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首なし死体のロジック  作者: 進藤ハルヒト
第1章 久美刈村の殺人
3/3

【2】 久美刈村へ

 僕はかなりインドアな人間だ。大学やアルバイトのない時には家から出ずに読書、ゲーム、テレビに熱中する。忘れてはいけないのが、趣味でインターネットに公開している小説の執筆だ。けれど年の初めから二ヵ月に一度くらいのペースで短編を書いていた事と、酷暑のためにやる気はとうに失せていた。もっともそのやる気は、あの事件に遭遇したあとには、今までにないほど刺激されることになるのだけれど、それはまだ先の話である。

 そもそも今年は梅雨に入る前からすでに真夏のような暑さで、僕の住む埼玉のとある町でも三十度を記録していた。この夏は酷暑になるだろうと危惧していたら、思った通りになってしまったので辟易している。よっぽど暑くないかぎり冷房に頼らない我が家ですら、連日エアコンが冷気を吐いている始末だ。

  そんな折にかかってきたのが、埼玉よりちょっと遠くのA県――断っておくと青森ではない――で民宿を開く親戚の叔父さんからの電話だった。堤信照ツツミノブテルという、僕の父の兄にあたる人だ。僕の性質のひとつに少々自由人的な部分があるのだけれど、その部分というのがこの叔父さんに似ていて、まるで親子のように気が合うのだ。そういうわけで、とても可愛がってもらっている。

 こういうふうに書くと、大抵の推理小説では、実は僕と、このノブおじさん――僕はそう呼んでいる――が親子だなんて展開になりがちだけれど、そんなことはない。僕の父は論理的な思考の持ち主で、僕もそういう面を多分に持ち合わせている。もっとも、父に言わせてみれば僕の場合にはただただ理屈っぽいばかりで、意味のないものであるという。実際その自覚はある。

 話が脱線してしまったので元に戻る。ノブおじさんは少し早目に退職すると、奥さんの実家がある村で小さな民宿を営むことにした。いわゆる脱サラというやつで、前々からの夢だったらしい。叔父夫婦には二人の娘がいるのだけれど、その二人は僕のようなクズ大学生とは違って自立しているので、それに反対することもなかった。

 民宿は一年ほどまえから経営を始めたのだけれど、僕はまだそこに行ったことがなかった。要するに、遊びに来ないかという話だった。

 僕としては渡りに船だった。ゼミにもサークルにも入っていない僕は、ただアルバイトをするだけに時間を浪費していた。うだるような暑さで、勉強も執筆する気力もなかったので、願ったり叶ったりだ。もっとも、これがすごしやすい春休みであっても勉強はしていないだろう。僕は二つ返事で了承した。

 話は一足飛びに一週間程度先に飛ぶ。ここまで書いていて気づいたけれど、僕はうっかり題名にもある『久美刈』の読み方を明示することを忘れていた。別に読み方なんてどうでもいいので適当につけてもらって構わないけれど、誤って『クビカリ村』なんて読まれるとあまりにもおどろおどろしいし、だいいちまるで血なまぐさい村のようで嫌なので、ちゃんと『クミカリ村』という読み方があることを明示しておく。

 僕はこの読み方を以前から知っていた。もちろん叔父から聞いてだ。

 実際血なまぐさい事件が起きてしまったけれど、村自体は美しいところであることを先にお伝えしておく。また、例えば『首狩り殺人鬼』などといった伝説があるわけではないことだけは言っておかなければならないだろう。あの陰惨な事件が、どこにでもある村で起こったという事実を想起すると、また恐ろしい気持ちになる。

 先にも書いたけれど、話は飛ぶ。僕は久美刈村近くの私鉄線駅である久美駅で電車を降りた。なぜいきなり飛ぶかというと、書くことは無意味であるからだ。車窓からの眺望が緑いっぱいの美しいものだったとか、小旅行の準備の話を長々と書くのが面倒だった。

 駅の外の暑さは、街中とたいしてかわらなかった。さすがに田舎でも駅前はそれなりに整備されていて、アスファルトが敷かれている。アスファルトにかわる新素材なんてないのかなと常々思う。まるでフライパンの上で熱さを逃れようともがいている食材のような気分だ。

 迎えのワゴン車はすでに到着していた。駅の真正面で僕のことを待ち構えている。向こうも僕の到着に気づいて、運転席の女性が助手席の窓を一番下まで降ろして、身を乗り出した。

「ハルちゃん。こっちこっち」

 言われなくてもわかる。駅前ロータリーには、そのワゴン車以外には歩行者が少しばかり行き交っているだけだし、だいいちワゴン車の側面には『つつみや』という行書体の達筆な文字が躍っているのだ。

 僕は左手を挙げて、軽く手を振った。右手ではモスグリーンの馬鹿みたいに大きなキャリーバックを引いていた。

「こんにちは」

「ハルちゃん大きくなったねえ」

 叔母の堤花子が顔を綻ばせて言う。

「そうですか」

「バックは?」

「持ったまま乗ってかまわないよ。どうせハルちゃんしか今は乗らないから」

「じゃあお願いします」

 僕は後部座席に乗り込んだ。ドアを閉めると、すぐに車は発進した。

 今は僕しか乗らないというのは、僕を送ったあとにまた乗る人がいるのか、それとも客がまったくいないのか、どちらなのだろう。たぶん後者だろうと思う。聞いた話では確かに久美刈村は美しいところというけれど、所詮はそれだけの村だとも聞いている。民宿を利用する人などいるのだろうか。

「今日は、あいつらはいるの」

「菜々がいるわ」

「ふうん」

 菜々というのは堤夫妻の長女で、つまり僕からすると従姉にあたる。活発な女の子で、僕の一つ年上なので姉弟のような関係だ。前にも書いたように僕はかなりのインドア派で、彼女の方はアウトドアなタイプだけれど、互いに兄弟姉妹の一番上ということでウマがあったようだ。

「ほんとに田舎だなあ」

 窓から外を窺っていた僕は呟いた。何をもって田舎だなあと思うのかというと、とにかく家どうしが離れているのだ。大きく広がる畑の中に、ポツンポツンと住宅が点在している。気づけば道路もアスファルトから土に変わっていた。

 土は湿り気を帯びていて、土埃は起きない。どうやら最近雨が降ったらしい。車内はエアコンが効いているので窓を開ける気にはなれないけれど、開ければ土のいい香りがするにちがいない。湿った土の匂いは、僕は好きだ。

「久美刈村についたら、こんなものじゃないわよ」

 花子叔母さんがまるで脅かすように言った。

「これ以上に田舎って、凄いな。想像できないよ」

 ジャリジャリという音がするので再び外に目を向けると、地面が砂利道に変わっていた。車が減速しているので正面に視線を戻すと、小さな山と駐車場が見えた。砂利道はここで行き止まりのようで、いよいよ久美刈村についたらしい。

 駐車場は広いわりに数台の車しか置かれていない。不思議なのは、そのほとんどは車に乗らずその方面に疎い僕でもわかる高級外車ばかりが並んでいるところだ。誰の物だろう。

「ここからは歩きよ」

「歩き?」

「なんて顔してるのよ。十分くらいで着くわ」

「だってあれ、山じゃん。村まで登山かよ」

「あんなの丘よ。なあに情けないこと言ってるのよ」

 叔母はエンジンを切ると、そそくさと降りてしまった。ドアを開けると、熱気が車内に流れ込んだ。空気の流れはまるで熱風のようで、瞬時に体が熱くなる。ワゴン車から降りると、キャリーバックを降ろした。

 ミンミンと、アブラゼミがけたたましく鳴いている。強い日差しが照りつけていて溶けてしまいそうだった。キャリーバックに引っかけておいたストローハットを慌てて被る。

「なんで黒」

 ユニクロで買ったストローハットは黒色だ。真夏のこの状況下にはそぐわないと思ったらしい。

「これを買った時は、ブラウンより黒の方が格好いいと思ったんだよ」

「ふうん」

「なんだよ」

「べつにい」

 山、もとい丘のほうに向かって叔母が歩くので、僕もそれに続いた。丘には石段があるのだけれど、石は黒ずみ、積み重なる石と石の隙間や表面には苔が繁茂していて、相当昔に組まれたものらしいことを想像させる。石段が急勾配であることも、僕の想像を後押しした。石段からはずれると、そこはもうまるで森のように木々が生えている。丘の頂上を見上げると、これまた黒ずんだ建造物が建っていることに気づいた。近づくにつれて、それが鳥居であるらしいことがわかる。証拠に、鳥居によくある白い紙が下がっていた。この紙だけはごく最近取り替えた物らしく、日光をキラキラと反射していた。

 時の経過をまざまざと感じさせる急勾配の石段や頂上の鳥居が、僕の目には何やら異世界への入口のように感じられた。僕はなんとなく、とある大作アニメ映画の冒頭を思い出していた。その作品では、石段ではなく石積みの古ぼけたトンネルと、その先の放棄された駅舎を潜り抜けていた。

 まさかこの階段を降りるのが数カ月先になることはあるまい。

 丘の頂上は石畳だった。その隙間には濃い緑色の苔が生い茂っている。鳥居をくぐると、久美刈村の全風景がそこに広がっていた。

 僕はその風景に感動していた。この時には、あのような怪奇な事件に僕のような一介の大学生が巻き込まれるとは、露程にも思っていなかった。



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