第5話
かなーり、久しぶりになりました。
書くの大変。
「おはようございます殿下…あれ?」
『お初に御目にかかります、〝星が恵む者〟セイシアンテ公女殿下。』
そして、彼は右手を差し出してきた。
『えーと、……こんにちは。よろしく、お願いします。』
曖昧な笑みを浮かべて、私は差し出された右手を握る。
そう、朝、私が登城すると
王子の部屋に、ハルスィーカの使者が居た。
理解が追い付かない。
何がいったい…
「王子殿下にハルスィーカ語を教えてほしいとのことでしたので。」
「ああ、ありがとうございます。ということは…」
「ええ、私がハルスィーカ王国使者、ユィル・ベルゥカです。」
「ベルゥカさん、ありがとうございます。あんなぶしつけな手紙に御応えしてくださって。」
「ええ、……次期公主の召喚とあらば。」
使者さんに教えてもらうに当たって、私が手紙を出したんだけど、王子直々の手紙って訳じゃなくて。
私個人の頼み、という形で出した手紙だった。
だから、ちょっと不躾な気もしたのだ。教えて貰う本人から出さないなんて、と。
それで心配していたけど、予想よりも早く話は進み、予告もなく唐突に今日、使者さんは王子のもとを訪れた。
「…ですが、公女殿下。御手紙には、〝王子アレクスにハルスィーカ語を教えてほしい〟とありましたね。」
「ええ。」
「貴女もです。」
「えっ?!そんな、私……」
実は話せてなかった?!
「いえ、そうではありません。寧ろ立派なハルスィーカ語でございます。」
「え?じゃあなんで…」
「立派すぎるのです。」
「ん?」
「…ハルスィーカ語は、階級によって使う言葉が違います。御存知でしたか?」
「いいえ。家では全く…」
教わらなかった…。
「そうですか、道理で…。ともかく、階級によって使う言葉が違う、裏を返せば、使う言葉で階級がわかる、そういうことです。」
「へぇ…」
「平民の使う下町言葉、中産階級、下級貴族の使う常用語、上級貴族の使う貴族言葉、そして、ハルスィーカ王族にのみ許されるロイヤル・ハルスィーケン。段々、言葉遣いが美しく、滑らかになり、発音も違ってきます。」
「そうなの…」
「ただしここに、ロイヤル・ハルスィーケンと同じレベルの言葉もあります。」
「??」
「アランシア・ハルスィーケイン……〝アランシアのハルスィーカ古語〟です。察しが良いようですね。勿論、貴女がお使いになられているのも、アランシア・ハルスィーケインです。」
「それって…」
「話せば一発でどんな者かわかってしまうでしょう。ハルスィーカの古語を話せるのは、今ではアランシア公家の方々のみです。」
「知らなかったわ。」
家ではハルスィーカ語、っていったらこれだったから、一般もそうだと思っていた。
「話した瞬間に、誰か分かるなんて、困りますでしょう。ですから、公女殿下には、王太子殿下と同じく、貴族言葉を学んでいただき、向こうでもそれを日常的に使っていただけたら、と。」
「ありがとう……だけど、他の言葉は学ばなくていいの?理解できるの?」
「ロイヤル・ハルスィーケンは難なく理解できるでしょう。古語はおおもと、ですからね。他を理解する必要は、今のところありません。」
「そう?………」
庶民の言葉こそわかるべきじゃないかなって、私は思うんだけど。
「さっそく公女殿下、話していただけますか?」
「古語で?」
「はい。」
ええ…いざ話せって言われると困るんだけど。
話のネタもないし。
「リア、さっきから俺がおいてけぼりな気がするが…」
『確かに、そうかも………私のことは先ずどうでもいいんですけど、はなせるし。肝心の王子に教えていただけませんか。』
パチパチ、と使者さんは手を叩いた。
「ありがとうございました。公女殿下、今、なんといったつもりか、エルメリス語で訳していただけますか。」
「はぁ。」
さっきのことをまんま、使者さんに言う。
「そうでしょうね。しかし、私には、もっと別に聞こえましたよ。」
「え?!」
「『お前のいう通りだな、我のことは良い、そこのお前、我は話せるのだ。これに教えろ。』とまぁ、現代ハルスィーカ語にすれば、こう聞こえます。」
「えええ?!」
それ、超失礼だよ!
どんだけ上から目線なんだし!
「それくらい、貴女の地位が高いのですよ。」
「えええ…。」
なんか理不尽というか、なんちゅうーか…
「で、俺は?」
「ああ、忘れておりました。」
「…そうか。」
ややげんなり気味に、王子が返事した。
「まず、殿下には、これを。」
「なんだ?」
ベルゥカさんは、懐から一冊の本を取り出すと、王子に手渡した。
「…教本です。」
「へー。」
王子の背後から本をのぞきこむと、……あっ!
「これ、私もやった!小さい頃に!」
「小さい頃?」
「ええ、これはハルスィーカでは幼い子供が文字を覚えるために使う教本です。」
絵本形式で、窓を開けたり差し込まれた紙を引っ張ったりすると、文字が出てくる、という仕掛け本なのだ。
なかなか良くできていて、水彩で描かれた可愛らしい絵が、とても美しい。
『にしても、よく見つけたよね。国内にはなかなか無かったんじゃない?』
『探すのに苦労はしませんでしたよ。』
『へ?』
『貴女の家にはあるでしょうから。アランシア家の館には、あるだろうと思いましたので。アランシア家の子供たちがハルスィーカ語を学ぶときに、この本を使うだろう、と。』
『て、ことは、それ…』
『アランシア家の物を借りてきました。』
つまり、私が使った奴じゃん!
そう言うの、早く言ってよ!王子に私のお古なんかあげちゃっていいのかよ…。
「???」
「それでは始めましょう。公女殿下、お座りになってください。」
「ええ。」
アレクス王子の横の、高価でふわっふわな椅子に座る。
体が少し、椅子に沈んだ。相も変わらず、この王子様は高価なものが大好きなようで…。
それから二時間、みっちりハルスィーカ語を叩き込まれた。
〈私は、セイシアンテ・リアナカリエ・アランシア。公女よ。〉
〈その調子ですよ。〉
〈エルメリス王国では、第2王子アレクスの近衛隊副隊長をやっていたわ。主に長剣で護衛をするわ。でも、専門は双刃と三日月刃よ。あんまり人には言いたくないけど。〉
〈他には?〉
〈あっ、えーと、好きな食べ物はゼリー。嫌いな食べ物は無いわ。好きな動物は、馬と鱗のついたものよ。好きな色は翡翠のような緑色かしら。特技は戦闘よ。当たり前だけど。苦手なのはどこかの糞王太子。大切なものは、家族と武器。〉
これでいいかな、とベルゥカさんを見やる。
まだまだです、と首を振られる。
『言わなきゃダメ?』
〈言葉が戻っていますよ。〉
『えぇ…それまで言わなきゃいけないの…。』
めんどくさい、とぼやいたけど、ちょっとベルゥカさんの目力が怖い。
渋々、言わざるを得ない。
〈一応、一応、王立学院騎士科第732期生首席卒業よ。〉
「はよーっす、殿下…あ?」
私が言い終わるやいなや、部屋の扉がけたたましい音をたてて開いた。
思わずため息が出る。
「隊長……。」
「あ、リアじゃねーか。お前らなにしてんだ?」
「……すみません、ベルゥカさん。この煩いのが私の上司で、近衛隊長です。」
ベルゥカさんに謝りながら、隊長の紹介をする。
ほんと、こんな乱暴な奴で申し訳ない…
「そうですか。こんにちは、隊長殿。私はハルスィーカ王国の正式な使者、ユィル・ベルゥカです。」
ベルゥカさんはエルメリス語で、丁寧に対応してくれた。
神対応だ。
これで、隊長も少しくらい反省してくれるといいんだけど…
「……ぁ、はい、隊長のグエン・ガドシュです。」
「隊長、ベルゥカさんは私と王子に、ハルスィーカ語を教えてくださってるんです。留学するのに、言葉が話せなかったら困りますから。」
「…ああ、そうか。」
「隊長にも、ベルゥカさんから教わってもらいますからね。」
「…は?」
「貴方隊長でしょ!話せなくてどうするの?!向こうの人と護衛の打ち合わせ出来ないんじゃ仕事になりませんよ!私がいつも居て、通訳できるワケ無いでしょ。」
隊長の目が点になっている。
そんなに予想外なの?
「隊員皆にも話せるようになって貰いますけどね、ハルスィーカ語。先ずは上司からでしょ。」
「………。」
もう、無反応とかやめて……
なに?そんなに学ぶの嫌?
「…グエン隊長。」
「……か?」
「何?」
「今からか?」
「うん。私達は二時間の成果として、自己紹介をしてた。隊長も…」
「二時間?」
「うん。私は良いけど、王子はまだ…」
ねぇ、とベルゥカさんと王子自身に同意を求める。
王子はしかめ面で頷いた。
私が話せることが悔しいのだろうか。
やーいやーい、ざまあ。
「リア、お前、」
「何ですかね王子。ハルスィーカ語でお願いできませんか。」
今は勉強中でしょ、と冷たくあしらう。
「ぐぬぬ…」
「隊長殿、そちらの椅子にお掛けになってください。」
王子の悔しがる声をさらっと受け流して、ベルゥカさんは隊長に椅子を勧めた。
私、王子、隊長の順でベルゥカさんと対する形になる。
「………てか、隊長。もう、登城すべき時間は過ぎてますよね……、しかも、酒臭くないですか?」
「気のせいだ。」
「いーや、その程度では騙されませんよ。他の皆は詰所ですか?ですよね?」
どうせまた、皆怠けてんだろう。
「……知らん。」
プイッと顔を背けられた。
「知らないって…だって、無断欠勤なら事務課から連絡が来るはずなんですよ。」
「来てないのか?」
「ええ、王子。来てません。だからつまり、皆登城はしてるってことなんです。」
「だが、いつものことだろう。」
確かに、そうなんだけど…
そうなんだけど…
「私、昨日、旅券と渡航許可書、滞在許可書を渡すって言いましたよね?」
「何だそれは?」
「………本気でいってます?」
「勿論本気だ。」
その五文字を聞いて…私は頭を抱えた。
なんってことだい……昨日あんだけいったのに…。
「……昨日、言いましたよ。留学に必要な書類を渡すから、全員定時に登城し、待機のことって。」
すると隊長は狼狽えだした。
「は、はぁーん…確かにそんなんだった気がするようなしないようなもしかしたらしたような」
「ハイハイわかりましたから。」
もう仕方ない奴等だ…。
私が何とかしよう。
ため息をつきかけて、慌てて飲み込む。
ほら、ため息つくと幸せが逃げるって言うでしょ?だから。
「大丈夫ですか?」
「あっ、すいません、まだ授業続いてましたよね。」
忘れかけてたけど、私達ハルスィーカ語やってたんだった。
体を使者さんに向け直す。
「公女殿下と王子殿下には説明しましたが―――」
「こちら、アレクサンドレード第二王子殿下のお部屋でしょうか。」
部屋の扉の向こう側から声がした。
反射的に立ち上がって、扉の方までいく。
もしかしたら刺客かもしれないから。
王子も顔を引き締め、使者さんも不安げ。
隊長は………………安定の隊長だ。
王子に目配せをして、呼びかける。
「どちら様でしょうか?」
「国王陛下からの使いの者です。セイシアンテ公女殿下は此方でしょうか。」
……国王だと?
しかも、王子じゃなくて?私?
「セイシアンテなら私ですけど………」