刀取り
妖怪、刀取り。江戸を転々としている間、何度か聞いたことのある名だ。顔に白い布を巻き、無数の刀を地面から出すと。
「さて、何処にいるのかねえ」
楽しげに呟いた壱の言葉を態と無視して、喜助は耳に神経を集中させて物音を探す。
生きている者達は何処にいるのか。それとも、もう殺されてしまったか。どちらかは分からないが、探すべきだろう。
速足で道を歩いていく。見えるのは、地面に伏している人ばかりだ。
喜助が小さく溜息を吐いた途端、右の家の裏で大きな物が投げ落とされるような音がした。反応して、裏に走り出す。
「止めて。その子だけは」
裏で聞こえた女の請う声と子供の泣き声は、着く寸前で女のくぐもった声が聞こえた後、子供の泣く声だけを残して消えてしまった。
「こりゃあ、随分派手にやったねえ」
何が楽しいのか。裏に着いて真っ先に言った壱の言葉が、内心癪に障ったが、喜助は何も言わずに倒れた女の前にいる者を見上げた。左手で子供が着ている着物の帯を無造作に持ち、右手に刀を持っている。地面から無数の刀が顔を出し、子供を助けようとしたのだろう村人達の身体を持ち上げている。村人達が手にしていたのか、鋤や鍬が顔を出した刀の間に落ちていた。
「何だ、まだ生きている奴がいたのか」
鼓膜が鈍く振動しているような声は、煤汚れた白い布を巻きつけ、目と口だけを覆っていない刀取りだろう者から発せられた。
「刀取り」
小さく呟いて、喜助は周囲を見渡す。確かに、聞いていた通り無数の刀が地面から突き出ている。顔に、白い布を巻きつけているのも聞いた。しかし、刀取りであると確証があるかと言えば、無いに等しい。
「だから、何だ」
「刀取りって、幻とか言われてなかったかな」
本人が肯定しているのなら、そうなのだろう。喜助は腰を低く落として想刹の柄を握り左側に構える。
「その幻は、村一つを消しちまったらしい」
「その子、殺すの」
鞘から両刃の剣を抜き、身構えもせずに喜助の独り言のような呟きに答えた壱の横で、喜助は刀取りを見上げたまま聞いた。刀取りの姿を見ると、どう考えても左手に持たれている子供は、刀取りの子供には思えない。母親だろう殺された女は人で、子供は女の子供なのだろう。
「どうしようと勝手だ」
「そう。でも、血の臭いは嫌いだ」
喜助は、軽く地を蹴った。無数の刀に向かいながら、瞬時に想刹の鞘を消し横に一閃する。喜助が生まれた世界で作られた、魔刀と呼ばれる刀だ。余程の事がない限り、刃が欠けたりしない。澄んだ金属音と濁った金属音がして、想刹に切られた刀が地面に落ちていく。落ちると同時に、喜助は走り込み、再び想刹を一閃させ、刀取りの近くまで踏み込んでいく。
「気が早いねえ」
喜助の頭上を壱が軽々と飛び越えて、刀取りに切りかかって行く。刀取りが横に振った刀を、喜助は低い姿勢で、壱は風に乗るように避けた。
「ちょこまかと、小賢しい」
「随分、大振りするんだね」
刀取りの言葉には素知らぬ振りをして、喜助は馬鹿にするように呟いた。
「生えてる刀が、防御の変わりらしいねえ」
「ぬかせっ」
二人の言葉に、刀取りの口調が荒さを増している。同時に、上から殺気を感じて喜助は一旦後ろへ跳び退った。土と血の臭いが、喜助の鼻を掠めている。跳び退った視界には、上下から降り注がれた鏡のような金属が喜助を映しだしていた。
「へえ、木からも刀が出てくるのか」
頭上で感心したような壱の声と、小闘竜が来たことを伝える鳴き声が聞こえた。
「物があれば、何処からでも刀が出せるんだ。小闘竜、黒蛇、刀取りの気を逸らせて」
喜助の言葉に、刀取りの頭上から目の前を小闘竜が勢い良く掠めていく。刀取りの足元の影から大きな姿に変えた黒蛇が、小闘竜を援護するように刀取りの目の前に顔を出してくる。うるさげに振った刀取りの刀に切られた黒蛇は、一度影の中に潜り込み、再び刀取りの目の前に出てきた。刀取りに切られた胴は、既に元に戻っている。突き出してくる刀を軽々と避けながら、刀取りの視線を向けさせている小闘竜と、自分の特性を生かして刀取りの邪魔をする黒蛇に内心感心しつつも、喜助は子供を持つ手に狙いを定めた。
「喜助。腕を落とす。子供だけに集中しろ」
壱の言葉に無言で頷いて、子供を見る。一歳になったくらいだろうか、紅葉よりも少しだけ大きめの手が、倒れた女に向けられている。藍色の着物が、土をつけたままだ。言葉もままならないのだろう、泣くことで女を呼んでいるように思えた。
壱が、動いた。刀取りが小闘竜を追って、視線を子供と逆の方へ向けた瞬間を狙って、左脇へと身体を滑り込ませると同時に、両刃の剣を躊躇なく刀取りの肩めがけて振り抜く。壱の剣が振り抜かれる直前に、喜助は想刹を右手にしたまま壱の後を追うように刀取りの脇に滑り込み、擦れ違いざまに子供を掴んでいる手を切りつけると、自分の身体を反転させながら空いている左手で子供を奪い、素早く刀取りから距離を置く。
切り落とされた左腕が、土埃を上げながら小さく跳ねた。左肩越しに喜助達を見た刀取りが、痛みと怒りで顔を顰めている。
「貴様ら、殺してやる」
「嫌だよ。申し訳ないけど、退散させてもらう」
刀取りが出す刀を避けながら、村に来た時の術を使う。目的の子供は、喜助の左腕の中だ。これ以上、刀取りに構う気など全くない。再び景色が捻じれるように変わり、捻じれた景色が戻った時には、見なれた妖利山の主の住処になっていた。