プロローグ
午後七時。
夏のこの時間はまだ明るい。昼間の暑さも緩み、時間はゆっくりと夜へと向かう。それに逆らうように、人々は街へ繰り出し、各々の楽しみを探す。それが許されるのも、この季節ならではなのかもしれない。
私はいつもにように店の看板をライトアップした。木製の、不完全な楕円形の看板に彫られた文字が浮かび上がる。
キャトル・セゾン。二十年来の私の相棒であり、棲み処である。私は人生の多くをこの店で過ごしてきた。この店にはたくさんの出会いがあり、別れがあった。私はその中で、時に当事者であり、時に傍観者であった。
私は店に戻ると、休憩中の札を裏返し、営業中に変えた。店は午前十一時オープン、午後四時から七時までを中休みとしてその後は零時までをバーとして営業している。
現在店を切り盛りしているのは私一人だ。特に店員は雇ったことも無く、求めたこともない。何故なら店はそう大きくないのだ。
カウンターがメインで、テーブル席は五つしかない。逆に私は、一人で回せる、その小さな空間が気に入っていた。店の隅々まで目が届く。もちろん、お客様の話に聞き耳を立てているわけではないのだが、幸せそうに話をするお客様を見るのは好きだった。オーダーの気配も図りやすい。手と、気遣いをかけられる、無理の無いテリトリー。大きな店で、大勢の人が騒ぐ状況は、私自身が客として他の店を訪れた時でも好きになれなかった。
この店が、私にはちょうど良いのだ。