序章
彼はそれを待ち望んでいた。
幼少の頃に存在を知り、実在すると信じて疑わなかった秘宝。
「いつ、こちらに届くのだ?」
焦る気持ちを表に出すと足元を掬われると気づいていても、隠すことができない。彼の記憶にある中でこれほどまでに感情が抑制できなかったのは、その秘宝の話を初めて聴いた時だけだった。
彼の目の前に座っている怪しげな男が、緩慢な動作で吸っていた煙草の煙を吐いた。匂いに顔を僅かに顰める。
薄暗い地下の一室、場所の雰囲気が、より一層男の怪しさを引きたてている。
「予定通りことが進めば明後日に届きます」
「ということは、まだ日本から出ていないのだな?」
それは日本の北海道で見つかったと彼は聴いていた。
「はい。なかなか入手が困難な状況だったので。手配に苦労しました」
「金ならいくらでも払う」
「それは有難いお言葉で」
男の浅黒い肌に刻まれた皺が、笑みでより一層深くなる。
「ただし、払うのは本物だと確認が取れてからだ」
「承知致しております」
男の言葉に頷き返すと、彼は自身の長い前髪をかき上げた。透き通るような銀色の髪が絹糸のように指の間をなぞる。
零れた髪から煙草の臭いがした。不快感に僅かに顔を顰める。
「遅れるようなら分かった時点で連絡をくれ。私が出向こう。これ以上待っていられない」
「承知致しました」
「では、頼んだぞ」
男が大仰に頭を垂れたのを横目で確認してから、彼は部屋を後にした。