【1】 僕の手記
僕は今、自宅で小説を書くために筆をとったところだ。筆を取ると言っても実際はノートパソコンのキーボードをせわしなく叩いているのが本当のところだけれど。いまどき原稿用紙に手書きしている作者なんているのだろうかと考えてしまう。
かしこまったことを書いても、結局これを読むのは大学で知り合った友人ただひとりであろう。あまり前置きを長くしては悪いだろうし、僕自身無駄に長い校長の話を聞き流す生徒であったので、割愛する。
さて、僕は想像力を働かせてこの作品を書いているわけではない。体験談をそのつど綴った手記と、別にまとめた人物欄を元にしているのだ。そう、いまからここに書く物語は、僕の身に実際に振りかかった怪奇な事件をつづるノンフィクションなのである。
手記だけでは実際に起きたこと全てをカバーしきれないので、ところどころ僕の創作や解釈が入ってしまうけれど、それは物語の結末になんら影響はないと断言できる。そのことを、読者には先に断っておこう。
物語の発端は、遠い山の中に住む親戚からの一本の電話だった。都道府県を明示するのは控えさせてもらうけれど、不便なのでA県とさせてもらう。そのA県の山中にある村で民宿を構える親戚からの電話は、僕を非日常の世界に誘うことになった。
これを書き始めたのは、あの惨劇のあった村から帰りすぐのことだ。自宅の窓の外では、けたたましくアブラゼミが鳴いている。事件は僕の夏休みの最中に起きたのだった。