ヴィシュヌの立ち上がる時
周囲には、崩れたビルの残骸が瓦礫となって散乱し、アスファルトを叩き割って抉れた地面から土埃が舞い上がり、壊れた機械類から漏れ出た機械油の匂いが充満している。
あまりにも大きく、強く破壊された大都会のその光景は、奇妙に現実感を喪失してしまい、目の前で広がっている筈の光景なのに、むしろ特撮映画のワンシーンを見ている様な、漠然とした不安感だけを植え付けた。
その大災害とも言える状況の只中にあって、極辰巳は、息を切らしながら、肩を大きく怒らせながら立ち上がると、何かの拍子に切ってしまった額から血を流れるままにして、覚束ない足取りで瓦礫の山の中に埋もれた巨大な人型の鉄の塊へと近づき、荒げた声を上げた。
「おい!動けんだろう、お前ぇ……」
意思も無い、感情も無い、それ以前に、知能すら備えつけられていないその鉄の塊に、悪態をつきながら絶叫を上げる様は、最早、この少年の正気さえも疑わせてしまう。
「動け!動けよヴィシュヌ!このまま楽にくたばれるとか、思ってんじゃねぇよ!どこぞの社畜だって、死ぬ時ゃ、仕事を終えててから死ぬんだからよ!鉄でできたお前がこの程度でくたばってんじゃねえよ!」
頭に被っているヘッドフォン型の脳波測定式操縦機は、軽く破損してしまい、プラスチックカバーが割れて、剥き出しになった基盤部分からは時折り小さく火花を上げていた。
右眼は眼球の中の毛細血管が切れたのか、黒身のある赤に染まっており、右の鼻孔からは鼻血が止めどなく垂れている。
左腕はどこかで折れたのだろう。まるで糸の切れたマリオネットのように垂れ下がり、骨から響く鈍い痛みを肘の先から脳を痺れさせるように伝わってくる。
体中に走り回る激痛と鈍痛を味わいながら、それでも辰己は構うことなく鉄製の巨大な人形、ヒューマノイド・アヴァター『ヴィシュヌ』へと近づくと、有らん限りの声を上げて絶叫する。
「いい加減、とっとと立てよ!この鉄くずがァッ!このまま良い様にやられて、倒れてんじゃねえよ!お前は、ボクの父さんと母さんが創り出した最高傑作なんだろ!ボクの兄貴何だろ!それがこのザマを見せて終わるつもりかよ!」
その時だった。
辰己のその言葉とともに、今まで沈黙していた筈の鉄の巨体から、鈍いモーター音が聞こえだした。