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明治妖妖記 幽霊騒動  作者: ながとみコケオ
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柴一

 想刹を鞘に戻し、一旦子供を下ろすと左の脇に差した。下ろされた子供は、未だに泣いている。何事かと、妖利山の住人達が顔を出しているが、喜助は構わずに子供を抱き上げた。

「怖かったね、もう泣かないんだよ」

 あやすように頬ずりをすると、驚いたのか一瞬泣くのを止めて喜助を見た。返すように満面の笑みを子供に見せたが、再び泣きだしてしまった。

「あれ、やっぱりお母さんじゃないと泣きやまないかな」

 困ったと表情に出して呟いた喜助の言葉に、壱が小さく笑っている。子供どころか、妻すら娶らなかったのだ。妻も子供もいない喜助にとって、あやし方など分かる筈もない。小闘竜が肩を竦めるような雰囲気を感じさせて、奥の方へと飛んだ。

姫里ひめり。喜助が子供のあやし方が分からなくて、困ってるみたいよ」

「あら、泣いているのは子供だったの。仕方ないわねえ」

 住処の奥から喜助達に向かって歩いて来た、妖利山の主の娘、姫里の右肩に小闘竜が止まる。少々大きめの瞳はややつり目で、すっと通った鼻筋、程良く膨らみのある唇は、気の強い美人と言っていいだろうか。緩く波打っている長い髪が、歩く度に小さく揺れる。にこやかな笑みを見せながら近付いて来た姫里は、喜助に両手を差し出した。

「素直に渡すよ。経験者の方が、分かるからね」

 分からない以上は、素直に従うより他がない。喜助は子供を渡すと、ちらりと壱を見た。

「いい加減、笑うの止めてくれる。自分だって、あやし方知らない癖に」

「当たり前だろう。だから、お前さんに子供を頼んだんだ。知らないことには、関わらない主義なんでね」

 最初から子供を喜助に押し付ける気だったらしい壱に、呆れつつも溜息を一つ吐いた。文句の一つも言おうかと思ったが、言ったところで壱は痛いとも思わない。結局、喜助は何も言わず、姫里に抱かれて漸く泣きやんだ子供に視線を向けた。

「そう言えば、名前も歳も分からないね」

「歯が大分生えてるから、大体一歳ってとこね。子供によって違うけど、まだお乳を欲しがる時期かもしれないわ」

「お乳ね。母親は、多分死んでる。こちらが来る前に、殺された女だろう。この子が腕を伸ばしていたから、間違えないと思うけど」

「じゃあ、赤子のいる母親からお乳を分けてもらうか、断乳しないといけないわね。さすがに、私じゃ無理だし」

「お願いするよ」

 喜助が言った途端に、姫里に睨まれてしまった。

「あのね、拾ったのは喜助でしょ。私がして、どうするのよ。ちゃんと教えてあげるから、自分でして頂戴」

 姫里の言葉に、思わず嫌だと表情に出して喜助は子供を見た。今預かれば、確実に子供を育てることになる。育てたことがないことも手伝って、子供を預かるのは遠慮したい。

「姫里。先に村に行っていたのは、壱なんだけど」

 自分は単に血の臭いがしたから村に行こうとしていたが、壱は先に村に行っていたのだ。

「喜助。悪いなあ、俺は姫君のところに戻らないといけないから、子供の面倒は見れないんだ」

「そうでした」

 こんな時に限って姫君の護衛をしていると口にして回避してしまうのだ、壱は。何処の国の姫君を護衛しているのかは知らないが、妖利山にいることは滅多にない。喜助にとって長く付き合っている壱は、妙に謎が多いと思う存在だった。

「大丈夫よ。ちゃんと教えてあげるから」

 頷く代わりに、特大の溜息を吐いて喜助は子供を見た。涙の跡を残した子供は、じっと喜助の顔を見ている。笑みを浮かべてみると、真似るように子供も笑った。

 可愛いとは、思う。しかし、可愛いと育てるのとは別物だ。

「姫里。可愛いけど、育てるのは無理」

「やってみないと分からないでしょう。やりもしないうちから、無理だなんて言わないでくれる」

 抱いていた子供を喜助に強引に抱かせた姫里は、特大の溜息を吐いて喜助を睨み上げた。

「子供を初めて産む母親は、みんな喜助と同じで初めて育てていくのよ。周りが教えてくれるから出来るようになるのであって、初めて育てる母親がすんなりと育てられるわけがないでしょう。分からないなら誰かに聞いて、教えてもらうの。分かった」

「はい」

 さすがに、主の娘なだけある。迫力と頷かざるを得ない言葉に、喜助は思わず頷いてしまった。壱が笑いを押し殺しているものの、声が漏れる程面白いらしい。視線だけを壱に向けて、覚えてろと思いつつ喜助は子供を見た。

 落ち着いたのか、子供は喜助に抱かれても泣こうとはしない。大人しく喜助の胸に頭を預けて、眠たそうに目を瞬かせている。

「名前、付けた方が良いよね。多分、村に戻っても生きてる人いなさそうだし」

 姫里が子供の頭を撫でて、笑みを見せながら喜助を見上げる。自分で付けろと言いたげな気がして、喜助は視線を宙に泳がせた。

「何が良いかな」

 出来れば、子供が生まれた場所に似合う名前を付けたい。着物姿の子供を見て思いながら、喜助はくすりと笑みを零した。

柴一しばいち

「ねえ、喜助。ふざけてる」

 姫里の冷たい視線が、喜助を見詰めている。壱は堪らないと言わんばかりに、大笑いしてしまっていた。

「ふざけてないよ。江戸の町に似合うような名前、考えただけなんだけど」

「名前、私が付けた方が良かったかしら」

 どうも姫里には、柴一という名前が不服らしい。

「お前さん、センスってもんがないなあ」

「センスって、何」

 急に、知らない言葉を使われても困る。視線を壱に向けて聞き返すと、まだ笑いが収まらない壱が、喜助を見た。

「英語だよ。確か日本語訳は感覚だったかな。要するに、名前を付ける才能がないって言ってるんだ。姫君の方が、名前を付ける才能はあるねえ」

「悪かったね。どうせそんな才能、俺にはないよ。ねえ、柴一」

「ねえ、本当にその名前にする気なの」

「姫里が反対しても、絶対変えてやらない。もう決めたから」

「意固地だねえ」

「その意固地にしたのは、壱自身だと思うけどね」

「この子が可哀想だから、考え直したら」

「嫌だ。姫里が育てるなら変えても良いけど、育てるのは俺でしょう。だったら、名前付けるのも俺の自由。柴一で名前、決定だから」

 ああっと聞こえた子供の声に、喜助と姫里は視線を落とした。眠そうな瞳は、喜助の視線をしっかりと捉えて笑顔を見せている。

「ほら、気に入ったみたいだし。ね」

「どうか、この子が喜助の名前を付ける才能を、受け継ぎませんように」

「姫里。どういう意味」

「主の娘が言ってるのは、お前さんの名付けの才能受け継いだら、センスのない名前を付けるからだろう」

「うるさいなあ、もう。そのセンスとかいうのは、俺のせいじゃないし。文句があるなら、俺の両親に言いなよ。姉ちゃんに男の名前を付けたり、俺の名前付けたのは親なんだから」

「で、柴一なのね。良いんじゃない、変わってて。変だけど」

「小闘竜まで言うかな」

 皆して散々な言いようだと思いながらも、喜助はとろりとした子供の瞳をもう一度見た。無垢な瞳は、半ば夢の中にでもいるのだろうか。包み込むように抱き直して顔を近付けると、気持ち良さ気な表情を見せて瞼を閉じてしまった。

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