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明治妖妖記 幽霊騒動  作者: ながとみコケオ
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気付いた時には成長してて

 橋を渡る手前から川下の方へと方向を変えて歩き、人気のなさそうな場所へ辿り着くと、喜助は漸く足を止めた。喜助の右横に並んだ柴一が、辺りを見渡しながら人がいないか見ている。

「態々人目に付かない所まで、来てあげたんだ。いい加減、出てきなよ」

 不機嫌そうな口調で言った喜助の言葉に、柴一は驚きつつも注意深く辺りを見る。

「そう怒るな。別段、邪魔をしに来た訳ではない」

 和らいだ雰囲気を漂わせながら、建物の陰から出て来たのは羽音だ。藍色の縦縞の小袖に、羽織を肩から掛けている。背筋が伸びていて姿勢が良いせいか、何とも様になっている。しかし、柴一は何故か驚きよりも呆れた表情になっていしまった。

「柴一。凄い顔になってるけど、何思ってるの」

 目敏く見つけた喜助に聞かれ、慌てて視線を逸らしながら柴一が口の中で言葉を濁すような仕草を見せる。

「何となく、分かる気はするがな」

 自分の服装を見やりながら、呟いている羽音の前で、喜助は気付いたように声を上げた。

「あれでしょ、色男。柴一、知ってる。羽音さんってね、昔は遊び人でねえ。女に、散々手を出してたんだよ。もう手の施しようがないくらいの、女ったらし」

 満面の笑みを浮かべた喜助が、急に調子良く話しだした。羽音に対しての意地悪だが、柴一は気付く様子もなく驚いた表情でそうなのかと聞き返している。

「喜助。お前、性格が歪んだな」

「気のせいです。何処をどう見ても、素直じゃないですか」

 素直なんて言葉が出てくる方が気のせいだろうと表情に出しながら、柴一は喜助を見返している。

「気のせいにしたくとも、出来る程度ではないがな」

「お互いに、ですけどね」

 喜助の言葉を流すように返す羽音と、満面の笑みで受ける喜助を、柴一は呆れた表情で見ている。

「なあ。話あるから、ここ来たんじゃねえのかよ」

 喜助と羽音の会話から、何時本題に入るのか分からないと思ったらしい柴一は、口を出した。

「柴一。偉いなあ、お父さんが思ったことちゃんと言ってくれたね」

「血が繋がっていない分、柴一は真面目だな」

「親父も羽音さんも、俺のことはどうでも良いから早く話しろって」

 柴一呆れた表情のまま、話をするように促す。

「素直だが、気も短いとみえる」

「羽音さん。柴一は揶揄い易くて、とても可愛いんですよ」

 いい加減話をしろと表情に出した柴一に、くすくすと喜助が笑っている。羽音が笑みを浮かべて柴一を見ていたが、すぐに喜助に視線を向けた。

「柴一のことで、一つ思ったことがあってな。お前如何ではるが」

「先に言わせて頂きますが、柴一に対して無茶をしようなんて思わないで下さいね。そんなふざけた事、即却下ですから」

 羽音の言葉を聞いた途端に、喜助が捲し立てるように言い返している。

「分かっている。今の柴一に、お前や私が出来ることをさせようとは思っていない。万が一怪我でもされたら、こちらも困るのでな」

 羽音の視線が、柴一を捕えた。視線が合った柴一は、羽音が次に何を言うのかと無言で表情に出した。

「刀術を教えてはどうかと思ってな」

「冗談じゃない。柴一は人並みの幸せを掴んでほしいと思ったから、飾り職人として育てたんです。それに日本には廃刀令もありますから、刀は持てないんです。刀を持てもしないのに、刀術を教えてどうするんですか」

 急に荒げた口調で言い出した喜助に、柴一は思わず喜助を見上げてしまっている。一昨日壱と話した時も喜助は声を荒げたが、柴一には殆ど見せたことのない喜助の姿を続けて見てしまったせいか、喜助が噛みつかんばかりの荒げた口調は柴一にとって驚きそのものだったのだろう。

「喜助。それは刀取りが襲った村の生き残りが、柴一だと気付かなければの話だろう。現実はそうはいかん。お前が店主と話しているのを聞かせて貰ったが、幽霊は刀取りの居場所を探している。刀取りが見つかって東京に来た時に柴一の居場所が知られたら、襲われるのも時間の問題だ」

「分かっています。だから、柴一と一緒に暮らしているんでしょう。それに、賢治が太月を護衛にと、柴一と行動を共にさせています。何かあれば、柴一が逃げるくらいの時間は稼げる」

「逃げる時間か。しかし、俺も刀取りと会ったが、至る所から刀が出て来た。逃げたとしても、出てくる刀が予測できない柴一が逃げ切れるのか。それに、太月やお前がいたとしても、柴一が己の身も護れないようでは返って足を引っ張りかねない。自分の身を護りながら逃げるのが、一番の得策だろうに」

 喜助が睨むように羽音を見ながら、言葉を詰まらせた。聞いている柴一も、羽音の言葉は理解出来ているようで、まっすぐに羽音を見ている。

 喜助が言葉を返さないのを確認して、羽音は小さく溜息を吐いた。

「少しは考える時間もある。その間に、どうするか考えておけ」

 そう言い残して、羽音は身を翻すと悠然とした足取りで川下へ歩きだしながら、風景に同化するように消えて行った。

 羽音が姿を消すのを見送りながら、喜助は奥歯を噛みしめて睨む。視界の端で見える柴一が見上げていた。

「親父」

 喜助の袖を引っ張りながら声を掛けた柴一に、喜助は一旦目を伏せてから視線を向けた。

「悔しいよね。分かってることを、言われたらさ」

 糸井さんの依頼が来た時から、嫌な予感はずっとしていた。柴一が平凡に暮らせればそれで良いと嫌な予感はずっと見ない振りをしていたのに、見ない振りも出来なくなってきているのだ。もし、刀取りが柴一の存在に気付き、遭ってしまったら。喜助や壱、羽音達が居たとしても、柴一は無傷ではいられないだろう。しかし、柴一はごく普通の一八歳の少年だ。この国で生きていくのに、刀術は必要ない。だが、刀取りの事を考えると、やはり刀術を教えるべきなのだろうか。

 無理やり笑みを浮かべた喜助に、柴一はあのさ、と口を開いた。

「親父も羽音さんもちゃんと考えてるから、決められないんだよな。だったらさ、羽音さんが言ってたこと、自分で決めたい」

 喜助が柴一に刀術を教えるかどうか、決められないと分かったらしい。柴一の言葉に、喜助は内心驚きつつも口を開いた。

「柴一。でも」

「俺が覚えないといけない事を、親父が決めてどうするんだよ。覚える奴が決めるのが筋じゃねえのか」

 返事はしなかった。喜助が思っていた以上に柴一は考えていると気付いて、優しい笑みに変わっただけ。

「次に羽音さんに会う時までに決めるから、決めた後から文句言うなよ」

「柴一。大きくなったね」

「どう言う意味だよ」

 くすくすと笑いながら、喜助は元来た道を引き返しだす。柴一も喜助の横に並んで、歩きだしていた。

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