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金色の魔法使い  作者: 小島もりたか
10/18

六月五日(金) 午後五時十五分

「頬肉削れ」


 地学講義室に入ってくるなり、晴希が乱暴に言った。


 次いで、手に持っていた理科の実験器具の中から爪楊枝を一本春斗に手渡す。尖った方を指で摘まんでいた。

 光と付き合うことになったと伝えて以来、晴希の機嫌はずっと悪いままだったが、魔法の勉強だけはきっちりやると宣言されていた。


「なんだよいきなり」

「魔力測定する」

「どれで?」


 それらしい機器を探すが見当たらない。


「機械とか使わねえよ」

「え、そうなの?」

「測定機もあるにはあるけど、精度は今からやるのと大して変わらないからな」

「どうやってやるんだ?」

「口内の細胞を採って調べるんだ。やりながら説明するから、とりあえずやってくれ」

「わかった」


 頷いて爪楊枝を口の中に入れる。爪楊枝の先を内頬に当てようとした所で、ストップが入った。


「待て、本気で頬肉採取するつもりか? わざわざ尖ってる方を摘まんで渡したのに。てか、中等部の時実験でやるの見てたよな?」

「あ」


 ここまで言われてやっと思い出す。

 口内の細胞は爪楊枝の持ち手部分――尖っていない方――で軽く撫でるだけで、簡単に採れるのだ。中等部の時人体の細胞を見る実験で、爪楊枝で強く擦り過ぎて顕微鏡に肉片ばかり映った班がいたことを思い出した。

 慌てて持ち直し、優しく内頬を撫でる。


「できた」


 おう、と晴希は爪楊枝を受け取ると、それをそのまま試験管の中に入れた。更に蒸留水を一センチ程度入れ試験管を振る。十秒程度振り終わると、ピンセットで試験管から爪楊枝を取り出した。そして傍に置いてあった茶色い小瓶の蓋を開ける。開けた小瓶からバニラエッセンスの匂いが広がった。


「細胞の採取終了。そんでもってこの中に、このウェスター溶液ってのを二、三滴入れて加熱する」


 そこまで説明しながら行うと、晴希は左手の人差し指の腹を上に向けた。何もないはずなのに、晴希の指先に何かが集まっている感じがする。


ウェスプ


 小さくコルクの栓が抜ける様な音がすると共に、晴希の指にライターから出力される程度の火が灯った。

 春斗は思わず感嘆の声を上げた。


「これが魔法な」


 そして晴希はその火で溶液の加熱を始める。

 本当に使えるんだな……、と感心して春斗は何度も頷いた。

 光は出逢って初日に魔法を使っている所を見たので、何となく世の中にはそういう人もいるのだなという驚きで済んでいたが、何年も絡んでいる晴希が使っているところを見るのは、また違う驚きがあった。

 晴希も春斗の驚き具合を見て、満更でもなさそうだった。


「『ウェスプ』ってのは発火の呪文な。詳しい説明は後でする」


 試験管の溶液は、加熱後数分足らずで変色した。


「お、変わったな……でも、やっぱり薄いなあ」

「どういう意味だ?」

「ちょっと待ってろよ」


 そう言って晴希は色と数値が並んだ用紙を取り出し、溶液の色と比較し始める。

 溶液の色は、黄色を二で割った様な薄い色だ。


「二ぐらいだな……」

「二ってどれくらいなんだ?」

「魔法が使えない人を一としたら、その二倍程度の魔力があるってことだな」


 それは多い方なのか? と訊きかけ、用紙に書いてある色と数値のペアの最大が千と書いてあることに気が付く。


「結構少ない方なんだな……」


 自分の魔力が平均的な数値でなさそうなことに、少なからず落ち込む。


「魔法使いにしてみたら少ないけど、一般的に考えるとかなり多い方だからな。ウェスター溶液に色をつかせるだけでも、大したことなんだ」

「うーん……」


 一般的に考えると、平均以上――それはそれで落ち付かない。


「ちなみに、晴希はいくつなんだ?」

「俺は――」


 用紙の青紫色を指差す。


「三百ちょいってとこだな」

「やっぱり、僕ってかなり少ないんじゃないか?」

「違う違う。俺が規格外。俺、銀髪だから……」

「銀髪? 白髪じゃなくて?」

「……地味に傷つくぞ」

「ごめんごめん。そういえば、晴希って本当の髪の色って銀なのか?」

「銀だな」


 一昨日からずっと銀髪だったのでいい加減慣れてきたが、やはりまだ違和感はある。


「髪の色と魔力って関係あるのか?」

「大いにある。一般的に魔力が高いほど髪や瞳の色素が抜ける」

「瞳も?」


 うん、と晴希は頷くが、今の晴希の瞳の色は髪の色と一致していなかった。

 不思議そうな顔をする春斗に、晴希は右目のカラーコンタクトレンズを取って見せた。


「なるほど」


 カラーコンタクトレンズを取った瞳は深く降り積もった雪の様な色をしていた。


「まあ、そんな感じで俺はかなり魔力が強い方ってことで――って、そういえば俺、魔法使いにも黒髪に見えるように魔法掛けてるのに、なんで春斗には元の色が見えてんだ?」


 晴希の疑問は春斗の耳には届かず、替わりに春斗は自分の疑問に捕らわれていた。


 ――じゃあ、金髪の星野さんは……?


「よし。まあ、早速実践に移ろう。まずは初歩からな」


 晴希はシャープペンシルを取り出して、そっとシャーペンを空に掲げた。

 先ほど指先から火が上がった様に、ペン先に何か違和感があった後、

ウェスプ


 そこから小さく火が上がった。

 春斗は再び小さく感嘆の声を上げた。


「まず魔力の説明からな。魔力ってのはご想像の通りエネルギーの一種のことだ。でも、特別な力ではなくて、多い少ないの違いはあれど実は皆持ってる力なんだ。

 魔力は細胞の中にいるミトコンドリアで生成され、主に生命活動に消費される。だから、一般的に『魔力がない』っていうのは、本当に魔力がないんじゃなくて、単純に自身の体内で生成される魔力が全て生命活動に使われてるってことなんだ。

 魔力も生命活動に使われてるってことは、魔力をぜーんぶ使いきっちまうと、最悪死ぬってことになる。生命活動が何もできなくなるからな。だから絶対、少しでも魔力は残しておかないといけない。まあ、大抵『もう魔力がない』って思うラインは、ギリギリ死なない程度になってるけどな。

 次は魔法についてだ。魔法ってのは、魔力を出来る限り効率よく使うために生まれた方法だ。単純に魔力を使って何かをするのは一般的に『超能力』って言う。

 魔法は、魔力に呪文を乗せることで現象を起こす。例えば、火を熾すなら『ウェスプ』という言葉を自分の魔力に向けて添えると火が熾きる。他人の魔力では基本的に魔法は発動しないから注意な。使う方法はあるにはあるけど。

 あと呪文は追々覚えてけ。

 魔力の集め方は単純。魔力を集めたい所に向けてそう念じればいい。感覚が分からなければ、最初はそこに集中するだけでいい。基本的にそれだけ」


 晴希はそこまで説明すると、一度ペン先を下げ、火を消してから、再びペン先を上げた。


 ――まただ。何だろうこの感じ。


「ペン先に何か感じるか?」


 不意に訊かれて返事に戸惑うと、何もかも分かっているように晴希は笑んだ。


「今、ペン先に何か集まってるような感じがするだろ。これが俺の魔力な」

「そうなんだ……」


 先ほどからの違和感に理由が付き、納得する。その不思議な感覚は、火が出る所からずっと発せられていたのだ。

 そして晴希の頭付近にも、薄らとその感覚があることに気が付く。視線に気がついたのか、晴希は苦笑いした。


「髪には常に魔法が適応されるからな。お前には効いてないみたいだけど」


 なるほど、と春斗は頷いた。


「この『感じ』が俺の魔力な。魔力も指紋とか静脈みたいに一人一人特徴が違う。この『感じ』を覚えたということは、俺の魔力を覚えたってことになる」


 再び頷き、改めて晴希がいったこの『感じ』を探す。

 目で認識できるわけではない。

 音で認識できるわけではない。

 匂で認識できるわけではない。

 触れている感覚があるわけでもない。

 ましてや、味で認識できるわけでもない。

 今まで無意識に使っていた五感のどれも使って感じているわけでもなかった。

 ただ、明確に認識はできる。

 『そこに何かある』と。


「これが魔力か……」


 誰にともなく頷いた。アハ体験をした様な、不思議な感覚だ。


「俺のな。春斗はまず魔力を杖の先に集めてみるとこからやるか」

「わかった」


 頷き、杖である多機能ボールペンを取り出す。


 ――ペン先に集中。


 熱を持った血潮がざわざわと体内を蠢き、右手――ペン先に向かって行く感覚。


「お、できてるじゃん」

「本当か?」


 晴希の言葉に反応した途端、ペン先に集まっていた何かが散っていった。


「あ」

「まだまだだな」

「今のは晴希のせいだろ?」

「俺が何か言って、集中が切れてる間はまだ半人前だな」


 したり顔で言う晴希。


「いや、半人前ですらないから」


 反論してから再び意識をペン先に集中する。少しすると、また身体の中の何かがペン先に向かって動いていくのが分かった。

 晴希がもういいぞと言おうとした瞬間、春斗は口を開いた。


「ウェしゅプ」


 ペンの先はおろか、春斗や晴希も思わず沈黙した。

 隣でクスクスと光が笑う。

 今度は純粋に血液が頬に上がってくる。


「……」

「噛むなよ! 一言だろ?」

「うるさい、言った僕も驚いてる」


 ガミガミ怒る晴希を放っておいて、春斗はもう一度集中する。


「――うぇずぶ」

「なんで訛った?!」

「訛ってない、噛んだんだ!」

「いやいや、発音も訛ってたからな」

「訛ってない!」

「寧ろ、これで噛んでるという方が恥ずかしいと思う」

「……」


 春斗は晴希の言葉を聞かなかったことにして再び集中を始める。三度目の正直だ。


「――ベスプ」

「二度あることは三度あるだな。……お前ってそんな噛みやすい性質だったっけ?」

「いや、呂律は悪くない方なんだけどな……」


 少なからず春斗は気落ちした。日頃こんなに同じ言葉で噛んだことはないのに、今回だけは何故かやたらと噛む。


「生麦・生米・生卵?」


 晴希が試す様に言った。負けるかと、春斗もその言葉をくり返す。


「生麦・生米・生卵」

「生温かい肩叩き機」

「生温かい肩叩き機」

「隣の柿はよく客食う柿だ」

「隣の柿はよく客食う柿だ」

「ウェスプ」

「ウェスプ」


 二人は顔を見合わせた。


「おい、普通に言えてるじゃねぇか」

「そうだな。――ウェスプ。普通に言えるや」

「よし、試せ」

「おう!」


 春斗は意気揚々と集中に入った。

 体内のざわめきが、右手に、ペン先に向かう。


「――ウェツプ」

「なんで噛むかな?」

「僕が聞きたい!」

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