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金色の魔法使い  作者: 小島もりたか
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六月四日(木) 午後五時三十分

 先生に頼まれたお使いの帰りに、晴希が知らない女子生徒と歩いている所を見つけた。前髪が少し長いが、全体は短い黒髪の黒縁眼鏡をかけた地味な女子生徒だ。晴希が好みの女子とは正反対だ。

 賢人は静かに尾行を始める――どうせ晴希に尾行がバレるのは分かってはいた。


 ――また春斗に気がある女子をいびるのか?


 春斗を溺愛しているのは分かるが、あまりに虐めが過ぎるのなら止めなければと静かに心に決める。

 二人は特殊棟五階の地学実験室に入っていった。


「何の用事ですか?」


 静かに警戒する女子生徒が先に口を開いた。


「これ」


 春斗はぶっきらぼうに女子生徒に爪楊枝を一本差し出した。


「つ、爪楊枝? なんなんですか、いきなり」


 女子生徒は気弱そうな表情から一転、強く晴希を睨む。


「知ってるんだろ、今からやること」


 爪楊枝を無理矢理渡すと晴希は茶色い小瓶と試験管を鞄から取り出した。


 ――ウェスター溶液? 晴希はあの子のことを例の隠密魔法ナッカーンを使った魔法使いとふんでいるのか?


「こんな所に急に呼び出されたのもそうですが、意味が分かりません」

「嘘付くなよ」

「何がしたいんですか?」


 賢人には、女子生徒は本当に何も知らない様に見えた。事情を知らなければ、晴希が可笑しな行動をとっているようにみえる。とてもとても。


「真実が知りたい」


 至って真面目に晴希は言った。


「真実?」

「だから、その爪楊枝で口の中、内頬の細胞採ってくれ」

「……頬肉を削げと?」


 同じく至って真面目に言う彼女に、晴希は顔を崩して噴き出した。賢人も彼女の意外な発言に噴きだしかけた。ひとしきり笑うと、晴希は中等部の時の理科の実験の説明を始める。説明が終わると、彼女は気分を害した風もなく頷いて晴希の指示にしたがった。


「サンキュ」


 晴希は彼女から口内の細胞が付いた爪楊枝を受け取ると、試験管に素早く入れた。そして帰り支度を始める。


「いったい何をするんです?」

「言わない。あ、あと……俺はあんたと春斗が付き合うって認めないからな! 絶対引き離してやる!」

「え……」


 彼女は絶句していたが、賢人は笑いを堪えるのに必死だった。


 ――お前は、春斗(娘)の親父か!


 そして春斗は放心状態の彼女を放置し廊下に出てくると、魔法を使って隠れていた賢人の腕を引っ張り上げた。腕を引っ張ったまま階段を上り、特殊棟の屋上へ行く。


「どう思う?」


 屋上へ出るなり、そう問いかけられた。


「どう思うって……やっぱり晴希は変態だなとしか……」

「そこはいい。転入生、星野光についてだ」

「僕から見たら、本当に何も知らなそうだったな。本当に魔法使いだろうか?」

「春斗の証言とか春斗の様子見る限り、そこそこの魔法使いっぽいんだよな」


 晴希は難しそうに頭を掻いた。


「レベル的には俺と同程度か俺以上。春斗は星野光が魔法使いなのを知ってて黙ってるんじゃないかとふんでる」

「でもさっき全然分かってなさそうだったじゃないか? あ、二重人格って可能性もあるか」

「そうなんだよな、魔法使える人格と使えない人格があって、使えない方は自分が二重人格なのさえも知らないって可能性もある。どちらにせよ、春斗は知ってるんだろうけど、『彼女』との約束だからか、口割りそうにないしな」


 拗ねた様な態度の晴希に賢人は思わず笑ってしまった。


「とりあえず、ウェスター溶液使えば少なくとも魔力があるかは分かるんだし、さっさとやろうぜ」

「そうだな」


 賢人の助言に晴希はすんなりと従う。晴希の手付きは手慣れたもので、一分とかからない間に終わった。


「ん? 今沸騰してたよな?」

「してたと思うけど……」


 ウェスター溶液は何色にも染まらなかった。


「その瓶、ウェスターだよな?」


 訊かれて晴希は持ってきた小瓶を確認する。再び開くと、唾液が思わず出てくるバニラエッセンスの匂いが周囲に漂った。


「ウェスターだな……」

「本当かよ……」


 賢人、晴希は共にしばらくの間言葉を失った。『少なくとも魔力があるかは分かる』とは言ったが、あるだろうと高を括っていた。


「その爪楊枝、本当に細胞採ってたよな?」

「細胞があるのは確認した」

「なら本当に魔力はないのか……?」

「ウェスターの結果に出てるんだ、ないんじゃないか。たぶん……いや、でも……」


 賢人の目の前で、珍しく晴希が春斗以外のことで酷く動揺している姿を見せた。


「二重人格の場合でも、身体は共通で魔力はあるはずだから、二人目の人格が魔法使いだったとしたら、確実にウェスターは反応を示すはずだ。本当にあの子は魔力がなくて、二重人格でもなかったってことだろうか?」


 ――だとしたら、あの晴希の行動は無駄な奇行だったことになる。


「いや、まだ俺達が知らない方法があるだけかもしれない」

「ウェスターでさえ誤魔化せる方法が……あ、その可能性もあるのか。だとしたら余計に難解だな――ってどれだけあの子のこと疑ってるんだよ」

「春斗の話といい、野村の証言といい、どう考えてもやつが黒だろ」

「でも俺達の目を誤魔化してあの場面を凌ぐって、かなり上位の魔法使いじゃないか?」


 苦々しく晴希は頷く。


「俺よりかなり上だろうな……」


 その発言に賢人は驚いた。


「日本に数人しかいない銀髪の晴希よりも?」

「俺はあそこまで隠し通せる隠密魔法ナッカーンをまだ使えない」


 負けず嫌いだが、己の力量はきっちりと把握して他者と比較できる晴希のこういった性格が、賢人は晴希の良い所だといつも感じる。


「俺は日本の同年代で一番強いのは晴希と思ってるんだけどな」

「俺もそう思ってる」


 何の迷いもなく晴希は頷いた。


「じゃあ彼女はどうなるんだ? 外国人? 年上?」

「二十歳以下までなら俺は国内じゃ負けないな」

「だよな。なら外国人か……見た目も隠密魔法ナッカーンで変えてる感じかな」

「だろうな」

「国外で晴希の上……あ、年齢を偽ってる可能性もあるのか」

「あるな。でも、なんでそこまでしてこの学校に来るんだ?」


 ――『運命の人』を探すため?


 そう瞬時に思ったが、賢人は口には出さなかった。

 そんな理由、賢人にとってはとてもじゃないが現実的な理由ではなかったからだ。それに、晴希以上の魔法使いともなると、そんな少女漫画の様な馬鹿らしい理由でわざわざ海外から日本に来る訳がない。そう決め込む。


 ――望先生や美琴さんは誰か知ってるみたいだから、指名手配犯とかそんな危ない人でもないみたいなんだよなぁ。


 晴希を見ると、晴希は晴希で集中しているのか、難しい顔をしながら鳥居を見ていた。

 太陽は西に大きく傾き、作る影を大きく延ばしている。運動部の声が小さく聞こえる。湿気と潮気を含んだ風が薄く髪をなびかせた。――どことなく、胸騒ぎがする。


「面倒事起きないといいんだけど……」


 賢人の呟きは、晴希の「もう起きてる」という言葉に一蹴された。

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