを横目に、瑞樹は救出した光る物を拾い上げた。

 それは一つのピアスだった。

 長さの異なる金色の細い二本のチェーンに白や透明の石の様なモノが散りばめられている。そして、何より目についたのは、長い方のチェーンの先についているドロップ型の石の様な物だった。


「何これ、綺麗……」


 それは透明なようで透明でなかった。恐らく透明であると思うのだが、石を通して向こう側の景色は見ることができない。色は瑞樹が見たことがあるどんな色でもなかった。明るい色でもなければ、暗い色でもない。強いて例えるなら『瞼を閉じた時に見える色』だ。一瞬赤色に見えたと思えば、白色に見えたり黄色に見えたり――そんな捉えどころのない色。そんな『色』の中に、小さな光が群を成しながら無数に煌めいている。

 小さな宇宙の様に見えた。


「――っ」


 瑞樹は一目でそのピアスに魅了された。

 メインの石を包み込むようにそっとピアスを握る。コロが不思議そうに瑞樹を見上げていたが、瑞樹はそれに全く気がつかない。

 自分も着けてみたいと思った。

 普段ならば、高価に見える落し物は落とし主が探して困っているだろうと、素直に交番に届けようと思う瑞樹だったが、今回はそのピアスが落し物であることさえ忘れてしまっていた。

 その不思議なピアスに出逢ったことを運命の様に感じた。

 そもそも今回に限っては交番など行かずとも、目の前のコンビニに警察が来ていた。警察に届けようと思えば、すぐに届けることができた。


「見てコロ、綺麗でしょー?」


 コロの目の前に石をぶら下げて見せる。コロは匂いを嗅いだだけですぐに先を急かす様に瑞樹を引っ張り始めた。


「もう、我儘なんだからー」


 瑞樹は拾ったピアスを丁寧にポケットに仕舞い、コロの散歩を再開した。

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